350 隠し階段はありませんニャー
大沢少尉が東京競馬場ダンジョンを閉鎖すべきと主張しているが、それは容認できない。
スタンピードが発生したときのことを考えていないからだ。
東京競馬場の中にできてしまったのがネックと言えよう。
人でごった返すこともある場所で魔物があふれ出せばどうなるのかを考えるだけでも嫌になる。
「1層しかないダンジョンのようですし、魔物もマッドポニーしか出ませんから」
大沢少尉の言うことが事実だとするとボスがいない時点で隠し階段の存在を疑ってかかるべきなんだが。
隠し階段を発見できないのは仕方ないけど、せめてそれくらいは気付いてほしいね。
「こっちはホースヘッドとヘッドレスホースだったよ。マッドポニーなんて一度も出なかった」
「どちらにしても危険すぎます」
過剰反応だと思うんだけどなぁ。
「初級から中級の免許持ちは制限した方がいいが、上級以上は入れるべきだろうな」
遠藤大尉の判断の方が合理的だ。
「何故です!?」
大沢少尉は納得しない。
周りが見えていない気がするな。
「スタンピードを起こさせたいのか」
過敏に反応する大沢少尉に対して遠藤大尉は淡々と応じている。
「ここは閉鎖空間もあるから、もしかするとスタンピードが起きやすいかもしれん」
「だとしても民間人を危険にさらす訳にはっ」
そういうことか。
闇雲に過剰反応している訳じゃないんだな。
遠藤大尉は大沢少尉のことを理解していたからこそ落ち着いて対処していたのかもしれない。
「勘違いするな、少尉。冒険者は一般の民間人ではない。自らの命に責任を持つこちら側の人間だ」
大沢少尉は反論できずに黙り込んでしまった。
遠藤大尉の言うことは正しいとわかる一方で誰にも死んでほしくないという気持ちもあって葛藤しているみたい。
この人、優しすぎるんだな。
厳つい見た目をしてるせいで誤解されやすそうだけど。
「それと、これだけ手の込んだ罠を仕掛けてくるくらいだ。このダンジョンにはきっと隠し階段があるぞ」
大沢少尉もこれには反論できずに沈黙した。
という訳で明日も調査が行われることが決定。
隠し階段の捜索が行われることとなった。
『ミケ、隠し階段の位置は把握しているか?』
念話を用いて霊体モードで待機しているミケに質問を投げかける。
このダンジョンに入る前に先行調査の指示を出しておいたから聞くまでもないことなんだけどね。
『仰っている意味がわかりませんニャ』
意外な返事が返ってきた。
『このダンジョンに隠し階段や隠し扉の類いはひとつもありませんニャー』
『なんだって!?』
思わず声が出そうになったさ。
守護者が1層にいないのであれば、確実に2層以降が存在する。
だが、大沢少尉は1層しかなかったと言っていた。
隠された階段や通路を発見できないならいざ知らず、そういうものが無い状況で階段を発見できないとは思えない。
マッピングもろくにせず適当に回っただけなら考えられなくもないけれど。
が、統合自衛軍のトップチームのひとつに数えられる探索パーティのリーダーである大沢少尉がそんないい加減なことをするはずがない。
くまなく探索しマッピングした地図に間違いがないか確認もしたことだろう。
だからこそ意味がわからなかった。
まさか、俺たちを閉じ込めた以外の転移罠があるのだろうか。
『あの少尉のパーティは厳重に封鎖された通路を開放できなかっただけですニャン』
ミケが何故か『厳重に』の部分を強調している。
『そんなのがあったのか。けど、それならそうと報告するはずだと思うんだが』
『そこまでは知りませんニャ。埋められているせいで入れないと思い込んでるんじゃないですかニャー』
『埋められている?』
『そうですニャ。階段にありがちな装飾された入り口がコンクリートで埋めたみたいになってますニャー』
ミケが『厳重に』を強調していた意味がよくわかった。
そういう状態で埋まっていると言うからには奥の奥まで詰まった状態なんだろう。
ぶち抜くとか掘るとかは、まず不可能だと思った方がいい。
『そうなると封印を解かないといけないのか』
厄介な話だ。
解除のための鍵を探さないとならないからね。
そういうのは大抵は強い魔物が守っていたり隠されていたりするものである。
前者は存在しないようだから必然的に後者ということになる。
遠藤大尉たちに俺たちの探索能力を伏せたまま探すとなると時間がかかりそうだ。
『すでに封印は解かれていますニャン』
『誰が解いたんだ?』
他に調査に加わっている統合自衛軍のチームがいただろうか。
『涼成様たちですニャー』
そんなことをした覚えがないと答えかけたところで脳裏に閃くものがあった。
『転移トラップのクリアが鍵になっているのか』
『そういうことですニャ』
つまり、あれは本当の意味で試練だった訳だ。
資格のない者は招かれない、か。
問題はこれをどう知らせるか。
俺たち自身で探索していない階段の封印が解かれたなんて言っても信じてもらえるはずがない。
遠藤大尉であれば半信半疑でも確認だけはしようと言ってくれる可能性はあるけれど。
それはそれで、どうしてそれがわかったのかと追及されることになるのが目に見えている。
よくよく考えると隠し階段を探すまでもなく通常の階段が発見されることになるから、いま何か言う必要はないのか。
逆に藪蛇になってしまう恐れがあるので黙っているのが吉というものだろう。
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そして翌日。
今日も今日とて俺たちが先行して遠藤大尉たちが追随してくる形での探索が始まった。
ダンジョンに入る前に、どうして連日のように俺たちを先に行かせるのかを聞いてみたところ──
「張井たちは俺たちより実績を上げているからな」
だそうである。
隠し階段や隠し通路の発見などでは国内どころか海外の冒険者たちの実績を鑑みてもダントツだそうで。
他で目立たないように控えめにしても意味がなかったようだ。
「別に運が良かっただけですよ。特別なことは何もしてませんし」
「そんなこと言うなよぉ。期待してるんだからさぁ」
まだ外にいるということで緊張感のない軽薄さで言ってくる遠藤大尉。
こういうのがあるから英花に嫌われるのだということに気付いてほしいものだ。
「期待されても困るんですよね。俺たちはいつも通りやるだけです」
「それで頼むよ。昨日はそのいつも通りのおかげで罠から脱出できたじゃないか」
これは何を言っても無駄だと思った俺は早々に会話を切り上げてダンジョンに入ることにしたよ。
そして現在に至る。
最初のうちはひたすらマッピングするだけだった。
魔物が出てこないんだよね。
それなりに奥まった所まで来たところで、ようやく血走った目のポニーと遭遇。
「マッドポニーか」
見た目はポニーそのものだが目が血走っていて凶暴と言われる魔物だ。
人を見れば突進してくるし攻撃は体当たりのほか噛みつきや蹴りなど様々である。
とにかく死ぬまで暴れ狂う熱苦しいタイプの魔物として知られている。
強さ的にはオークと同等くらいだろうか。
「邪魔だ、雑魚めが」
ネージュが突っ込んできたマッドポニーを瞬殺した。
後方でそれを見ていた大沢少尉たちのチームメンバーが感嘆と驚きの声を上げている。
何故か彼らも同行しているんだよね。
小学校の授業参観じゃないんだぞ。
せめて静かにしてほしいところだけど、どうなりますか。
読んでくれてありがとう。
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