357 混沌の象徴との戦い
「こんなものは先手必勝であろう」
ネージュが未だ不完全な状態のトライコーンに氷弾を放つ。
しかしながら、黒いモヤに入った氷弾はその中にいるはずのトライコーンを通り抜けていった。
「守護者は完全に姿が形作られないと攻撃は当たらないんだよ。魔法も含めてね」
「涼成、そういうことは先に言うのだ」
プンスカと怒って地団駄を踏むネージュ。
ダンジョン間を転移できたりするのに、こういうことは知らなかったりするんだよな。
興味がないことはどうでも良かったりするからだろうか。
見た目が小学生なせいで本当に子供かと錯覚してしまいそうになったのは内緒だ。
「そりゃ、すまなかった。北海道ダンジョンを掌握してるから知ってると思ったんだよ」
「あそこは自分の縄張りだぞ。自分以外に守護者などいるはずがなかろう」
要するに守護者を見る機会がほぼなかったから知り得るはずがないと言いたいのか。
オーガジャイアントと戦ったのは、つい先日のことなんだけどな。
あれはどうやらカウントされないようだ。
まあ、今回のように徐々に姿を現すタイプじゃなくて常駐型だったからしょうがない。
「とりあえずネージュはダンジョンの基礎知識くらいは知っておくべきだと思うぞ」
「そのようなことは面倒だ」
だから覚える気はない、か。
ネージュらしいと言えばそうなんだけど。
この調子だと北海道ダンジョンのセキュリティとか心配になってきたな。
けれども、そのことについて話をする時間はなかった。
黒いモヤが消え去りトライコーンが完全な姿で顕現したからだ。
その瞬間を狙って真利が鉄球をコンパクトボウで射た。
鉄球には雷撃の魔法が付与されていたがトライコーンは雷撃で迎撃し鉄球を撃ち落とす。
そして威嚇するように上体を持ち上げ、いななきの声を上げた。
直後、不快な感触に襲われる。
「デバフでお返しかよ」
レジストはしたけど魔法をかけられた瞬間の感触までは弾けないようだ。
思った以上に魔法制御力がある。
これは油断しなくても足をすくわれる恐れがありそうだ。
そんな訳で全員に魔法に対する抵抗力を上げるよう特化したバフを掛ける。
「なんだ? このような魔法は不要だぞ」
魔法の範囲内にいたネージュもバフの影響を受けたのだが、それがお気に召さなかったようだ。
不機嫌になるほどではないようだけど。
「個人を指定するより範囲でかけた方が手っ取り早いから、そうしただけだよ」
「そういうことか。ならば構わぬ。油断せぬのは良いことだ」
とか言っているネージュは腕組みをして突っ立っている。
ついさっきまでは戦う気満々だったのに、もう観戦モードに入ってらっしゃいますが?
もしかして興が削がれたから戦う気が失せたとかだろうか。
本当に気まぐれなんだから。
「涼成、無駄話をしている場合ではないぞ!」
英花から叱咤されてしまった。
トライコーンが突進してくるようだ。
異世界の書物で魔法専門じゃなくて角を使った攻撃もするということは知っていたけど、積極的に近接戦闘を仕掛けてくるとは思わなかったよ。
突っ込んできたとしても単騎の攻撃だ。
角は3本あっても別々に襲いかかってくる訳じゃないので回避は難しくは──
「おおっと!」
角の先端から俺たち3人に向けて別々に雷撃が飛んで来た。
危ない危ない。かわし損ねるところだったよ。
だが、それで終わりではない。
俺だけが大きく回避してしまったことで隙ができたと思われたのか、トライコーンが角を向け突っ込んで来たのだ。
もちろん雷撃を飛ばしながら。
ひとつはじかに俺を狙い、残りは左右どちらにも逃さないとばかりに横方向をふさいでくる形で。
正面の雷撃を回避したところを角でブスリと突き刺すつもりか。
「お生憎様だっ」
俺はトライコーンを飛び越えるように跳躍した。
突進の勢いをつけたままでは角で攻撃することはままならない。
気をつけるべきは角から放たれる雷撃だが、それも結界の盾で反射する。
「倍返しだぁっ!」
自分の雷撃に打たれる結果となったトライコーンだが無傷だった。
どうやら魔法障壁で地面に雷が流れるよう受け流したようだ。
とっさにそれができるとは油断ならない奴だ。
ちなみに今さっきの台詞はドラマの方じゃなくて某メカアニメへのオマージュである。
一度はこういう状況で言ってみたかったんだよね。
ただ、調子に乗っている自覚はあるので以後は自重しようと思う。
駆け抜けていったトライコーンがUターンして止まった。
すかさず無数の石弾を散弾のように放ってくる。
俺が着地する前ならば確実に当てられると考えたのだろう。
面の攻撃で確実を期すあたり執念深さを感じる。
「甘いな」
俺は結界の盾を足場にして再び跳躍し石弾のシャワーを飛び越えた。
「ほらほら、どうした。かすりもしていないぞ」
俺は結界の盾を使って空中に立ちトライコーンを挑発する。
あえて攻撃はしない。
その方が奴のヘイトを溜められると踏んだからである。
怒りが俺に向けられるなら勝ちだ。
果たしてトライコーンの殺気が膨れ上がった。
こちらの目論見通りとも気付かず怒りの視線を向けながら咆哮するようにいなないてくる。
先程と同じ感触はなかったところからするとデバフではなさそうだ。
何か状態異常を起こさせる魔法を使ったな。
しかしながら何の効果もなかった。
生憎と病気も毒も神様たちの加護のおかげで無効化されるんだよ。
呪いも同じく加護があるから、ほとんどレジストしてしまえる。
今のはたぶん毒じゃないだろうか。
トライコーンが怒りの感情をぶつけてくるなら病気や呪いのように後々まで響くネチネチした攻撃よりは速効性のある毒を使ってくるんじゃないかと思っただけで、これといった根拠はないんだけどね。
少なくともレジストの感触がなかったので呪いではないはず。
「おやおやぁ、何かしたのかぁ?」
おどけたジェスチャー付きでさらに挑発してやればトライコーンは憤怒の感情をあらわにした。
燃えさかるような殺気を感じる。
スゴいものだが戦っている最中に我を忘れるなどアホとしか言い様がない。
次の瞬間、トライコーンの両側面から溶岩弾と切断糸の魔法が襲いかかった。
俺に気を取られていた奴がそれを回避できる訳もない。
溶岩弾は土手っ腹に穴を開けつつ内部を焼き。
切断糸は体中に巻き付いて3本の角を根元から切り落としつつ残りは絶妙な力加減でトライコーンを拘束した。
切断糸で縛り付けられたことによって全身から血が噴き出している姿は正に満身創痍。
溶岩弾の継続ダメージがあるのもそれを助長している。
魔法を使おうにも痛みで集中できない有様だ。
もちろん、いななきの声を上げることもままならない。
「残念だったな。俺1人で戦っている訳じゃないんだよ」
その言葉を合図にしたかのようにトライコーンに四方八方から風刃が放たれる。
風刃で滅多斬りにされたトライコーンは反撃も許されぬまま息絶えてドロップアイテムと化した。
「もっと粘られてしまうかと思ったけどな」
地面に降り立って感想を漏らすと英花が苦笑いした。
同じように思っていたのだろう。
「涼ちゃんが囮になってくれたから簡単に終わらせられたんだよー」
だと思いたい。
でないと俺は何もしていないも同然だからね。
読んでくれてありがとう。
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