343 ネージュ、特級冒険者になる
八王子城跡ダンジョンが他のフィールドダンジョンと異なる性質をしていることで遠藤大尉たちはああでもないこうでもないと話し合っている。
ただ、危険性は高いものの注意事項を守れば一般の冒険者にも開放できるという見解で一致していた。
連日の探索にともない裏で調整してきた甲斐があったというものだ。
あと気になるのは、ひとつだけ。
「それよりネージュの試験はいつになりそうですか?」
戸籍や住民票については早々に手続きが終わったのだけど、冒険者免許についてだけは何の音沙汰もないのだ。
何処かにネージュの存在を危険視する勢力がいるんだろうなぁと予想していたのだが。
「ああ、それなら不要だ」
俺の問いに対し遠藤大尉が想定外の返事をしてきた。
「不要ですか?」
「お嬢ちゃんは俺たち全員が束になっても敵わないような魔物を瞬殺するんだぜ。そんなまどろっこしいことする必要ないだろ」
「試験は免除されるということですか」
「That’s right! その通りさ」
いかにも自分の手柄であるかのようにドヤ顔をする遠藤大尉。
おそらく上に掛け合ったりなど色々と手を回してくれたのだろう。
その関係で待たされることになったという訳か。
それならそうと言ってくれれば、やきもきせずに済んだのだ。
それを思うと、イラッとするドヤ顔と相まって腹立たしくなってくる。
ネージュが試験を受ける手間が省けるのは本来であればありがたいことなんだけどね。
何にせよ詳しく話を聞いてみると、ネージュは最初から特級冒険者ということになるらしい。
「それで、いつ免許はいただけるんです?」
「せっかちだねえ」
「他のダンジョンに行けないから聞いてるんですよ」
「明日の調査が完了すれば渡せると思う」
「そうですか」
「それで、免許をゲットしたら何処のダンジョンに行くつもりだよ。やっぱりお台場ダンジョンか?」
そのつもりだったけど、遠藤大尉に言い当てられると変えたくなってくる。
「さあ、どうでしょうね」
返事もそれに準じたものになってしまうのは御愛敬ってね。
大人げないけど仕方ない。
内緒にしておかないと偶然を装っていく先々で現れそうだと感じたのだ。
考えすぎと思いたいが、ストーカーみたいな真似をされたら困るし、何より英花の機嫌が特別悪くなりそうだしなぁ。
「おいおい、つれないじゃないか」
「知りませんよ。今後の予定なんて決めてませんからね。俺たちは大人の修学旅行中なんですから」
「あー、そうだったな」
どうやら、これ以上の追及はされないようだ。
しつこくされると英花の機嫌が悪化していくから面倒だし都合の良い言い訳があって助かった。
「すまないな、休暇中に引っ張り回して」
「いえ、貸しということにしておきますよ」
「ちゃっかりしてるぜ。ま、借りておくよ」
話が一段落ついたところでダンジョンから出てきた後すぐに場を離れていた大川曹長が戻ってきた。
かなり慌てている様子だ。
また、面倒事なのだろうか?
事件だとしても俺たちと関わりのないものであってほしいね。
「大尉!」
「勘弁してくれよぉ。俺たち働き過ぎだと思わねえか?」
呼びかけられた遠藤大尉は端から面倒くさそうにしている。
勘の良さで厄介ごとだと察したんだろうな。
「まだ何も言ってません」
愚痴によって機先を制された大川曹長は仏頂面で返した。
「どうせ緊急を要する事件が発生しました~って言うんだろ?」
大川曹長は、うっと短く呻いて言葉に詰まる。
「当たりかよぉ」
これほど嬉しくない当たりはないと言わんばかりに落胆する遠藤大尉。
「で? 何があったんだ?」
それでも任務は放棄しないんだな。
一応は軍人らしいところもある訳だ。
「都内にまた新しいダンジョンができました」
「おいおい、勘弁してくれよぉ」
険しい表情で報告する大川曹長に対して遠藤大尉は辟易した態度を隠そうともしない。
「場所は?」
「東京競馬場です。入り口はトラック内の何もない場所にできたため直接は怪我をした人もいなかったのですが、現場の混乱で救急搬送された人も出ているとのこと」
「で、そっちに向かえってことか」
「こちらが終了しだい新しいダンジョンの調査に取り掛かるようにとの命令です」
「やれやれ。俺たちゃ休みなしか」
遠藤大尉はぼやきつつ嘆息した。
「仕方ありませんよ」
大川曹長も心情は似たようなものらしく苦言を呈することがない。
「で、先行した部隊がいるんだろ。誰んとこだ?」
「大沢少尉です」
「ああ、なら余程のことがない限り大丈夫だろ」
東京競馬場にできたダンジョンに向かったのは遠藤大尉が信頼を置いている相手のようだ。
そういえば聞き覚えがある名前だ。
俺たちが異世界から帰還転移してきた時に最初に目撃した人間のうちの1人である。
何かの調査で来ていた軍人だった訳だけども、当時は曹長だったんじゃないかな。
自衛軍が統合された際に昇進したものと思われる。
遠藤大尉が信頼するだけあって優秀な人材だったって訳だな。
「張井も協力してくれないか」
急に話を振ってきましたよ?
唐突すぎて意味がわからないんですがね。
「指名依頼ということなら考えなくもないですよ」
何食わぬ顔で答えておく。
面食らったままだったり目を¥マークにして答えると向こうに付け込まれそうだからね。
「すまないな。報酬ははずむように上に掛け合っておくよ」
「そこは普通でいいですけどね。知らない相手に嫌われそうで嫌だし」
「ハハハ、あり得るな。だが、そういう連中に好かれたってロクなことはないぞ」
「知りませんよ。もとより関わる気なんてありませんからね。だから目をつけられないためにもギャラは通常の指名依頼に準じたものにしてください」
「了解、了解、わかったよ。なら、この件についても借りておく」
気軽に借りにしていくのが不気味だね。
返す気のない借金のように踏み倒す気はないのだろうけど、だからこそ何を考えているのか読めない。
まあ、わからないものを気に病んでも仕方あるまい。
いずれ何かの拍子にわかることもあるだろう。
その日はそれで解散となった。
そして翌日の探索も無事に終了。
それまでの調査内容を再確認するだけだったので早々に終わったけどね。
「張井、約束のものだ」
そう言って差し出されたのはネージュの冒険者免許だ。
受け取って確認してみたが、確かに特級の免許である。
魔法使いの欄にもチェックが入っているのは言うまでもない。
「ネージュ、話していた免許だ。ダンジョンに入る際に必要だからなくさないようにな」
「心得ておる」
免許を受け取ったネージュが見入りつつもそわそわしている。
「どうした? 写真の写りが気に入らなかったのか?」
免許あるあるとでも言えばいいのだろうか。
写真付きの免許や身分証って何故か微妙な写り具合だったりすることが多いんだよな。
だから、ネージュが気に入らなかったとしても不思議ではない。
「そうではない。そうではないのだ」
こちらを一瞥すらせずにネージュは己の冒険者免許をためつすがめつして見始めた。
どうやら気に入ったらしい。
こういうところは子供だよな。
読んでくれてありがとう。
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