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33 その名は、そして……

「大事なことを忘れていないか?」


 ゲートの話が一段落ついたことでまったりしていたら英花に問いかけられた。


「はて?」


 首をかしげて考えてみるが、何を忘れているのか思い出せない。


「1号の声を決めるのだろう」


「ああ、そうだった」


 指摘されて初めて思い出すとは我ながら情けない。


「もう終わっています」


 不意に聞いたことのない女性の声がした。

 いや、何処かで聞いたような気もする。

 何処でだったかは、ちょっと思い出せそうにないのだけど。


 声のした方を見れば1号が立っていた。

 ただ、何処か違和感がある。

 何というか……


「雰囲気が変わってないか?」


「声のキャラクターに合わせて所作を変更しました」


「はー、そうなんだ」


 思わず感心してしまったがキャラクターだって?


「涼ちゃん、これだよ」


 そう言いながら真利が指差す先にはこの部屋に山ほどあるモニターのひとつがあった。

 画面を見ればアニメ風の女性キャラクターのCG動画が流れている。


「金髪碧眼のメイドさんですなぁ」


 それも1号によく似た姿だ。

 しかしながら、見覚えのないキャラクターである。

 真利の影響で俺もアニメとかはよく見ていた方なんだけど記憶に引っかかってこない。

 強いて言うならメイド服がアニメ青き月のウィステリアの劇中に出てきたものに酷似している気がしないでもない。


「これはウィステリアのプロトタイプだよ」


「は? そんなのアオツキには出てこなかっただろ」


 俺もあのアニメはずっと見ていたから間違いないはずだ。


「だって涼ちゃん、設定資料集は持ってなかったでしょ」


 真利が筋金入りのファンであることを忘れていた。

 俺はただ見ていただけだから放映されていた内容については話もできるが、設定関連の話にはついて行けない。

 ウィステリアの構造とか使われている素材とかはまるで知らん。


「じゃあ、その資料集の中にプロトタイプも描かれていると」


「そうだよ」


「動画は存在しないだろう」


「うん。これは私がAIにデータを入れて作ったものだから」


 これだから天才は……

 まあ、いいか。1号が選択したみたいだし。


「ちなみにプロトタイプには名前があるのか」


「うん、リアって言うんだ」


「ウィステリアに被ってるな」


「そりゃそうだよ。ウィステリアの名前って最初はリアだったんだから」


「最初? 第1話からウィステリアだっただろ?」


「企画時の話だよ」


 それは俺にはわからん。


「そういや、プロトタイプはアニメに出てないのに声なんて無いよな」


「企画段階では登場予定だったけど大人の都合でダメになったんだよね」


 確か打ち切りされたんだったよな、あのアニメ。

 強引に脚本を変えた結果があの夢オチか。

 ずっと語り草になっていたから記憶に残る作品になったのは間違いないけど、そういう事情だったとは夢にも思わなかったよ。


「出演が急遽取りやめになったけど担当は決まっていた訳か」


「うん。今だとニュース番組でナレーションとかもしてる人だよ」


 そう言われても、ここ最近のことは知らないのだが。

 真利らしいのでスルーしておく。


「1号」


「はい」


 呼びかけると当たり前のように返事をする1号。

 その声は人形だから表情を変えられないのと相まってクールな感じがする。

 ただ、唇が動かないのはさすがに違和感があるなぁ。

 そのあたりも修正したいところだが、今は無機質な感じのする名前をどうにかしよう。


「今からお前の名前はリアだ」


「イエス、マスター」


 1号改めリアが了承したところで英花の方を見る。


「事後承諾になるが構わないよな」


「ああ。いつまでも1号では可哀想だなと思っていたんだ」


 半分は気遣いの言葉だとは思うが受け入れてもらえたようで助かった。

 次からはちゃんと相談してからにしよう。


 それから目標に向けて頑張る日々が始まった。

 心肺を強化するために真利の家にあった壊れた自転車で作り上げた魔道具のフィットネスバイク。

 各部の筋肉を鍛えることを目的に単管パイプやその他のガラクタを素材としてホームジムも作った。

 雨の日だろうと関係なく安全にトレーニングができる魔道具だ。

 どちらも本気で錬成スキルを使ったので原形をとどめていない。

 というより市販品の写真を参考に作ったので売り物と見紛うような代物になっている。

 外に出すものじゃないから別に構わないだろう。


 とにかく、これらのトレーニング器具で真利の基礎体力の向上を図る。

 負荷は使用者の体力に合わせて変化するので体力がついても楽になることはない。


「ひーっ、とまんないよぉー」


 フィットネスバイクに無理やり走らされる真利。

 設定により限界までトレーニングが続くようにしてあるからな。

 おまけに使用者の魔力で動作するため体力だけでなく魔力も鍛えられる鬼畜仕様だ。

 リミッターが一応ついているので死んだりはしないが。


「泣き言を言うくらいなら走れー」


「うわーん! 鬼軍曹がいるよぉー」


「まだ余裕があるみたいだな」


「ひーん! 涼ちゃんの鬼っ、悪魔ーっ」


「何とでも言え。そんなんじゃパワーレベリングは再開できないぞ」


「負けないいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」


 発破をかけると真利が底力というか根性を見せる。

 泣き言が次々と出てくるのは真利が運動嫌いなせいだ。

 運動音痴ではないので単なる面倒くさがりとも言う。


「涼成はスパルタだなぁ」


 英花が苦笑している。

 止めても真利がやめないのを知ってからは、あまり口出しをせず見守るばかりとなったけれど。


「しょうがないさ。自分を厳しく追い込める奴なんてそうそういないだろ」


「それもそうか。短期に体力をつけるとなると、この方法しかないよな」


 普通なら休みも入れたりするのだが異世界流の短期集中トレーニングにそんなものはない。

 限界までひたすら体を動かして治癒魔法で回復させる。

 疲労も痛んだ筋肉も回復するので休みは必要ないという理屈だ。

 メンタルはボロボロになるけどね。


「召喚直後にこれをやらされたのを思い出すよ」


 遠い目をする英花。


「俺もだ。あれは地獄だったよな」


 指導担当が兵士長だったからなぁ。


「それを思えば、まだ優しい方か」


 俺の時は心が折れようが何だろうが、ひたすら訓練訓練訓練だった。

 それこそ睡眠時間まで削られたからね。

 英花が遠い目をしたところを見ると、ほぼ同じ訓練だったものと思われる。


「切羽詰まってはないしな」


「平和が一番だ」


 まったくである。

 だが、この時の俺たちは知らなかった。

 世界の状況は滅亡に向けて緩やかに進んでいたことに。

 ダンジョンから出て情報を得られるようになり滅亡した国があると知っても危機感を抱かなかったのは気が抜けていたとしか言い様がない。


 いや、他人事のように感じていたと言うべきか。

 自分の世界のことなのに。

 英花にとっては馴染みのない異世界ではあるが、それでもここで生きていくしかないのだから立場は俺と変わらない。

 後に「あの時の自分を殴ってやりたい」と言っていたしな。


 そして、それは俺も同感である。

 世界規模の修羅場をくぐってきたくせに帰ってきた途端に平和ボケとか情けないにも程があるよ。

 少なくとも自衛軍の面々が調査に来た時点で気付くべきだったんだ。


 とはいえ、今の俺たちがそれに気付くことはない。

 目先のことしか見えていないからだ。

 世界の危機を知ることになるのは今ではなく先の話である。


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