348 やっぱり初心者殺しだった?
結論から言うと閉鎖空間の外周を5周させられた。
倒した魔物の数は50を超えていたと思う。
「おーい、張井。本当にこの方法で脱出できるんだろうな」
後ろから付いて来る遠藤大尉たちのチームから氷室准尉が声をかけてきたのも数度に及んでいた。
その度に──
「まだ2周も回ってませんよ」
とか──
「魔物だって大して倒してないじゃないですか」
とういう具合に返事をしていた。
故に条件をクリアして閉鎖空間から出られた時には心底安堵したよ。
「ここは……」
遠藤大尉が急に変わった周囲の様子に戸惑いの呟きを漏らした。
「おいおい、ここは何処だ? まさかまた別の閉鎖空間に飛ばされたってのか。シャレになんねえぞ」
氷室准尉も戸惑ってはいるが、こちらは性急に答えを求めようとしている。
そのせいで2人にまったく別の印象を持ってしまったとしても、それは仕方のないことだろう。
動揺してしまう気持ちはわからなくはないけど冷静さを失うのは軍人としてどうなんだろうね。
たぶん閉じ込められることに苦手意識があるんだろうけど。
「そういうのは後ろを見て言ってくださいよ」
「後ろ?」
怪訝な表情をしながらも背後を振り返った氷室准尉が驚愕の表情に変わる。
少し先に入り口が見えたからだ。
「入り口の近くだったのかよ……」
どうにか絞り出したような声でそれだけを言った氷室准尉は固まってしまった。
「言ったじゃないですか。入ったなら出られるって」
氷室准尉からの返事はない。
「氷室さん、めっちゃショック受けてるやん」
そう言う堂島氏も落ち着かない素振りを見せていたが。
「精神的な負荷が大きかったんでしょう。無理もありません。私も安堵していますから」
正直に真情を吐露した大川曹長も同様だ。
「そういう訳だから、とりあえず戻ろうか」
比較的、動揺の少なかった遠藤大尉がそう提案してきた。
しかしながら素直に「はい」とは言えない事情がある。
このまま帰ってしまうとダンジョンへの立ち入り禁止の可能性が濃厚になりそうだからだ。
時間的にさほど余裕がある訳ではないが仕方あるまい。
「大尉、俺たちは残ります」
「残るだって?」
そう聞く遠藤大尉の顔には「冗談だろう?」という台詞が乗っていた。
「ええ、やり残しがあるんですよ」
「やり残し? 何をやり残したって言うんだ。明日ではダメなのか?」
「転移トラップが発見されたなんて報告が上がったら、どうなります?」
俺の問いかけに遠藤大尉の目が細められた。
「なるほど。調査打ち切りで立ち入り禁止になる恐れがあるな」
「そういうことなんで、その懸念を払拭したいと思いましてね」
「それでもう一度トラップに引っ掛かるつもりか」
「転移先が同じ場所か、脱出方法が同じなのか、そういうのを確認しておきたいと思いましてね」
「おいっ、どうしてそう危険な真似をしようとするんだよっ」
たまらずといった様子で氷室准尉が口を挟んできた。
「危険ですか? 俺たちは余裕でしたけど」
英花や真利に視線を向けると、うなずきが返された。
「涼成、私には聞かぬのか」
ネージュから抗議されてしまった。
「転移先が閉鎖空間かどうかの確認しかしてないだろ。脱出のために何かしたか?」
その問いにネージュが、ぐぬぬ状態になる。
「良かろう。ならば次に飛ばされた時には魔物どもを狩りつくしてくれる」
「それは楽でいいねえ。じゃあ、よろしく~」
フッ、チョロい。
「本当に行くのか?」
「出てくる時には夜中になっていますよ」
念押しするように遠藤大尉が聞いてきた上に、大川曹長が援護するように警告の言葉を発してくる。
「行きますよ。たぶん大川曹長の言うようなことにはなりませんから。ネージュがやる気になってくれましたし」
雑魚の相手など面倒だと俺たちに押しつけてくれてたけど、次はネージュが率先して倒してくれるからね。
周回の方だって徒歩ではなく走れば大幅に時間短縮できるだろう。
「ですから──」
大尉たちは外に出て俺たちが遅くなるかもしれないことを周知してくださいと言おうとしたのだが。
「俺たちも行くぞ」
この言葉で遮られてしまった。
マジかぁ。大尉たちのペースに合わせていたら遅くなりそうなんですが?
氷室准尉あたりが反対してくれないものかと思っていたのだけど……
「しゃーねえ。ここまで来たら乗りかかった船ってもんよ。最後まで付き合うぜ」
何故か真っ先にそんなことを言われてしまった。
脱出するまで文句たらたらだったのに、この強気な態度は何なんですかね?
今の台詞にあおられたのか堂島氏や大川曹長まで眼光が鋭くなってるし。
「じゃあ、行くぞ」
遠藤大尉に促される形でそろって転移トラップの検証へ向かうことになってしまいましたよ。
向こうが俺たちに依頼する形の調査なので追い返す訳にもいかない。
逆の立場なら無理に帰らせることもできたとは思うんだけど。
まあ、覆しようのないことをどうこう言っても始まらない。
俺たちはダンジョン左手の法則で転移トラップの再現をすべくダンジョンの奥へと向かった。
先程までと同じように俺たちが先導する形なのは変わらずだ。
そのおかげと言うべきか、すぐに異変を感じ取った。
俺は立ち止まると振り返る。
「どうした、張井?」
「やっぱ引き返すのか?」
遠藤大尉と氷室准尉がそれぞれ聞いてきた。
「そんな訳ないでしょう。トラップが発動しませんでしたよ」
「「「「なっ!?」」」」
向こうサイドが一斉に驚く。
さすがに大川曹長も同じ場所を行くからとマッピングしてなかったか。
せめて同じ経路をたどっているかの確認くらいはしておいてほしかったんだけどな。
「別の場所に飛ばされたんじゃないのか?」
「それこそ引き返せば判明しますよ」
という訳で来た道を戻った。
「戻れましたね」
「張井の言う通りだったな」
そう言う大川曹長と遠藤大尉に対し──
「飛ばされる場所まで行ってなかったんとちゃいますの」
堂島氏は反論した。
「最初のマッピングと明らかに違う分岐がありましたよ」
「あ、さいですか」
俺の指摘により、すぐ持論を引っ込めたけれど。
「それにしても飛ばされたり飛ばされなかったりで訳がわからないな」
氷室准尉が腕組みとウンウンうなりそうな顔をして首をかしげている。
「たぶん初心者殺しの罠なんだと思いますよ」
「「「「初心者殺し!?」」」」
遠藤大尉たちが困惑している。
「一種の試練みたいなものですよ。クリアできなければ、このダンジョンに挑む資格なしといったところですかね」
「試練をクリアすれば二度と飛ばされることがないってことか。初心者殺しとは上手いことを言ったな」
遠藤大尉が感心しているが俺が考えたことではない。
ただ、英花の名前を出すと遠藤大尉の注目がそっちに向かってしまう。
英花にとってはストレスのたまることなので黙っているしかなさそうだ。
「もしそうだとすると困ったことになりましたね」
大川曹長が眉間にシワを寄せている。
「そうか。検証ができないと上を説得する材料がなくなるな」
氷室准尉も悩ましいと言いたげな顔つきになった。
「検証なら、たぶんできますよ」
「「「「えっ?」」」」
遠藤大尉たちの視線が一斉に俺へと向けられた。
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