344 馬だけだってさ
八王子城跡ダンジョンの調査は終了した。
どういう判断が下されるかは神のみぞ知るところだが感触は悪くない。
調査に同行したことでダンジョンの調整が詳細にできたのが大きいと思う。
入ってすぐの外周部はそれほど変更はしていない。
ゴブリンの数を多めにしたり、ホブゴブリンの出現率を上げただけだ。
薬草に関しては何も変えていない。
奥に進んだ場合に出てくるオーガについては、それなりに調整した。
調査の初日ではいきなり3メートル級と遭遇もしたが、そういうことがないよう見直してある。
段階的な分布を考えたのだけど、露骨にやると人為的というか作為を疑われかねないので配置には確立の要素も加味しておいた。
とことんまで運の悪い奴はオーガゾーンに入るなり3メートル級と戦うことになるかもね。
日数をかけて調整したので、中に入った冒険者の安全性は上がっていると思う。
慎重に行動できるなら簡単に死ぬこともないだろう。
これで立ち入り禁止になると言うのであれば、何をしても覆ることなどあるまい。
その場合は内部を再調整して身内専用ダンジョンにするまで。
出入りをどうするかに関しては、うちのダンジョンなんだからどうとでもなる。
後は運を天に任せるのみだ。
遠藤大尉も立ち入り禁止にはならないだろうとは言っていたけど、不確定要素が多すぎて確率的にどのくらいかも読めない状況だ。
手持ちのカードでは最良と判断できるところまで持っていけたが判断を下すのは俺たちじゃないからなぁ。
そんな訳で、八王子城跡ダンジョンについてはしばらく考えないことにした。
いずれ結果がわかるんだし、やきもきしたって時間の無駄だからね。
ならばやるべきことに集中した方がいいに決まっている。
で、新たに出現した東京競馬場ダンジョンなんだけど。
先に潜った大沢少尉によると馬に関する魔物が多く出没したとのこと。
むしろ、それ以外の魔物は目撃すらしていないようだ。
場所が影響している?
単なる偶然だと思うんだけど、さすがに異世界でもそういう事例はなかったので何とも言えない。
「張井たちはどういう方針で潜るんだ?」
そんなことを出発前に遠藤大尉に聞かれた。
てっきり同行するものだと思っていたのだけど違うのだろうか。
それとも俺たちの方針に合わせて潜るつもりか?
今回は統合自衛軍のトップ2チームが調査を行うので1チームは自由に動けるのかもしれない。
「どうもこうもそちらの方針に合わせるつもりでいたんですが?」
「では、いつも通りに潜ってくれるか」
どうやら俺たちを先行させて付いて来るつもりらしい。
「はあ、そうですか」
遠藤大尉の言葉に素直に従うのは危険だな。
俺たちのやり方を観察されることに他ならないからだ。
「じゃあ、ダンジョン左手の法則で行きます」
要するに通路を進む際に左手で触れられる壁伝いに進むだけなのだが、迷いにくかったりマッピングしやすいという利点がある。
面倒だけどミケを先行させて最短距離を行く方法は使えないもんね。
実は取得した地図作成のスキルが熟練の域に達しているので法則に頼る必要もないのだけど。
そこは本来の実力を伏せるために封印しておく必要がある。
さすがにわざと迷ったりすれば遠藤大尉には感づかれると思うので加減には留意しておかなければならない。
「オーソドックスですなぁ」
堂島氏が苦笑した。
「せやけど、それが堅実で一番リスクが少ないんとちゃいますか」
そうとも限らないんだよなぁ。
法則殺しの罠とか仕掛けているダンジョンなんてざらにある。
特定の道順で進んでいると発動する罠なんてのもあるくらいだ。
これは発動スイッチがわかりにくいので引っ掛かりやすい。
しかも転移で面倒な場所に飛ばされたりするから厄介極まりないんだよね。
異世界では何度も酷い目にあったよ。
モンスターハウスとか無限に続くのかと思わせるほどの迷路とか。
こっちでは、まだそういう凶悪トラップに引っ掛かったことがないのは実にありがたいことだ。
