342 サクッと完了
「その選択も間違ってはおらぬ。リスクを避ければ生き残れる。生き残れば次がある」
ネージュの言葉に氷室准尉が肩を落として虚無の表情になった。
まるでチベットスナギツネのようだと思ってしまったのは内緒だ。
「嬢ちゃんに人生のアドバイスをされるとは思わなかったよ」
「そんなつもりは毛頭ないぞ。感想を述べたにすぎない。それをお主が勝手に解釈して悟っただけだ」
チーンというお鈴の音が聞こえてきそうなほど氷室准尉は見事に撃沈した。
「何にせよ、これでハッキリしただろう」
「何がです?」
大川曹長が何が言いたいのかわからないとばかりに問いかける。
「大した実力もないのにアレに手を出すバカがいたとしても生き残る可能性はあるということだ」
ネージュが待機状態となったオーガジャイアントを振り返りながら語る。
その視線に釣られた遠藤大尉と大川曹長も見上げた。
「バカになるのはやめた方が良さそうだな」
「大尉、無謀なことを考えないでください」
「何だよ。やるとは言ってないだろう」
「検討していたんですよね」
ジロリと凄みをきかせて睨み付ける大川曹長。
「……なな何のことかなぁ~?」
気迫に気押された遠藤大尉は即答できなかった上にどもってしまう有様。
これでは認めているようなものである。
しかも、その動揺ぶりからオーガジャイアントに挑むことを諦め切れていないことまで読み取れてしまう。
「肌で強さを感じたいと思ったのであろう」
ネージュの指摘が不意打ちになったのか、遠藤大尉がビクリと反応した。
「今回はやめておけ。配下の者が犠牲になっても良いのであれば止めぬがな」
こう言われては遠藤大尉も強行する気にはなれないようで、特に言い訳や抗弁などをすることなく静かになった。
「では、もう一度だ」
ネージュが広場へ向けて歩みを進める。
「マジでやる気かよ。さっきは逃げ回っていただけだろ。勝ち目あるのか?」
氷室准尉がそんなことを言っている。
勝算がないと思われているとは予想だにできなかった。
「下らぬ。魔法もまともに使えぬ魔物など図体がデカくても雑魚でしかないわ」
言うことが挑発的に聞こえるかもしれないが、ネージュにとっては当たり前のことなので、訂正を求めても聞き入れてもらえるものではないだろう。
とにかく、そう言い残してネージュは広場に出た。
途端にオーガジャイアントが首を巡らせて反応。
威嚇するように大きく咆哮した。
ビリビリとした空気の振動を感じるほどのそれは普通の冒険者相手なら有効な威嚇手段となったことだろう。
肝心のネージュにはまるで効果を発揮しなかったけれど。
反面、遠藤大尉たちには有効だった。
氷室准尉と堂島氏はブルブルガタガタと震えている。
大川曹長も顔色を一気に悪化させ身を固くさせていた。
遠藤大尉がどうにか耐えているが、あれはやせ我慢だろうな。
まあ、そちらに構っている場合ではない。
ネージュがオーガジャイアントに近づくと、向こうもゆったりした動作で動き始める。
ズシンズシンというその足音が地響きとともに近づいてきた。
が、ネージュは意に介さない。
「デカいだけで踏みつけも満足にできぬ能無しが!」
それどころか足を止めて挑発さえしてみせた。
短絡的な相手でなければ引っ掛からないような安い代物ではあったけれど。
しかし、オーガジャイアントはそれにまんまと引っ掛かる単純な思考をした輩と同類であったようだ。
激高して吠え叫ぶと、大きく足を踏み出して一気に間合いを詰めた。
踏み込みの勢いのまま身をかがませて張り手のように手を突き出してくる。
ネージュを捕まえて握りつぶそうとでも考えたのだろう。
「だから貴様は能無しなのだ」
不敵に笑みを浮かべたネージュが突き込まれる手を飛び越えオーガジャイアントの前腕部に着地。
そのまま腕を一気に駆け上がったかと思うと顔面に渾身の拳を叩き込む。
次の瞬間、オーガジャイアントの首が粉々に砕け散りながら吹き飛ばされた。
「「「「は?」」」」
唖然愕然とする遠藤大尉たち。
想像だにしなかった結果に驚きつつも何をどうすればそうなるのか理解できずに混乱しているようだ。
遠藤大尉たちとは違ってネージュは平然とした面持ちで悠然と歩いて戻ってきた。
その間にオーガジャイアントがドロップアイテムへと転じていく。
俺たちのいるところまで戻ってきたネージュが一言。
「我が実力、しかと見届けたな?」
コクコクとうなずく遠藤大尉たちだが言葉は出てこない。
よほどショックだったんだな。
「種明かし、いりますか?」
そう問いかけると全員がバッと勢いよく振り向いてきた。
やはり、どうやってあの結果を導き出したかはわからないようだ。
ネージュがやったことは単純なんだけどね。
腕を駆け上がる間に足裏を通じて凍らせていき殴る際には頭も氷漬けになっていただけなのだ。
その状態でネージュの拳が炸裂すればオーガジャイアントの頭部が爆裂したかのように粉砕されるのも無理はない。
それを説明すると……
「なんてこった。そんな魔法の使い方があるのかよ」
氷室准尉が呆然とした面持ちで呟いている。
「触れただけで凍らせてしまうとはね」
肩をすくめて嘆息する遠藤大尉。
ネージュなら遠隔で凍らせたとしても驚かないけどね。
「あの巨体の腕から顔面を一瞬でというのが恐ろしいです」
「氷の魔法使いを自称するくらいでっせ。あれくらいはできて当然なんでっしゃろ」
大川曹長や堂島氏も感想のやり取りに温度差はあるようでいて反応は似たようなものである。
その後、遠藤大尉たちの驚愕が静まるまでには多少時間を要した。
その間にドロップアイテムを回収し帰り支度を調える。
「落ち着きましたか」
「いや、スマン」
遠藤大尉が代表して詫びてくる。
「初見なら仕方ないでしょう」
「君らもあんな感じだったのか?」
気遣ったつもりだったが藪蛇になってしまったな。
まさか俺たちのことを聞かれるとは。
「どうでしょうね。自分のことは見えているようで見えないものですから」
「そうかもしれんな」
どうにか誤魔化すことはできたけど、本当に遠藤大尉が納得しているかは微妙なところだと思う。
何か気付いたけど黙っているだけかもしれないし。
これ以上は余計なことを言わないに限るだろう。
そして、俺たちは帰還した。
帰りも何度かオーガに遭遇したがほとんどをネージュが一蹴した。
一度だけ遠藤大尉たちが志願の再チャレンジをしたけれど、初戦ほど苦戦はしなかったのはさすが統合自衛軍のトップチームと言えるだろう。
次の日以降も探索は当然のように続けられた。
ただ、初日とは内容を大きく変えている。
最奥には向かわないのは大前提。
ある日は薬草の分布の確認に専念したし、別の日は魔物の行動パターンの観察が主なものとなった。
「ここは変なダンジョンだな」
何日か探索をしてきた後で遠藤大尉がそんな風に漏らした。
「ホンマですわ。厳しいんか温いんかようわかりまへんがな」
「お調子者を見せしめにするためにあるようなダンジョンですよね」
堂島氏や大川曹長も同意する。
言い得て妙な感想に一定の手応えを感じた。
そういう風に調整したからね。
読んでくれてありがとう。
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