328 見ものだと思っていたら
氷の中から姿を現したオーガジャイアントは何故か微動だにしなかった。
「どうなっている? 眠っているとか麻痺しているとかではなさそうだが」
英花が困惑している。
死んでいないのだから真っ先に思いつくのはそんなところか。
だとすると気配が睡眠時や麻痺した場合のそれに該当しないことが矛盾してくるんだけど。
故に英花もオーガジャイアントの状態を見極められずに迷っている訳だ。
「あれ? もしかして死ぬ寸前とかだったー?」
真利の言うこともあながち当てずっぽうではないんだよな。
オーガジャイアントの気配は瀕死の状態に近いものだったからだ。
いや、死んでいると言ってもいいほど、ほぼ無であった。
あれでは大きなオブジェとなんら変わりはない。
このまま待っていればオーガジャイアントは死んでドロップアイテムと成り果ててしまうのだろうか。
だが、不思議とそうは思えなかった。
特に根拠はないのだけど。
あえて言うなら、ただの勘である。
「そうではない」
ヒョイと軽く飛んで来て俺たちの背後に回ったネージュが否定した。
「アレは仮死状態なのだ。奴が万全ならば、あの程度の氷など破壊しただろうからな」
道理で生きているように見えなかった訳だ。
あと、魔物って仮死状態にできるんだな。
異世界で勇者をやってる時でも、そんなケースには遭遇したことがないから驚きである。
むしろ気になるのは──
「それで、どうして俺たちの背後にいるんだ」
ということだ。
だから振り返ってネージュに問いかけた。
「決まっておる。涼成たちが戦っているところを見てみたくなった」
「「「はあっ!?」」」
俺たちが驚きの声を上げてもネージュはお構いなしで次の行動に移る。
指先に小さな氷塊を作り出したかと思うと、オーガジャイアントへ向けて射出したのだ。
それはオーガジャイアントの胸に命中し砕け散る。
大した威力じゃないと思うのは早計だ。
あの氷塊はオーガジャイアントへダメージを与えるために発射されたものではない。
ネージュの狙いはオーガジャイアントの仮死を解くことである。
その証拠にオーガジャイアントがビクンと体を震わせた。
バランスを崩して後ろへ倒れ込みそうになったが、たたらを踏んでどうにか堪える。
奴の足が地面を踏みつけるたびにズンズンと重い音がして明確な振動が伝わってきた。
たったそれだけで並みの魔物など比べものにならないパワーを感じる。
パワーがダンチなんだよって何処かのお姉さんに言われそうだ。
「なんだったら倒しても構わんぞ」
「そりゃ、ダメだろう。何のためのアリバイ工作だと思ってるんだ」
「面倒くさいのう」
まるでやる気の感じられない返事だと思っていたらネージュがフワリと宙に浮かび上がった。
「では、殺さん程度に戦うところを見せてくれ。そうすれば少しはやる気も出そうだ」
要するに俺たちを待っている間にテンションが下がってしまったんだな。
待ちかねたと言ったのは、冗談成分など皆無でマジだったと。
だから責任を取って戦う気にさせてみせろという訳か。
しかも殺さない程度にという縛りが入るから厄介だ。
ちょろちょろと塩っぱい攻撃を当てたってネージュがその気になるとは思えない。
かと言って、やり過ぎてしまうとオーガジャイアントがドロップアイテムになってしまう。
「無茶振りをしてくれるじゃないか」
愚痴も言いたくなろうというものである。
「そんなことより、よそ見をしていていいのか」
オーガジャイアントが手出しできない上空から見下ろすネージュが下を指差した。
一見、俺たちのことを指差したように見えなくもないが、あの口ぶりでそれはない。
怒気まじりの殺気を感じて振り返る。
その直後、オーガジャイアントは怒りを声に乗せるように大音量で咆哮した。
「大丈夫か?」
英花が聞いてきた。
というのも、今の咆哮には魔法的な効果があったからだ。
耐えられなければパニックを起こしたり畏怖してしまったことだろう。
「問題ない」
神様たちの加護には精神的な耐性は含まれていないけど特に気を張る必要もなかったくらいだ。
レベル50くらいでも普通に耐えられるんじゃないかな。
ただ、今の遠藤大尉たちでは動きが鈍くなるなど何らかの影響を受けると思う。
舐めていい存在ではないことだけは間違いない。
「来るよー!」
真利がオーガジャイアントの動きを察知して警告してきた。
力の限り吠えたオーガジャイアントは膝を沈み込ませ前傾姿勢になっている。
次の瞬間、奴は巨体に似合わぬ勢いで一気に距離を詰めてきた。
駆けてきたというよりは跳躍したと言った方が良いかもしれない。
たった1歩で攻撃の間合いに入ったからね。
おかげで足をついた瞬間に轟音付きで地面が揺れたほどだ。
振りかぶって拳を勢いよく振り下ろしてくる。
これも超のつく高速だ。
「散開!」
黙って食らうつもりはないので俺たちはそれぞれ別の方向へ飛び退って回避する。
直後にオーガジャイアントの拳が固い地面にめり込んだ。
その結果、爆発音がするんじゃないかというくらい派手に土やら石塊やらを吹き飛ばした。
当たると汚れそうなので結界で防いだが、バチバチと結構な威力がありそうな当たり方をしている。
「まるでショットガンだな」
「これ、中級免許持ちの冒険者でも厳しいんじゃないのー?」
「まともに当たればな。普通は防具や盾で防ぐだろう」
英花はそう言うが、そう簡単なものでもない。
防具には隙間があるし盾だって冒険者が使うものは全身を隠せるものではないからね。
同じ攻撃を続けられてしまうと俺たちのように魔法で防がない限り確実にダメージは受けるだろう。
そして、オーガジャイアントは頭に血が上っているようで執拗に同じ攻撃をしようとしてくる。
狙われたのは正面にいた俺だった。
貧乏くじを引いたかもしれない。
が、それならそれでこの状況を利用させてもらうまでだ。
「俺が囮になる。横から攻撃を入れてくれ」
「了解した」
「わかったよー」
という訳でオーガジャイアントの攻撃を一手に担うこととなった。
相変わらず上段からの振り下ろしパンチで攻撃してくるので普通に回避するのは楽勝である。
ただ、それだと英花と真利が精密な攻撃をするのが難しくなってしまう。
トドメを刺さないようにするにはオーガジャイアントに前進させないようにすべきだろう。
「さぁて、腕の見せどころだな」
オーガジャイアントが振りかぶったところで俺も気合いを入れて腰を据える。
レベル70の防御力を見せてやろうじゃないか。
振り下ろされる拳から逃げずに両手で受け止めた。
ズンと伝わってくる衝撃はかなりのもので、固いはずの地面を吹き飛ばすのも納得というもの。
このため本来であれば両脚が地面にめり込んでしまうところだが足の裏に結界を展開して防いでいる。
それと地属性の魔法で奴の軸足あたりの地面を一時的に少し柔らかくして踏ん張りがききにくいようにもした。
バカ正直にフルパワーの攻撃を受けたりはしないよ。
「今だ!」
俺の合図で2人が攻撃する。
英花はオーガジャイアントの蹴り足に拳大の爆炎球を撃ち込み、真利は振り下ろした腕の肘にコンパクトボウで鉄球を撃ち込む。
が、オーガジャイアントは膝まわりで爆発が起きようと肘に鉄球が当たろうと意にも介さなかった。
ホントにタフだね。
さて、どうしたものか。
読んでくれてありがとう。
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