338 雲行きが怪しくなってきた
唖然呆然とは正にこのことだろう。
悲壮感を漂わせていた遠藤大尉たち一同は言葉を失い固まってしまっている。
信じられないものを見たという思いでいっぱいなのだろう。
「おーい、戻ってこーい」
この呼びかけで我に返ったのは遠藤大尉だった。
「張井、冗談キツいぞ。彼女の身体能力は常軌を逸してないか」
「超人的ではありますかね」
「あれを見て驚かない方がどうかしているぞ」
ジト目を向けられるがネージュの正体を知っている俺たちからすれば、あの程度はできて当たり前の今さらな話だ。
「そうですか?」
「まず、あのダッシュ力。瞬間移動かと思ったほどだ」
あれでも本気には程遠いと知ったら、今度こそ固まるだけじゃ済まなさそうだ。
「それから最初の一撃でオーガの動きを完全に止めたよな。何をしたかはサッパリわからんが」
気付いたのはさすがだな。
「そうなんですかい?」
疑問を口にしたのは続いて正気に戻った氷室准尉だった。
「てっきりスピードで圧倒してオーガが反応できないものとばかり思ってましたぜ」
「間違いない。膝蹴りが叩き込まれるまでは腕を動かそうとしていたが完全に止まってしまったからな」
確かにネージュを捕まえようとしていたな。
スピードに対応できず動きが遅れたせいで氷室准尉にはわからなかったみたいだけど。
「膝蹴りは確か胸のあたりじゃなかったですかい」
「そうだな……」
返事をした遠藤大尉が次の瞬間、大きく目を見開いた。
「あの蹴りで心臓の鼓動を一時的に止めたのか」
「そう考えるのが妥当ですな」
「ブブー、ハズレー」
俺が間違いだと告げるとギョッとして俺の方を見る一同。
その頃には大川曹長や堂島氏も復帰していた。
「惜しいところまでたどり着いてはいますがね」
心臓にダメージを負わせたことに気づいたところまでは良かったんだけど、常識が邪魔をしたかな。
「ネージュは氷の魔法使いですよ。確実に仕留めようとする相手の心臓を一瞬止めるだけなんてあり得ないでしょう」
「まさか……、心臓を凍らせたのですか?」
大川曹長が恐る恐る聞いてきた。
「ウセやん。あの一瞬でそないなことできるんかいな」
堂島氏が俺の返答を聞く前から否定してかかっている。
が、それは現実を受け入れたくないという願望がそうさせているだけで薄々はそれが事実だと気付いているのは明白だった。
「可能か不可能かじゃなくて、やってのけたんですよ。それにネージュからすれば、あんなのは雑魚ですよ」
「「「「なっ!?」」」」
驚きの声を発する遠藤大尉たち。
「忘れてもらっちゃ困りますね。昨日、言ったじゃないですか。俺たちが助けられたって」
あの時も驚いていたのだから覚えていないとは言わせない。
反応は様々だが彼らも思い出したようだ。
「この調子でオーガジャイアントの所へ行ったら、どないなるねん」
堂島氏は深刻な表情で思い悩んでいた。
「いやいや、今日はもう切り上げるだろう」
そう言いながら氷室准尉は遠藤大尉の方へ視線を向ける。
「おっかないお嬢さんしだいだな」
帰還するとは言わない遠藤大尉に、無茶を言わないでくれと言わんばかりに絶望的な表情を浮かべる氷室准尉と堂島氏。
大川曹長は覚悟していたのか諦観の感じられる顔で嘆息していた。
「まだ時間的な余裕はあるのだろう?」
ネージュが俺に聞いてきた。
「この近辺の調査を明日に回せばボス戦くらいはできるんじゃないかな」
どのみち調査は今日だけでは終わらない。
それなら遠藤大尉たちにボスを見せておくのも悪くないだろう。
ただ、現状からするとこの八王子城跡ダンジョンは立ち入り禁止にさせられかねない。
統合自衛軍のトップチームがオーガ相手に苦戦したからね。
