349 自ら罠にかかる者もいる
初心者殺しの検証ができると言ったら遠藤大尉たちから意外な顔をされてしまった。
そんなに驚くことだろうか。
少し考えれば気付きそうなものだが。
まあ、脱出するまでは極度の緊張状態にあったみたいだから思考が上手く回らないのかもしれない。
「どういうことだ、張井?」
遠藤大尉が困惑した状態のまま聞いてくる。
「簡単なことですよ。試練をクリアしたのは俺たちであって大尉たちではありません」
「そうは言うが、こちらも罠にかかって戻ってきたんだぞ」
「行きも戻りも巻き込まれただけですよね。魔物は1体も倒してないじゃないですか」
「巻き込まれたて……。そんなアホな、とは言われへんのがなぁ」
堂島氏が落ち込んでいるが事実なのでしょうがない。
「てことは張井たちから距離を取り過ぎていたら脱出できなかった恐れがあるってことか」
「さて、どうでしょうね?」
あり得る話だとは言わなかった。
氷室准尉が青い顔をさせていたからだ。
どうやら閉じ込められるのが苦手なのは確定みたいだね。
そんなので屋内で仕事をするときはどうするのかと思ったが、窓やドアがあるから安心感が違うのかもしれない。
さほど重症ではないのか。
「張井さんの仰ったことから察するに、我々が先行すれば再び転移トラップが発動する可能性が高いということですか」
「ほぼ確実に発動するでしょうね」
大川曹長が語った推測を肯定する。
「ずいぶんと自信があるんだな」
すかさず遠藤大尉から追求されてしまい内心で動揺してしまった。
そうなるであろうことを失念していたのは失態だ。
「ダンジョンは人間のように気分で行動を変更したりすることがありませんからね。決められたパターン通りに動作する機械のようなものだと考えれば、むしろトラップが発動しないと考える方が不自然でしょう」
「なるほど。それはもっともな根拠だ」
ダンジョンの動きをそこまで断言できるのは何故かと問い詰められなかったのは幸いだ。
異世界で見てきたダンジョンがそういうものだったからだとは言えないからね。
「では、我々が先行しよう」
おそらく外はもう日が暮れていると思うのだけど、遠藤大尉は躊躇うことなく決断したな。
大尉たちのペースで試練をクリアしようとした場合は日付を跨ぐ恐れがある。
クリアした俺たちが手を貸すと、その分だけ倒した魔物の数はカウントされない気がするので迂闊なことはできない。
帰るのが余計に遅くなるからね。
今度は俺たちがバックアップとして先行する遠藤大尉たちについて行くことになった。
少しの悲壮感を漂わせながらも拒絶や難色を示す者は誰もいない。
腹をくくっているということか。
それと遠藤大尉が信頼されている証拠でもあるな。
まあ、俺たちにとってはどうでもいいことだけど向こうのチームワークが良いのは悪いことではない。
で、肝心の転移トラップだが思った通り発動した。
今度は何処で転移したのか気付けたけれど偽装は完璧と言っていい。
あまりの巧妙さに呆れと感心が半々といったところか。
横を歩く英花も微妙な面持ちをしていたので似たような心境なんだろう。
初心者殺しの罠であるなら引っ掛かったことを気付かせないようにする必要などないからね。
本番は転移した後から始まるのだし。
この東京競馬場ダンジョンへ無制限に冒険者を入場させた場合、多くの初級冒険者はここから脱出できずに息絶えることになるのが目に見えている。
制限は絶対に必要だ。
その上でホースヘッドを倒す条件の告知とヘッドレスホースの血に対する注意喚起は必須である。
遠藤大尉たちはホースヘッドとの戦い方をすでに知っている。
ヘッドレスホースについては彼らも端から知っていたので近接戦闘は避けるようにしていた。
対処法を知っている上に魔法使いが2人いるのは大きいね。
レベルが高いから攻撃魔法の威力を絞れば魔力切れを起こすこともそうそうない。
近接担当の2人も魔石アタックはできるし。
それで未だに魔法が使えないのは不思議でしょうがないのだけど。
なんにせよ危なげなく戦えているのは良いことだ。
問題があるとすればクリアする時間くらいのものか。
「移動は徒歩より走った方がいいですね。早く終われます」
「スパルタなことを言ってくれるじゃねえか。50体以上の魔物を倒さなきゃならないんだってことを忘れてないか」
氷室准尉に抗議されてしまった。
「誰も全力疾走しろとは言ってませんよ。それと先に5周するくらいのつもりでいた方が後で楽ができます」
「そういうことかよ」
「それにホースヘッドは動きが遅いでしょう。相手をせずに走り抜ける手もあります」
どうせ周回すれば再び遭遇するのだ。
その間に魔物の数が増えている可能性だってある。
ある程度は数をそろえてから倒した方が戦闘回数を減らせるので効率も良くなるだろう。
無理は禁物だけれど。
「やってやれなくはないだろうけど張井は無茶なことを考えるよな。魔物を集めてから始末しろってんだろ」
遠藤大尉が呆れ気味に言ってきた。
「相手を見て言ってます。中級の冒険者には勧めませんよ」
「なるほど、そういうことか。俺たちはダンジョンからだけでなく張井たちからも試されている訳だ」
早く帰りたいから提案しただけだというのに、どうしてそうなる。
まあ、俺の意見は採用されるようなので細かいことは気にしないようにしよう。
そこからは周回のペースが上がったと思う。
ホースヘッドは前衛組の魔石アタックで倒してヘッドレスホースは後衛組の魔法で倒すのを基本とし、全体的に魔力とスタミナを管理。
移動はマラソンペースで消耗を抑えつつ徒歩よりもスピードアップ。
あらゆる行動で配分を適宜配慮していたので休憩も必要最低限で済んだ。
こういうところはベテラン冒険者の面目躍如と言えるだろう。
とにかく遠藤大尉たちは大きなトラブルもなく試練の条件をクリアした。
日付も越えずに済んだし。
しかもギリギリじゃなくて1時間ほど余裕があったくらいだ。
「大尉殿!」
ダンジョンから出てくるなり大沢少尉が駆け寄ってきた。
「御無事でしたか」
遠藤大尉の目の前で安堵している。
「悪い悪い。確認したいことがあって遅くなった」
「確認したいことですか?」
「ここ、閉鎖空間に飛ばされる転移罠があるんだ」
「なんとっ!?」
一瞬で大沢少尉の血相が変わった。
相当なショックを受けたようで、すぐには言葉が出てこない。
「心配いらんよ。脱出条件も把握してきた」
「ほ、本当ですか!?」
「ウソついて、どうするんだよ。とりあえず継続的に攻撃魔法が使える奴が複数必要だ」
「それは厳しいものがありますね」
大沢少尉は、より表情を険しくさせる。
「魔石アタックでも可だから魔力操作ができるだけでも充分だ」
「だとしても初級冒険者では話にならないでしょう」
「張井は初心者殺しの罠だと言ってたな」
「初心者殺し!?」
勢いよく俺の方を見てくる大沢少尉に肩をすくめながらうなずいておいた。
「ここは封鎖した方が良さそうですね」
この少尉、なんかとんでもないことを言い出したぞ。
こんな場所にあるダンジョンを閉鎖なんかしたらスタンピードが起きたときにパニックになるだろうが。
競馬場ごと閉鎖するつもりなら悪手である。
今度は一部の過激な競馬ファンが暴動を起こしかねないからね。
さて、遠藤大尉はどう対応するかな。
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