330 倒しても仕事は残っている
俺はネージュの指示通りに拘束を解除すべく影縫いの魔法を解除した。
途端に寝転がった状態のまま泣きわめくように吠え両手をドンバンと地面に叩きつけて暴れ始めるオーガジャイアント。
「うるさいぞ」
ネージュがオーガジャイアントに黙れと威圧した。
が、止まらない。
延々と吠え、ひたすらに体を揺すり、両手は地面を叩き続ける。
まるで駄々っ子である。
ずいぶんと図体のデカい子供だけどな。
「ほう、いい度胸をしておるではないか」
目を細めて冷たい笑みを浮かべるネージュ。
冷気を放っている訳でもないのに周囲の温度が一気に下がったような錯覚を覚えたよ。
「凍てつけ。身の程知らずの愚か者めが」
ネージュが静かに言い放つ。
するとオーガジャイアントはゼンマイ仕掛けの玩具のように動きを鈍くさせていき、やがて停止した。
吠えず揺すらず叩かない。
赤かったはずの肌が激しく色落ちした洗濯物のように脱色しており、その姿はまるで彫像のようだ。
そして冷気を放っている。
「中から凍らせたのか」
フフンと鼻を鳴らして自慢げに胸を張るネージュ。
「これならば身動き取れまい」
「いや、そうだけどさ。仮死状態にしてどうすんの?」
「これだとドロップアイテムにならないよー」
「黙らせるという意味では正解かもしれないが、まだ終わった訳ではない」
俺たち3人からのツッコミに、ぐぬぬ状態になるネージュ。
「トドメを刺せば良いのだろう。トドメを」
フィンガースナップでパチンと音を鳴らす。
次の瞬間、凍り付いていたオーガジャイアントの頭が爆発四散した。
頭の中で爆発するほど急速に氷を肥大化させたのだろうか。
何をしたのかはよくわからないが今のあれは怖い技だ。
凍ったが最後、フィンガースナップひとつで粉みじんになるのだから。
ネージュを本気で怒らせてはいけないということだけは、よくわかった。
頭が吹き飛んで生きていられる魔物はほとんどいない。
オーガジャイアントも例外には該当しないためドロップアイテムと化した。
大きな魔石に角と皮。
皮の方は品質がかなり良さそうだ。
皮革が高級なものであると認定されれば高値で売れるだろう。
それでも魔石とは比べるべくもないとは思うが。
とにかく持参しないことには話にならないのでドロップアイテムを回収することにした。
「ネージュ、ドロップアイテムは報告のために見せる必要があるから、こっちで預かるが構わないか?」
「良いぞ」
了承を得たので次元収納へ格納していく。
「売却の方はどうする?」
ネージュがアイテムを自分で加工するとも思えないが、念のために聞いてみた。
皮革はさすがに売りに回すと思うけど魔石や角ならコレクションアイテムにすることも考えられるし。
「不要だ。涼成にやろう」
一瞬だけど呆気にとられてしまいましたよ。
物に対する執着がなさ過ぎじゃないですか?
