333 ガミガミ言う女は嫌われる
「悩ましいですね」
大川曹長が溜め息まじりに言った。
「大魔法使いのお嬢ちゃんの扱いか?」
遠藤大尉が問うが、そうではないと大川曹長は頭を振った。
「そのことに関しては張井さんが責任を持ってくれるのでしょう?」
俺の方を見て問われたので首肯する。
「助けてもらった恩もありますし、異世界からの来訪者との付き合い方も他よりはノウハウを持っていますからね。適任はうち以外にはあり得ないでしょう」
「だそうですよ、大尉」
俺の返答を受けて遠藤大尉に向き直った大川曹長が告げた。
「じゃあ、他に何があると言うんだ?」
「このダンジョンの評価です」
「それは明日以降の調査で確定させることだろう」
「暫定的なものを設定してからでないと調査も危険が増してしまいます」
「じゃあ、最大限に危険があるということにしておけばいいじゃないか」
「それで無駄に予算をつぎ込むのは良くないでしょう。少なくともスタンピードの兆候は見られませんよ」
「そうだな」
「まったく……」
軽く同意した遠藤大尉に対してなかば、諦観のこもった溜め息を漏らす大川曹長。
「大尉がそんないい加減だから上からのお小言の矛先が私たちに向くんです」
大川曹長のまなじりが吊り上がり始めた。
それが危険なサインであるというのは先程知ったので口出しはすまいと気配を薄めて傍観者を決め込む。
気配を消さないのは目の前でそれをすると露骨すぎて逆に目立つからだ。
下手をすると、こちらが標的にされかねない。
ガミガミとお小言が続くのを黙って見ているのもツラいものがある。
ここで我慢しきれずに口をはさむとアウト。
お小言がこちらにまで及んでしまう。
黙っていてもツラいが止めようとすると更に痛い目を見る。
一種の苦行だ。
どうにかこうにかお小言タイムが終了したときには遠藤大尉もグッタリしていた。
だが、労いの言葉はかけない。
調子に乗るのが目に見えているからね。
「酷い目にあった」
「適当なことを言うからです」
ビシッと言われる遠藤大尉。
再びお小言が始まるのかと思われたが、それはなかったので一安心だ。
「お聞きしてよろしいですか」
その言葉は俺たちではなくネージュに向けられたものだった。
「聞くが良い」
素直に応じた割にはネージュの機嫌が悪い。
一悶着なければいいんだけど。
「オーガジャイアントは弱かったですか」
「知らん」
にべも無い返答だ。
聞いて良いはずなのにと思われるかもしれないが、ネージュは質問に答えるとは言ってない。
答えるかどうかはネージュの機嫌ひとつで決まるということだ。
大川曹長は損ねてしまったのだけは間違いない。
きっとお小言タイムが気に入らなかったんだと思う。
ほどほどにしておけば良いものを……
まあ、遠藤大尉は普段からあんな感じだからストレスが蓄積して、あのタイミングで吹き出したというのはあるかもしれない。
同情の余地はあるとは思うけど、ストレスフルだからって吐き出すタイミングを間違えるのは悪手と言わざるを得ない。
今さら蒸し返したところで何も生み出さないどころかマイナスにしかならないんだからさ。
せめてお小言は帰ってからにすれば良かったのだ。
この調子だとネージュの機嫌は簡単には戻らないだろうな。
とばっちりがこちらに来ないことを願うばかりである。
「では、魔物の構成はどうでしょうか?」
「知らん」
別の質問をされても、やはり素っ気ないネージュである。
「知らないって……」
さすがに大川曹長も相手にされていないことに気付いたようだ。
その理由にまでは思い至ってはいないだろうけど。
「雑魚すぎて気にとめることすら億劫だったんじゃないですか」
一応、フォローしておく。
その結果についてまでは責任を持てない。
「ウセやろ……。オーガが出てるて聞いてたのに、そんなんまで雑魚扱いするんかいな」
案の定、堂島氏が呆然としてしまっている。
氷室准尉も言葉を失っている所は違うが唖然としてしまっており似たよう表情を見せていた。
大川曹長もだな。
「いやあ、張井たちが助けられたというのも信憑性がマシマシな返答だね」
クックックと喉を鳴らして笑う遠藤大尉だけが興味深げにしている。
「その調子だとオーガジャイアントまでもが雑魚なんだろうな」
遠藤大尉のその言葉に対する返事はなかった。
が、ネージュは無表情を貫きながらも何処が自慢げな空気を醸し出している。
これに気付かない遠藤大尉ではない。
「結構、結構。張井んとこの戦力が大幅にアップした訳だ。これからもよろしく頼むよ」
でもってこの対応だ。
戦力になるならスカウトしてくるかと思ったけど、横からかっさらうような真似はしないってことかな。
たぶん大川曹長が悪印象を持たれたと判断している部分も影響していると思うけど。
「ほう。貴様はわかっているようではないか」
ネージュが少し機嫌を直したようだ。
「そいつはどうも」
「名は何と言うのだ?」
「遠藤ジョー」
遠藤大尉は素直に名乗ったにもかかわらずネージュは怪訝そうな顔をした。
「それは誠の名か?」
いぶかるように睨みをきかせながら問いかけるネージュにキョトンとした表情を見せる遠藤大尉だったが、すぐに何か思い至ったようで苦笑した。
「所属する国を変えた際に名前は変えたんだよ。この国の人間らしくないのでね。前の名前はジョー・ヘンドリックと言う」
「ふむ。この世界の人間は面倒なことをするのだな。まあ、いい。貴様の名は遠藤ジョーで覚えておこう」
「そうしてくれると助かる。残りの面子は──」
「不要だ」
紹介することも名乗ることも許されないのか。
たぶん大川曹長が嫌われているせいなんだろう。
氷室准尉と堂島氏は特に嫌われるような言動はなかったと思うし、とばっちりを食ったってところかな。
「張井?」
遠藤大尉が俺の方を見てくるが何もできないですよ?
「俺に期待しても無駄ですよ。ほとぼりを冷ましてからにした方がいいと思いますけどね」
「それもそうか。連携を考えると知ってもらった方が良いかと思ったんだが」
「何です、それ? 先に言っておきますが共同作戦などに同意した覚えはありませんよ」
「そう言わないで助けてくれよぉ」
拝み倒す勢いで懇願されるが、具体的な内容を明かさないのは地味にイラッとする。
「口約束の契約ほど信用できないものはないですからね」
「若いのに、しっかりしてるなぁ」
「とっくに成人してますので子供じゃないですよ」
成人しても子供のような奴もいるけどね。
そのあたりは言いっこなしだ。
それに俺や英花の場合は異世界で濃い人生を送ってきたから、その分しっかりしているように見えるのかもしれない。
「とにかく大層なことじゃないんだ。明日からの調査に協力してほしいんだよ。ギャラは払うからさ」
「お金はいりませんよ。ネージュの戸籍と冒険者免許をどうにかしてくれるならね」
「マジか。そいつは助かる」
本気で言ってるのかな。
こっちは面倒な手間を丸投げにしてしまえるから大助かりなんだけどね。
読んでくれてありがとう。
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