347 休憩という名の作戦会議
「少し休憩しましょうか」
「おいおい、こんな時になに言ってんだよ。一刻も早く出口を探すべきだろうが」
氷室准尉が苛立ちを隠すこともせずに噛みついてくる。
「頭に血が上ってちゃ判断も間違えるというものです。クールダウンは必要ですよ」
「ぐっ」
冷静さを失っているという自覚は本人にもあるようだ。
「クールダウンか。そうだな、休憩しよう」
遠藤大尉の判断で休憩することが決定された。
休憩といっても俺たちの場合は体を休めるのが目的ではなく、作戦会議をしたかっただけである。
そんな訳で俺たちは円陣を組んでヒソヒソ声で話し始めた。
もちろん聞かれても問題のない音声変換式の結界を展開してだ。
(面倒なことになったな。原因は何だと思う?)
原因がわかれば何処でトラップにかかったのかも判明して戻るためのヒントが得られる可能性がある。
もちろん、何のヒントも得られないことだって充分に考えられるのだけど。
その時はその時だ。
(えー、聞くまでもないことだと思うよー)
真利には原因に心当たりがあるようだ。
(そうなのか?)
見当がつかない英花が真利に尋ねた。
(絶対、ダンジョン左手の法則だよー。昨日、入ったチームの地図を見たけど真ん中の通路を奥に進んでいたじゃない)
根拠としては薄い気もしたが俺たちは不思議とその考えに同意していた。
(だとすると、これは初心者殺しだな)
英花が淡々と語る。
(断言するからには根拠があるのか)
(元魔王が言うんだ。これ以上の根拠が何処にある)
言われてみれば、そうなのか。
この世界のダンジョンは異世界の呪いが起源となっている。
そして英花も異世界の呪いに捕らわれ魔王にさせられていた。
ダンジョンの基本情報は魔王時代の記憶として残っている訳か。
(元魔王だと? 英花は人間だろう。どういうことだ?」
ネージュが話に割り込みをかけてきた。
(俺と英花が異世界からの帰還者だって話しはしたよな)
(うむ)
簡単な説明だったので詳細は話していないけど。
(俺たちはそれぞれ別の世界から勇者の卵として異世界に召喚されたんだよ)
(ほう。では、英花はこの世界の住人ではなかったのだな)
(まあね。元の世界は異世界に滅ぼされて帰るに帰れなくなったんだよ)
(世界が世界を滅ぼすだと? 意味がわからんぞ)
(ああ、それはね──)
そこから勇者の呪いについて説明し異世界の滅亡と俺の世界へ帰還したところまでを話した。
あまり時間的な余裕がないので、かなり端折ったけど後で詳細を話すからと今は我慢してもらっている。
(勇者として召喚されたと思ったら新たな魔王にするための生け贄とはな)
ネージュが呆れて嘆息している。
(そこまで生きながらえることに固執するとは愚か者よの。肉体が滅びようと魂が滅ぶ訳ではないというのに自ら魂を穢れさせてしまうとは)
(とにかく話を戻すぞ)
結構長く脱線してしまったからね。
(英花が元魔王として言うんだから、このトラップは初心者殺しということで間違いないだろう)
(それがわかっても脱出方法まではわからないんだよねー?)
(いくつかパターンがあるからな)
(例えばどんなのがあるのー?)
(隠し部屋に転移魔法陣があるパターンなんかはオーソドックスな方だ。ただし、今回は該当しない)
(えーっ、どうしてー?)
(隠し部屋の存在をネージュが見逃したと思うのか?)
(あ、そっか。さっき魔法で調べたんだっけ)
(うむ。外につながる通路も隠し部屋もないぞ)
(あー、残念だなー。隠し部屋だったら簡単に脱出できたのにねー)
(そんな訳ないだろう。隠し部屋は大抵、モンスターハウスになっているか中ボスなんかが配置されているものだ)
(そっか、初心者殺しのトラップだったっけ。それじゃあ簡単に出られる訳ないよねー)
軽めの苦笑いで照れ隠しをする真利だ。
(問題はここのトラップがどういう脱出方法になっているかを探る方法だよな)
(魔物を一定数倒すとかー?)
(それもある。その系統で一定の経路を周回するというのもあるな)
(魔物を倒すだけでなく何周も回らないとダメってことか)
(そうだ。周回しているうちに疲労がたまるだろう。その上で指定の数だけ魔物を倒す必要があるから難易度が上がるんだ)
悪趣味だな。
(あんまり意味ないんじゃないかなー)
不思議そうに首をかしげる真利。
それを見た英花が怪訝な表情を浮かべた。
(どうしてそう思うんだ、真利?)
(だって、ここの魔物ってそんなに強くないよー)
ガクッとズッコケた。
俺と英花とネージュの3人で。
(あれ?)
真利は俺たちが何故ずっこけたのかわからないらしい。
(天然ボケを噛ましてくれるじゃないか、真利)
声を絞り出すようにして喋る英花。
(我々にとっては雑魚でも初級から中級に成り立ての冒険者にしてみれば脅威だぞ)
キョトンとしていた真利だが、英花の言葉によってハッとした表情を浮かべた。
(そっかそっか)
真利はテヘヘと苦笑する。
(魔法が使えないとホースヘッドは倒すのが難しいしー)
魔石アタックや魔力をまとわせた物理攻撃でも有効だけど、魔力操作ができなくては意味がない。
初級免許持ちで、そんなことが可能な冒険者なんてほとんどと言って良いくらいいないはずだ。
できるなら魔法が使えるようになっているはずだけど、初級の冒険者で魔法使いなんて数えるほどしかいない。
仮に魔法が使えたとしてもステータスの関係上、魔法は連発できない。
(ヘッドレスホースは近接戦闘だと危険なんだよねー)
熱病を発症させる血を噴射してくるからね。
近づかせないよう遠距離攻撃をしてもレベルが低いと接近される前に倒しきるのは難しい。
(そう考えると、かなり危険なんだねー。入場制限とかされちゃうかもー?)
それはあるだろうな。
おそらくは上級以上の免許持ちでなければ入れなくなると思う。
それも魔法使いが2人以上いることが絶対条件になるんじゃないかな。
(とりあえず周回しながら魔物を倒していってみるか)
(他のパターンで検討したりしないのー?)
(それなりに時間を使ったからな。そろそろ向こうの誰かが痺れを切らすと思う)
(そうだな)
英花が俺の推測に同意した。
(試してみてダメならもう一度、考えればいい)
そう言ったところで──
「おーい、そろそろいいかー?」
遠藤大尉が声をかけてきたので音声結界を解除する。
「いま行きますよ」
円陣を解いて遠藤大尉たちの方へ歩み寄る。
「休憩にしちゃ長かったじゃないか」
そう言ってきたのは氷室准尉だ。
「作戦会議も兼ねてましたからね」
「へえ、どんな作戦になったんだ」
隠し立てするようなことでもないので決定した内容を説明した。
「本当にそれで大丈夫なんだろうな」
疑わしげに聞いてくる氷室准尉。
「隠し部屋がないのはネージュが確認しましたし、とりあえず試してみるしかないですね」
「違ったらどうするんだよ」
「別の方法を考えるだけです。まだ全然慌てるようなタイミングじゃないですからね」
「マジかぁ」
氷室准尉はガックリと肩を落として落胆している。
ただ、それ以上は何も言ってこなかった。
一蓮托生の覚悟はできているってことなんだろう。
こちらとしては、そこまで危機的状況だとは思ってないんだけどね。
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