329 オーガジャイアントは頭に血が上っている
「火球じゃ無理だと思ったが爆炎球でもダメなのか」
「痛みを感じやすい肘に当てたのに何も感じてないみたいだよー」
英花も真利もトドメを刺すのを恐れて攻撃を絞りすぎだ。
まあ、指摘するまでもなく次で修正してくるだろう。
幸いにもオーガジャイアントは再び拳を打ち下ろそうと振りかぶり始めたので想定外の攻撃をしてくることはあるまい。
とはいえ向きになっているなら力んでくることは考えられるので威力が上がることは考えられそうだ。
念のために警戒して待ち受ける。
目一杯振りかぶって振り下ろされた拳は先程までよりも明らかに速かった。
それでも囮役として逃げる訳にはいかない。
俺はどっしりした構えのまま拳を受け止めた。
先程より重い手応えを感じながらも想定外の事態には陥らない。
俺なら手数を増やすなど工夫するところだけど、頭に血が上ったオーガジャイアントはそれすらも思いつかないようだ。
「次だ!」
俺の合図で再び英花と真利が攻撃する。
先程の攻撃に毛の生えた程度なら活を入れる必要があるかと思ったが、その心配は杞憂だった。
2人とも一工夫してきたからね。
英花は再び魔法攻撃を仕掛けていた。
使ったのは、つぶてを射出する石弾の上位魔法である溶岩弾だ。
石弾なら対象の防御力が上回った場合は弾かれるだけである。
が、溶岩弾は貫通力は石弾に劣るものの粘着性が高く対象の表面に付着して高熱でダメージを与える。
「ゴアアアァァァァァァァァ──────────────────ッ!」
さすがのオーガジャイアントもこれには痛みを感じたようだ。
怒りの咆哮を上げ英花の方へ視線を向け睨み付ける。
「よそ見してると痛い目を見るよー」
このタイミングで真利がコンパクトボウで鉄球を射た。
今度は腕ではなく耳を狙っている。
その上、鉄球には雷の属性を付与させていたので物理的なダメージがなかったとしても感電するのは確定だ。
「ギャァァァァァァァァァァ──────────────────ッ!」
オーガジャイアントの耳からブスブスと煙が上がっている。
悲鳴から察するに相応のダメージは与えられたようだ。
感電のダメージは拳を受け止めた俺の方まで伝わるはずだったが、俺は耐えるまでもなくノーダメージだった。
掌を覆うように結界を展開させていたから、オーガジャイアントの拳はじかに触れていなかったんだよね。
最初の攻撃を受けた時に真利はちゃんと見ていた訳だ。
ただ、それでもオーガジャイアントの分厚い筋肉は貫けなかった。
耳の方は流血していたけれど千切れた訳じゃないので感電時のダメージかもね。
問題はこれでもネージュが降下してこないことだ。
まだまだ興ざめした分のやる気を取り戻すには至っていないのだろう。
まあ、トドメを刺してしまうことを警戒しすぎて攻撃がユルユルになっているから、しょうがないとは思う。
「痛いと思わせる程度じゃダメだろう」
影縫いの魔法を使わないと滅多矢鱈に暴れようとするくらいには痛苦を味わっているようだけど。
影縫いとは闇属性の魔法で、狙った相手の影の全部または一部を影の糸で縫い止めることで動きに制限をかける魔法だ。
「だが、動きが鈍くなったようだぞ」
「それは俺が影縫いを使っているからだ」
「でも、影縫いなら身動き取れなくなるんじゃないのー?」
「こんなデカブツのパワーファイターを丸々縛り付けたら魔力をガンガン消費してしまうだろ」
正しくはガチガチに縫い止めるのと弾力を持たせた状態でゆるく縫い付けるのとで使い分けているんだけど。
おかげでフルに影縫いをかけた場合の1割程度の魔力消費ですんでいる。
オーガジャイアントが暴れようとしている間は消費量も跳ね上がるものの、すべてをガチガチに固定するより負担は少ない。
「そんなことより攻撃してくれるか。こうしている間も魔力を消費しているんだ」
「ごめーん」
鉄球に付与をかけて射る真利。
今度はオーガジャイアントの肩の辺りに命中しジュウジュウという音と煙を立てて鉄球がめり込んでいた。
煙が出ているあたりは先程と似ているが鉄球の状態を見るに雷を付与した訳ではないな。
よく見ればオーガジャイアントの肩が酷い火傷をしたかのようにただれている。
どうやら付与したのは酸だったみたいだな。
それも単に表面をコーティングする形ではなく、込めた魔力が続く限り酸が湧き出すようにしているあたりが凶悪だ。
が、それでも生温い。
オーガジャイアントは痛みに絶叫するが、それには怒りも込められている。
完全にキレてしまえば無視して今まで以上に暴れようとするだろう。
「ちまちましすぎだ。そのうちマジギレするぞ」
「えーっ、そんなこと言われてもー」
どうやら俺が思っている以上に躊躇しているみたいだ。
「構わないから腕か脚の1本くらい切り落とす勢いでやるんだ」
「はーい」
緊張感のない返事をした真利は次元収納にコンパクトボウを仕舞い込み、かわりにトライデントを引っ張り出した。
魔力を流し込んで柄の長いまま体験モードに切り替える。
魔力の刃が備わった槍として使うつもりか。
そして、その状態のまま勢いよく回転させ始めた。
一振りで切り落とそうというのだろう。
一方で英花は先程から静かなままだ。
魔法を使っているようには見受けられるがオーガジャイアントは攻撃を受けていない。
チラチラと真利の様子をうかがっているところを見るとタイミングを合わせて何かを狙っているみたいだな。
ならば何も言うまい。
「はあああぁぁぁぁぁっ、せいっ!!」
真利が裂帛の気合いとともに槍を振るった。
回転の勢いを上手く乗せて振り抜けば魔力の刃はオーガジャイアントの膝上を何の抵抗もなく通り抜けていく。
切ったのは間違いあるまい。
影縫いを解けばオーガジャイアントは脚を1本失うだろう。
それとほぼ同時に英花が勢いよく何かを手繰りよせるような仕草をした。
やはり真利とタイミングを合わせていたんだな。
その瞬間、幾筋もの細長い何かがキラキラと光ったことからも何らかの攻撃をしたのは間違いあるまい。
あの光は魔力の糸か。
動きのないときは見えなかったところからすると、かなりの極細だな。
しかしながら、入念に魔力を練り上げたであろうそれは途中で断ち切られることなく役割を果たしたようだ。
英花が手応えを感じている自信に満ちた表情をしている。
俺はガチガチに固めていた膝下の影縫いを解除した。
「んー?」
特に変化が見られない。
真利がオーガジャイアントの脚を切断したのは確定的なんだがな。
試しに背後に倒れるよう影縫いを操ってみる。
すると、膝から上だけが倒れていき膝下は足形を入れたブーツのように自立している。
「なるほど。英花のは切断糸だったのか」
オーガジャイアントの太ももを骨ごと断ち切る魔力の糸とはね。
さすがに想像がつかなかったよ。
切断面は英花と真利が切ったいずれも綺麗なものである。
これはオーガジャイアントも今までほど痛みを感じていないかもしれないな。
「フハハハハ! これは面白い。まるで木こりのようではないか」
高らかに笑うネージュが降下してきた。
「涼成、奴の拘束を解くのだ」
どうやらネージュはやる気になってくれたようである。
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