主にミケのおかけなんだけどね。
一応、今回もミケは霊体化して同行しているけど活躍の機会は少ないだろう。
本領を発揮させると探索がサクサク進んでしまうからね。
故によほど危険なことがない限りはセーブするようには言ってある。
「面白みがないなぁ」
遠藤大尉は俺が決めた方針がお気に召さないようだ。
「もっと派手に進んでいくのかと思ったんだが」
「なに言ってるんですか。調査が目的でしょうに」
「ええーっ、せっかく任せるつもりだったのに普通の調査になるなんてそりゃないぜ」
「普通でいいんです!」
ごねる遠藤大尉をピシャリとシャットアウトする大川曹長。
ありがたいことだ。
遠藤大尉はあの手この手を使ってくる気がしたからね。
たぶん俺たちの手の内を探るためなんだろうけど。
まあ、タイムアタックしようみたいな無茶振りされても断るけどさ。
そんなこんなで始まった東京競馬場ダンジョンの探索なんだけど。
「何なのだ、あれは?」
ネージュが困惑して首をひねるくらい妙な魔物が出た。
空飛ぶ馬の首だ。
飛ぶと言っても人魂のようにフワフワと浮遊する感じで移動速度は速くない。
「馬の首だね」
俺も初めて見る魔物だ。
前日に大沢少尉たちが潜った際の報告にも該当する魔物はない。
いきなりレアな魔物を引き当てたかな?
「それはわかっておる。実体を持っておらんぞ」
透けて見える訳じゃないんだけどネージュの言うとおりだ。
「「「「アンデッド!?」」」」
後ろからついて来ている遠藤大尉たちが戦慄している。
そんなに危険な敵とは限らないと思うのだが。
霊体型だから警戒しているのかもね。
ファントムフォックスみたいな魔物もいる訳だし。
ただ、通路の奥に現れた馬の首からは脅威を感じない。
「何を寝ぼけたことを言うておるか。霊体がすべてアンデッドなら、お主らも死ねばアンデッドになってしまうぞ」
ここで時間切れとなった。
こちらを認識した馬の首が魔力を練り始めたからだ。
ユラユラとした炎の球が馬の首の周りに現れる。
実にホラーな見た目をしているな。
墓地なんかで目撃されたら卒倒する人間も出てくるかもね。
「ホースヘッドは近寄らずに魔法を使うのか」
馬の首ではややこしくなる恐れもあるので名付けてみました。
センスの欠片も感じられないまんまなネーミングだけど、魔物などわかりやすければ何だっていいのだ。
「じゃあ、こっちも魔法で応戦だねー」
俺は込められた魔力から想定される威力を防ぐ結界を盾状にして展開した。
壁面にすると反撃が難しくなるからね。
ホースヘッドが4発の人魂じみた火球を展開させたところで射出してきた。
それまでのユラユラした感じがまるで感じられない勢いがある。
まあ、すべて結界の盾で防いだけど。
その間に真利と英花がそれぞれ石弾と火球を時間差で発射してホースヘッドに攻撃をしていた。
様子見だったので威力はホースヘッドの火球の半分くらいにしている。
まず石弾が命中。
ホースヘッドの姿が薄くなった。
ファントムフォックスのように透過したのかと思ったが、気配から察するにダメージを受けているようだ。
そして火球が着弾した。
ホースヘッドは断末魔の叫び声を残して消えていく。
「え? もう終わったのー!?」
真利が目を丸くさせて驚いているが、俺も同じ心境だ。
おそらく英花も。
威力をかなり落とした魔法2発で消えるだもんなぁ。
しかも霊体の魔物のはずなのに石弾も通用した。
おそらく魔力を帯びていれば物理攻撃も有効になるんだろう。
そうでない物理攻撃だと倒せない可能性はあるから確かめておく必要はあるかな。
魔法が使えない冒険者は多いし、人によっては脅威になり得る魔物だ。
個人的には期待外れな魔物だった。
レア感はあったのにね。
読んでくれてありがとう。
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