「おいおい、これ以上は調査する意味があるのか?」
氷室准尉が否定的な見方をしていることからも立ち入り禁止は濃厚になってきたな。
「薬草がありますからね」
「そんなのがあってもオーガがいたんじゃ、おちおち回収もしてらんねえだろ」
「そんなことはないですよ。もっと手前の方に豊富にありましたから」
「それでも調子に乗るバカはいるだろうよ」
「あー、いてますやろなぁ。もっとええのが無いんか言うて欲張るお調子もんは何処にでもおりますよって」
氷室准尉だけでなく堂島氏も悲観的な見方をしているな。
「絶対とは言いませんが、それはおおむね大丈夫ですよ」
「えらく自信があるんだな」
眉をしかめて聞いてくる氷室准尉。
「氷室准尉が観察しなさすぎなんですよ」
大川曹長からツッコミが入った。
「索敵はちゃんとしてたぞ」
居心地が悪そうにしながらも反論を試みる氷室准尉。
「索敵だけですよね。フィールドダンジョンの調査だというのに」
「うぐっ」
さらなるツッコミを受けて氷室准尉はたじたじになった。
「そんなだから准尉は周囲の変化に気付かないんです」
「そういう大川は何に気付いたと言うんだ。景色も大して代わり映えしてないだろう」
お小言をもらった氷室准尉は往生際の悪さなど気にしていないかのように反論する。
誰の目にも明らかなほど無駄なあがきなんだけどね。
当然、大川曹長も呆れる他ない訳で自然と溜め息が漏れ出ても仕方のないところだろう。
「な、なんだよぉ」
「せめて張井さんたちの変化に気付かなかったんですか?」
予想外の質問に氷室准尉は面食らったのか言葉を失っている。
一応は己の記憶を探ってはいるようだけど、即答できない時点で気付いていなかったのは明白だ。
大川曹長は見切りをつけたのか視線を堂島氏へと移した。
「堂島さんはどうです?」
「え、そうやなぁ……、最初の頃と違て動き回らんようになったんちゃう?」
「それじゃ不充分だ。オーガが出没する前あたりから薬草の採取をしなくなったんだよ」
堂島氏が答えたところで遠藤大尉が俺たちの変化について明確に言い当てた。
「そうそう、それですがな」
「言われてみれば、そうだったな」
氷室准尉はハハハと乾いた笑い声を上げている。
まったく、調子のいいオッサンだ。
「てことは薬草は奥へ行くほど少なくなっていくって? それで張井は大丈夫と言ったのかよ」
気付いていなかったことを誤魔化すためか、氷室准尉は強引に話を進めようと情報を整理する。
「そのようですね。どうやらゴブリンとかホブゴブリンのいるあたりまでしか薬草は生えていないと判断されたみたいですよ」
「全部見て回った訳でもないのに、そうとは言い切れないだろう」
「それは明日以降の探索で確認すれば良いことです」
氷室准尉が当然の追及をしてくるが大川曹長は慌てることなく淡々と返している。
「にしても時間かかるぞ、それ」
いつまで調査しなければならないんだとウンザリした顔で氷室准尉が肩を落としたのだが。
「その確認ならば不要だ」
唐突にネージュが口を挟んだ。
「ここのオーガどもは薬草のあるあたりまでは出てこぬよ。間違いないと保証しよう」
堂々と胸を張って宣言する。
「保証するって言われてもなぁ」
氷室准尉が信憑性は何処にあるのかと言いたげな顔でボヤく。
「この領域程度など我が魔法探査にかかれば隅々までわかるぞ」
「は?」
間の抜けた声を出したのは氷室准尉だったが、呆気にとられたのは彼1人ではない。
残りの3人も信じられないという思いが顔に出てしまっている。
「面倒だから昨日やったきりだがな」
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