魔石なんて、大きすぎてどれほどの値がつくか見当もつかないんですけど。
「おいおい、太っ腹がすぎるぞ」
「美味いものを一杯食わせてもらったではないか」
「それにしたって、だよ。もらいすぎだって」
魔石以外で考えるならまだしも、桁の違う話になってしまうのだけは確実だ。
「なぁに、これから厄介になるのだ。これくらいはせねば気が済まぬ」
「魔石の価値が桁違いなんだよ。ネージュが思っている何倍もな」
「そのようなこと気にするな。これからも美味いものを食わせてくれれば、それで良いのだ」
絶対にわかってない。
まあ、ボッチドラゴンだったからなぁ。
人間の価値観を説明するのは骨が折れそうだ。
「だったら、売却益はネージュちゃんのお小遣いにすればいいんじゃないかなー」
「お小遣いとな? なんだ、それは」
「ネージュちゃんが自由に使えるお金のことだよー」
「だから、そんなものは必要ないと言っているだろう」
ドラゴンにしては珍しいよな。
金銀財宝にまるで興味がないなんて。
そのぶん欲望を食欲に極振りしてるのだけは間違いなさそうだ。
「お小遣いがあれば買い食いもできるよー」
「ほう。それは興味深い話だな」
ナイスだ、真利。
そっちに話を振るのは思いつかなかったよ。
「だが、ものを買うということをしたことがないのだが大丈夫なのか」
そう言ってネージュは困惑の表情を覗かせた。
妙なところで慎重になるドラゴンだな。
「そのために俺たちと行動を共にするんじゃないか」
「おお、そうであったな」
俺の返答ですぐに相好を崩したけどね。
「じゃあ、そういうことで」
「うむ。買い食い、楽しみだな」
満面の笑みを浮かべたネージュは今にもヨダレを垂らしそうだ。
「その前に統合自衛軍に色々と説明しなきゃならないから」
「わかっておる。それもアリバイ工作の一環なのだろう?」
「そうだよ。念のために言っておくけどアリバイという単語は喋らないでくれよ」
「心得ておる。すべてを水泡に帰すような真似はせぬよ」
ちゃんと理解してくれているようで一安心だ。
「さて、後始末をして外に出るか」
「後始末とな? ドロップアイテムはもう回収したではないか」
ネージュが困惑の表情で首をかしげている。
「そっちじゃないよ。このフィールドダンジョンを掌握するのさ」
こう説明すると、パッと明るい表情に変わった。
「ああ、なるほどな。ダンジョンコアを支配するのだな」
このあたりはネージュも覚えがあるからか、すぐに理解してもらえたようだ。
「すぐに終わるのであろう?」
「掌握するだけならね」
「他に何があるのだ?」
「ダンジョンのバランス調整だよ。致死率が高いと立ち入り禁止にされかねないからさ」
「面倒じゃのう」
辟易した顔で嘆息するネージュだ。
「仕方ないよ。他の冒険者も入ってくるかもしれないからさ」
管理されていないフィールドダンジョンに入りたがる冒険者は多くはないけれど。
近くに冒険者事務所がないとドロップアイテムを運ぶ手間が増えるからね。
そんなことをするくらいなら管理されているダンジョンに潜った方が得なのは誰の目にも明らかだ。
それでもあえてフィールドダンジョンに行く奴は修行が目的か功名心からだろう。
後者はよほどの成果を上げないと満たされることはないと思うけど。
「だけど涼ちゃん、あんまりイジると変に思われるよー」
「そうだな。一般人が巻き込まれたことを忘れてはいけない」
「そっちから報告が行くって言うんだろ」
「そうだ。下手にイジらない方が良いのではないか?」
「一般人が巻き込まれたのを逆に利用するのさ」
「なにっ!? どういうことだ、涼成?」
「魔物に遭遇して冷静でいられる一般人なんてそうはいないだろ」
「そうは言うが、まるで違う魔物を配置すれば明らかにおかしいとなるぞ」
「そうでもないさ。頭突きウサギのように小さい魔物は目立たないしな」
「それにしたってなぁ」
「忘れちゃいけないのは、みんな早々に脱出してるってことだ。すべてを見たとは言えないだろう?」
「それはそうなんだが」
英花は簡単には納得してくれないようだ。
「もちろん、目撃情報のある魔物は配置するさ。強い魔物は外周部に行かないように調整してバランス調整してな」
「そっかー。目撃情報のあった魔物の中で強いのはフィールドダンジョンの奥にいるということにしてしまえば立ち入り禁止にはならないってことだねー」
ここぞというところで真利が援護してくれた。
その甲斐があってか英花もどうにか納得してくれたようだ。
読んでくれてありがとう。
ブックマークと評価よろしくお願いします。