332 信じてくれない?
「君らは本当にトラブルに愛されているよな」
呆れをにじませた苦笑いをしながら遠藤大尉が言った。
あれから俺たちはダンジョンの仕様変更をしてフィールドダンジョンから脱出。
その頃には統合自衛軍のダンジョン攻略部隊も現場に到着していたので遠藤大尉に連絡を取ってもらい呼び寄せたんだけど。
開口一番がこの台詞とはね。
英花なんて無表情ながら青筋を立てていたよ。
「じゃあ、突入しない方が良かったですか」
わざと憮然とした表情を作って抗議する。
「いや、そうは言ってないさ」
さすがの遠藤大尉もたじたじになっていた。
「大尉、余計なことは言わないでください。彼らがいなければ助からなかった一般人も大勢いるんですよ」
大川曹長はお冠だ。
ただ、俺たちではなく烏天狗たちなんだけどな。
そのあたりは俺たちが避難誘導したと錯覚するよう彼らが言うところの術をかけてくれたようだ。
避難した人たちだけじゃなく現場に駆けつけた警察官も烏天狗たちが術をかけているそうなのでバレる恐れはないという。
隠れ里に迷い込んだ人間相手に使う術と同じなので間違いないだろう。
手柄を横取りするような気分になってしまうけど、烏天狗たちも存在を知られたくないからwinwinということで納得することにしている。
「いやぁ、悪い悪い。つい、な」
対する遠藤大尉のノリは何処までも軽い。
「大尉ぃぃぃぃぃっ」
キリキリとまなじりを吊り上げていく大川曹長が遠藤大尉を威嚇する。
「我々も暇ではないのですよ。時間を浪費しないでください」
「へーへー」
大川曹長は妙にピリピリしているな。
何かトラブルでも抱えているのだろうか。
部外者の俺には思い当たる節など無いに等しいのだが。
あるとすれば、今回の一件くらいである。
ただ、まだ報告もまともにしてないのに大事だと思われるとは考えにくい。
「そうでなくても今回は民間人に犠牲者が出ていたかもしれないんですよ」
「だなぁ。鬼が出たと報告を受けたときは肝を冷やしたぜ」
脱出した民間人から話を聞いたんだな。
そっちから危機感を感じているのかもね。
「張井たちが現場に居合わせてくれて助かったよ」
「俺たちは城跡を見に来ただけなんですがね。まさかフィールドダンジョンになってしまうとは思いもよりませんでしたよ」
「だから言ったのさ。トラブルに愛されているって」
「大尉っ!」
「そう怒るなよ、曹長。無事に解決したんだから張井たちにはリラックスしてもらった方がいいぞ」
「仰りたいことはわからなくもないですが、解決したと言うのは早計です。これから中の調査をしなければならないということを忘れてもらっては困ります」
「えーっ、もう日が暮れるぜ。明日でいいんじゃねえの?」
「オーガが出たかもしれないんですよ。たとえ半日でも放置できないでしょう」
なるほど。それで焦ってしまったから余裕がないんだな。
「冗談も休み休み言え。今夜は出撃しない」
その一言で大川曹長が激しい反応を見せかけたが、遠藤大尉に手で制されてしまった。
「情報がそろっていても危険だとわかっている場所に不充分な状態で部下を送り込むつもりはないぞ。スタンピードが起きるというならともかく、そもそも今の状況じゃ緊急性が低いだろう」
こうピシャリと言われては大川曹長も言い返せないようだ。
普段からお気楽な言動が多々見られる遠藤大尉だが、ここぞというところではビシッと決めてくるからね。
理由も筋が通っているし。
何より上官だもんな。
「ところで、そっちのお嬢ちゃんは見ない顔だな」
大川曹長が静かになったところで遠藤大尉は新しい話題を振ってきた。
「ダンジョンの中で保護でもしたのか?」
「逆ですよ」
「は? なんだって?」
「俺たちが保護されたも同然だと言ってるんですよ」
大川曹長と堂島氏が両眼を大きく見開いて絶句している。
「おいおい、冗談キツいぜ。お前たちが子供に助けられるなんて誰も信じねえぞ」
今までは黙って話を聞いているだけだった氷室准尉が引きつった笑みを浮かべながらツッコミを入れてきた。
ああは言っているものの俺が真顔で言ったからか内心では完全否定できずにいるのが表情からうかがえる。
とはいえ半信半疑では言い過ぎになるだろうけど。
「見た目は幼く見えますが何百年以上も生きているそうですよ」
「悪い冗談だ」
今度は信じないと頭を振る。
「俺たちなんかが足下にも及ばない大魔法使いですからね」
ギョッとした表情を見せる氷室准尉たち。
今度は半信半疑を超えたかな。
遠藤大尉だけは興味深げにワクワクした顔になっていたけど、この人らしいと思うので特にどうとも思わない。
「何をもって大魔法使いと仰るのです?」
どうにか声を絞り出しましたという感じで大川曹長が聞いてきた。
「俺たちが手こずっていたボスを瞬殺したからですよ」
「「「なにぃ───────────────っ!?」」」
「それは面白いね。詳しく聞かせてもらえるかな」
「ちょっ!? 大尉は本気で信じているんですか?」
焦った大川曹長がそれはないだろうと遠藤大尉に問いかける。
俺も何も事情を知らなくて同じ立場だったら同じように思ったことだろう。
「張井がウソをついていると?」
「いえ、そういう訳では……」
よく考えもせずに口走った結果、簡単にやり込められてしまう大川曹長であった。
「信じられないのはしょうがないですよ。ただ、彼女は異世界から来た長命種だそうですから、こちらの常識は当てはまらないでしょうね」
「へえ、ハイエルフとかかな」
すぐにそういうのを思いつくあたりが遠藤大尉らしい。
日本のアニメとか大好きだと公言してはばからない人だからね。
大川曹長や氷室准尉は顔を見合わせて困惑し堂島氏に助けを求めている。
「さあ? そこまでは……」
あえて言葉を濁してわからない振りをしておく。
後に続く言葉は「知りませんよ」ではなく「言えませんよ」なのでね。
「言葉は通じるんだろ」
「ええ。魔法で習得したみたいです」
「便利な魔法を知ってるんだなぁ。俺には永遠に無理そうだ」
未だに魔法が使えないらしい遠藤大尉がトホホと嘆いている。
「それで張井さんたちが手こずっていた魔物とは一体何だったんですか?」
このまま話が脱線してしまうことを危惧したのか大川曹長が質問を振ってきた。
「オーガの巨人ですよ。オーガジャイアントってところですかね。2階建ての家くらいは優にあったと思います」
この説明にはさすがの遠藤大尉も唖然としてしまっていた。
「無茶するやんか。そんなんとよう戦う気になったもんやで」
堂島氏にはツッコミを入れられる始末だ。
「人がいたから仕方なかったのさ」
「あー、かばうために戦ったちゅうことですかいな」
堂島氏の言葉には首肯して返事をした。
「その必要はなかったけど」
「ちゅうことは……」
恐る恐るといった風情でネージュの方を見る堂島氏。
「そう、彼女だ。1分とかからずオーガジャイアントをカチカチに凍らせて粉みじんにしてみせた大魔法使いだよ」
ネージュは大魔法使いという単語の響きが気に入ったのか御満悦の表情でうなずいた。
「大魔法使いなどと面はゆい。我が名はネージュ、氷の魔法使いだ。しかと覚えておくが良い」
そう言うと、ネージュは大口を開けてからからと高笑いした。
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