356 階段かボスか
「接近戦もやってみようか」
うちの身内以外の冒険者は魔法が使えたとしても、そうそう連発できるものではない者が多いはず。
となれば、ナイトメア相手だと魔法で牽制しつつ接近しての白兵戦が基本戦術となるだろう。
先に実践してみて感触を確かめておくべきだと判断した。
ナイトメアとは異世界で戦ったことがあるけど、こんな風に他の誰かを基準にしてデータ取りするような戦い方は未経験だ。
制限しながら戦う必要があるため勝手が違う。
注意しないと足をすくわれる羽目になりかねない。
「援護頼む」
そう声をかけてから剣鉈を手にダッシュするとナイトメアは即座に反応し俺に向けて石弾を飛ばしてきた。
火球は簡単に見切られて相殺されると踏んだか。
判断が速いな。
「当たらないよ」
対応力は確実にダークバクより上だが、石弾とて真利が射た魔力を込めた鉄球で粉砕されるので無効化される。
鉄球の魔力が破片の飛散を防いでくれたけれど、これは誰にでも真似できることではない。
鉄球への魔力の込め方に工夫が必要だからね。
まあ、飛んで来る石弾を飛び道具や魔法で撃ち落とすこと自体がそうそう真似できないという話もある。
石弾は防具による防御と的を絞らせないように動いて当たらないようにすることになるかな。
試しに次弾の準備をしているナイトメアを惑わすように不規則にジグザクな移動に切り替えてみた。
これにはナイトメアも面食らったのか魔力の制御が乱れる。
ちょうど石弾の射出タイミングだったせいもあるのか大きく的を外した。
ここだ!
俺は一気に加速する。
だが、ナイトメアの懐に飛び込もうとしたところでぐぐっと押し止められる感触があった。
ここで魔法障壁を使ってくるとは要注意な対応力をしているな。
俺は剣鉈を振るって魔法障壁に込められた魔力を切り裂き破壊した。
他の冒険者なら力尽くで突破するか、いったん距離を取ってからの魔石アタックで魔法障壁を破壊するかになりそうだ。
もちろん武器に魔力が込められるなら魔法障壁を自力で壊す手もある。
そのまま間合いに踏み込んだところでナイトメアが怒りの咆哮を上げるかのようにいななきながら上体を起こした。
前足の蹄で踏みつけてくるつもりか。
俺に対して魔法障壁を使ったのは、この攻撃をするための布石だったんだな。
だが、隙だらけだ。
戦闘経験の少ない者なら圧倒されるであろう大きな動きも威嚇にすらならない。
俺は踏み込んでナイトメアの横っ腹に剣鉈を深々と突き込み、そのまま脇を通り抜けた。
柔らかい腹部とはいえ相手は守護者に選ばれる魔物だ。
剣鉈を持ったまま腹をかっさばくのは容易ではない。
同じことをしようとするならレベル20は欲しいな。
とはいえ、この部分だけを切り取ったように判断するのは良くないか。
5層に下りてナイトメアと戦うなら、レベル30は必要になりそうだ。
おっと、ソロを基準に考えるのは良くないか。
4人以上でパーティを組むならレベル25もあればナイトメアと戦うくらいはできそうだ。
いずれにせよ、すぐに撤退することになるとは思うけどね。
連戦したければ上の階層で苦戦しないのが条件になるだろう。
などと考えている間にナイトメアは消滅しドロップアイテムが出現した。
「もう少し縛りを強めにして戦った方がいいかもしれないな」
英花がそんな風に言った。
「今のだとデータ取りには微妙だよねー」
真利も賛同している。
2人の言いたいことはわかるんだけど。
「それは後でだな。今は先に進もう。守護者がいるならさっさと片付けたいし、階段があるなら下りておきたい」
遠藤大尉たちからは5層で手間取ると思われるくらいがモアベターだろう。
この東京競馬場ダンジョンではバンバン魔法を使うことになるから魔力量まで推し量られかねない。
底は見せないまでも遠藤大尉たちが考えるより総魔力量が多いと思われるのは避けたい。
階段を下りておくのは転移ポイントを確保するためである。
今の遠藤大尉たちでは5層に来てナイトメアと1回戦ったら撤退となって先には行けないと思ったからだ。
無理をすれば階段のところまで行けるかもしれないが、そうなった場合は帰路が地獄になる。
とはいえ、ここに6層があるかどうかはまだわからない。
4層までのダンジョンの規模を考えると2割もマッピングできていないからね。
そんな訳で駆け足に近い形で5層の探索をしていく。
ナイトメアとも何度か戦闘になったけど手間をかけずに一撃必殺で終わらせた。
俺は一瞬で間合いを詰め魔力を込めた剣鉈で一刀両断。
英花は爆炎球の魔法で魔法障壁ごとナイトメアを爆発炎上。
真利は鉄球に雷撃の魔法を付与して魔法障壁を貫通し急所を撃ち抜く。
ネージュにいたっては言わずもがなである。
探索を続けた結果、発見したのは守護者の間であった。
これでこの東京競馬場ダンジョンは5層であることが確定した訳だ。
「どんな魔物がいるのかなー?」
「これまでの傾向から察するに魔法を使うタイプだと思うが、どうだろうな」
真利が疑問を口にすると英花が推測から導き出した答えを告げる。
あまり自信は無さそうだけど、それは該当する魔物を思いつかなかったからだろうか。
「馬の魔物で魔法を使うとなると何だろうな。涼成は心当たりがあるか?」
やはり心当たりがなかったんだな。
「さあ、異世界でも馬の魔物とはあまり戦ったことがないから見当もつかないぞ」
「事前情報なしで戦うのか。用心しないとな」
守護者の間を覗いてみても気配がするだけだ。
ただ、中に入らなければ姿を現さないタイプは魔法を使う守護者に多いので事前情報が皆無という訳ではない。
「とにかく行ってみようよー」
中から漂ってくる気配で勝てない相手ではないと判断したらしい真利がポジティブな発言をした。
「それもそうだな。デバフと状態異常の魔法に気をつけて後は出たとこ勝負って感じで行くか」
「行き当たりばったりな気もするが、急ぎだし仕方ないか」
俺の提案に英花だけでなく皆も了承し守護者の間へと足を踏み入れる。
中に入ると背後で入り口の扉が閉じられた。
ありがちなことなので誰も振り返らない。
部屋の中央あたりで黒いモヤが発生し始めていたというのもあるからね。
黒いモヤは徐々に増えながら凝縮していき体高2mほどの黒い馬らしきものを形作っていく。
未だ姿はおぼろげながら、その額には3本の角があるようだ。
角の生えたばん馬みたいなものか。
とすると知識だけだが心当たりがある。
「トライコーンか」
ユニコーンやバイコーンの亜種とも言うべき魔物だ。
純潔と不純の象徴と言われるユニコーンやバイコーンに対し混沌を象徴していると異世界の書物にはあったが、俺自身はじかに見たことがない。
「魔法を使ってくるのー?」
「ああ。攻撃や防御も基本は魔法だ。おまけにデバフやあらゆる状態異常の魔法を使ってくるぞ」
「近づけば角も使うのか?」
と英花から聞かれた。
近接戦を挑む可能性がある以上、気になるのは当然と言えるだろう。
「みたいだな。魔法を付与して振るってくるそうだ」
人間で言えば魔法剣士といったところだろうか。
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