335 調査が始まるも……
「よお、待たせたな」
遠藤大尉たちが準備を整えてくる頃には氷室准尉も立ち直っていた。
けど、一時の落ち込みっぷりは酷かったから同情を禁じ得ない。
そんな訳で魔法を防御する魔道具くらいは作っても良いかなと考えている。
そうなるとチーム全員分ということになるか。
錬成スキルがあるから複製すれば何とかなるとして渡す理由に乏しいんだよね。
氷室准尉にねだられたからなんて説明すれば、あれもこれもと頼まれる未来しか見えないし。
とりあえず作るだけ作って次元収納で寝かせておくか。
いずれ必要になるような事態になった時に渡せばいいだろう。
「張井さんたちは、まだ準備が終わってないんですか?」
大川曹長が学級委員長みたいな雰囲気の漂うお仕事モードで聞いてきた。
これが遠藤大尉が相手ならボヤボヤするなとばかりに説教していたことだろう。
「コイツらの服は魔道具だから俺たちの防具より性能が上なんだとよ」
こちらから説明する前に氷室准尉が告げると大川曹長は固まってしまった。
理解の範疇を超えたみたいだ。
堂島氏はそこまで酷くはなかったが唖然としているので受けた衝撃は相応のものだったと思われる。
「ハハハッ、そいつは御機嫌だね。今度、俺たちにも作ってくれないか」
遠藤大尉がすんなり受け入れていたのはスゴいことなのかもしれない。
「そいつはどうも難しいようですぜ、大尉」
そう言って俺がした説明を語って聞かせる氷室准尉。
「ふーん、相変わらず君らは無茶苦茶だな」
遠藤大尉の物言いに英花が機嫌を悪くしたのは言うまでもない。
それがわかっているのに流せる遠藤大尉は図太いよな。
「それはそうと魔法を防ぐだけの付与をつけるだけでも短時間しか持たないのか?」
遠藤大尉は貪欲だ。
わずかでも可能性があるなら生存率を上げたいからというのはわかるんだけど。
生憎、瞬間的に効果を発動させるならともかく持続させるとなると制御に大きな負荷がかかるのだ。
抜け道はあるんだけど、今ここでそれを話すとややこしいことになるのでスルー決定。
「魔法の制御を自動化させるのって意外に魔力を消費するんですよ」
遠藤大尉は今ひとつピンときていないようで得心したとは言い難い表情のままだ。
「言ってみれば工場をオートメーション化して動かすようなものでしてね」
「なるほど。工場で生産されるものが魔道具の効果と考えればコンピューターで自動制御するシステムが魔道具の制御部分という訳か」
「その自動制御の部分を動かすのにどれだけの電力を消費しているんでしょうね」
俺も詳しいことは知らないが、これだけは言えるんじゃないだろうか。
「少なくとも1人分の人件費で賄えるものじゃないでしょうよ」
仮にそれで事足りるのだとしても結果が違う。
工場で大量生産するのと人間1人が手作業で作れる量の差は圧倒的なものになるのは考えるまでもない。
「わかったような、わからんような」
困惑の表情で肩をすくめる遠藤大尉。
「すみませんね。例えが下手で」
「いや、こっちも無理な注文をしようとしていたのは理解した」
どうにか話を終えることができたようで何より。
そのまま俺たちは八王子城跡ダンジョンへ入ることとなった。
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「涼成、そこに薬草がある。取っておくといい」
事前の打ち合わせ通りネージュが薬草採取をうながしてきた。
「了解」
ナイフで切り取って袋に入れていく。
「お前ら、準備がいいな」
呆れたように溜め息をつきながら氷室准尉が言った。
「あるのは昨日の時点でわかっていましたからね。まさかあの状況で採取にいそしむ訳にもいかないでしょう」
俺たちがダンジョンから出てくるのが遅れていれば自衛軍が大挙して突入していてもおかしくなかったからね。
「そういうことか。けど、ほどほどにな。ここは未知のダンジョンなんだぜ」
「あー、御心配なく。この付近じゃオーガは出ないですよ」
「なにっ?」
「こんな入ってすぐの所にオーガがいるなら犠牲者が出てましたよ」
「それもそうか。けど、油断するな。何が出てくるかハッキリしてないんだからな」
「了解です」
返事をしたところでガサガサと草木をかき分ける音がした。
遠藤大尉たちが足を止めて警戒態勢を取るがネージュは何事もないかのように歩を進める。
俺たちもそれに続く。
気配で何が来るかは想像がついているからなんだけどね。
(おいっ、止まれっ!)
声を潜めて氷室准尉が制止してきた。
「オーガみたいな強者の気配じゃないですよ」
普通に返事をして前に進む。
丁度そのタイミングで俺たちの前にゴブリンの集団が飛び出してきた。
数はこちらよりも少ない5匹ほどだ。
ギャアギャアと吠えているが威嚇にもならない。
「邪魔だ。退け」
ネージュがサッと右手を振るうとゴブリンどもはドサドサと倒れていく。
奴らの頭部には氷で出来た短めの杭が突き刺さっていた。
即死なのは言うまでもない。
そのままドロップアイテムへと姿を変えていく。
「これではやり過ぎだな。ギリギリを狙うには、もう少し調整が必要か」
大川曹長や堂島氏がギョッとした表情を見せる。
「そんなにスゴいことか?」
ピンとこなかったのか氷室准尉が隣にいた堂島氏に聞いた。
「5発動時に魔法を発射して全弾命中でっせ。氷室はん、ナイフ同時に5本投げて同じようなことできます?」
「あー、百発百中は厳しいな」
「しかも威力まで調整してる口ぶりですやん」
「言われてみれば……」
「普通あの短い時間でそこまでできまへんで。せやのに涼しい顔してますやん」
「余裕綽々ってことか。底が見えねえな」
「2人とも無駄口を叩いてないで行きますよ」
大川曹長が話を切って先へ進むよう促した。
とはいえ彼女も2人の話に聞き入っていたんだけどね。
そこからの探索はさして代わり映えのしないものだった。
ゴブリンかホブゴブリンが出てくるたびにネージュが氷弾を撃ち込んで仕留めることの繰り返し。
変化と言えば、最初は杭のサイズだった氷弾が次にはクサビほどになり、さらに小さくなって最終的には弾丸サイズになっていた。
一気にそのサイズにしなかったのは慎重に見極めていたからなのだと思われる。
大雑把な性格なのかと思っていたが、そうでもないのか。
「冗談キツいわ、ホンマ」
「あの嬢ちゃんの凄さは充分に味わったじゃないか。何を今さら」
氷室准尉は苦笑しながらなだめるが堂島氏は真顔のままだ。
「気付かへんかったんですか。さっきの攻撃は木の陰に隠れた魔物がおりましたやん」
「あー、いたな。俺は隠れてない方の動き回ってた奴に着目してたからなぁ。ほぼ同時に倒されたんだよな?」
確認する氷室准尉の問いにうなずきで答える堂島氏。
「顔を覗かせたとかじゃないのか」
「そんなことしてまへんわ。完全に死角でしたで」
「マジかよ。木を貫通させた訳じゃねえよなぁ」
言いながらホブゴブリンが隠れていた木へ視線を向ける氷室准尉だったが次の瞬間には渋い顔をさせていた。
「どうやったんだ。サッパリわからんぞ」
想像がつかないか。
氷室准尉が魔法を使えない理由はこのあたりにありそうだな。
「堂島は見ていたんだろう」
「見てましたけど、あんなん真似できまへんで」
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