324 タコも良きかな
ネージュができたてのタコ焼きを受け取り並んでいた列から外れたとたんに熱々のそれを口へと放り込む。
「うわぁ、ようそんな食べ方できるなぁ」
ほぼ目の前で見せられた大阪組の外堀がドン引きしている。
「ホンマやで。熱々すぎて口ん中えらいことになっとるんとちゃうか?」
隣でタコ焼きを焼いている菅谷も信じられないと言わんばかりに頬を引きつらせている。
「問題ない。熱は感じるがダメージを受けるほどのものではない」
ネージュは口をモグモグさせながら平然と言ってのけた。
「おいおい、見た目はお嬢ちゃんでも中身はドラゴンやいうこと忘れてへんか」
さらに隣でタコ焼きを焼いていた国中がツッコミを入れる。
ただ、その直後にネージュが次々とタコ焼きを口に入れて頬張る姿を見て言葉を失っていたけれど。
「うん、タコの食感も悪くない」
口の中がタコ焼きで一杯のはずなのに何故か普通にネージュの声が聞こえる。
念話じゃないんだよな。
「器用なことをするなぁ」
思わず感心して言葉が漏れ出てしまったさ。
「ん? 何がだ、涼成」
やはり口は閉じているのに声が聞こえる。
「そんな状態でよく喋ることができるなって言ってるんだよ」
「こんなのは児戯に等しい。簡単な風魔法だ」
声も空気の振動と考えれば風魔法で自らの声を再現することも可能なんだろう。
現にネージュがそれを実行して証明している。
「そうは言うけど、狙った声を作るのは消すのと違って調整が難しいと思うぞ」
声を消すのは空気の振動を止めればいいだけだから魔法でやればそう難しいことではない。
一方で特定の音声を再現するのは微妙な調整が必要になるはずだ。
何度も何度も繰り返して再現できるかどうかではないだろうか。
「それとて何度もやれば再現できる。大したことじゃない」
「大したことじゃないって……」
絶対に途方もない時間をかけたはずなんだが。
「暇つぶしに遊んでいるうちにできるようになったからな」
ボッチドラゴンが暇に飽かせてやった結果なのか。
それを想像したせいで、ちょっとホロリとさせられましたよ?
ネージュの方は意にも介さずタコ焼きを味わっているけれど。
「タコの方がイカよりも粘り気のある噛み応えがするな」
上機嫌で咀嚼しているのでタコも気に入ったのだろう。
「異世界じゃタコはいなかったのか?」
タコの存在を認識していたから、そんなことはないと思いつつ聞いてみた。
「いるにはいたが縄張りの外だった。美味いイカが食べられれば充分だったから、わざわざ獲りに行くようなことはしなかったぞ」
そうか、白銀竜たるネージュは寒い地域を縄張りにしていたんだろう。
イカは寒い地域にも生息しているけど、タコは寒いのが苦手と聞くから食べる機会がなかったとしても不思議ではない。
「イカばっかりでよく飽きなかったな」
いつの間にか俺の隣に来ていた三智子ちゃんがウンウンとうなずいている。
「何を言う」
心外だと言わんばかりの顔をするネージュ。
「イカは何度食べても美味い」
「そうなんだ。そこまで好物なものがあるのは幸せだな」
俺も好きな食べ物のひとつやふたつはあるけど、そこまでのものは無いなぁ。
ちょっとうらやましくはある。
ただ、ずっとボッチでいたであろうことを考えると耐えられない気がするので、かつてのネージュと同じ立場になりたいとは思えない。
俺がそんなことを考えているとは夢にも思っていないであろうネージュはドヤ顔で最後のタコ焼きを口に放り込んだ。
「こうしてタコ焼きを味わってみてタコもイカと甲乙つけがたく思えるのが、さらに幸せだ」
ネージュは本当に幸せそうな顔をして食べている。
「甲乙つけがたい……。どっちが美味しいの?」
何かが気になったであろう三智子ちゃんがネージュに問う。
「究極はイカと言いたいところだが、タコの噛み応えの中から出てくる味わい深さも至高の味なのだ」
ずいぶんと高い評価をしてくれるね。
ダンジョン産の食材は味が良いことで知られているけど、ここまで称賛するのはド真ん中で好みの味だったということなんだろう。
「そんなに好きならタコ飯も食べるといい」
三智子ちゃんがネージュにオススメするとは、ちょっと意外だった。
「あー、それはいいかもな。イカ飯と食べ比べるのもいいかもしれないぞ」
タコをぶつ切りにして米と一緒に炊き込んだタコ飯と、イカの中に米を詰めて炊き上げるイカ飯では味わいも大いに違ってくるだろう。
まあ、そもそもタコとイカで味が違うんだから当然の話なんだけどさ。
味だけじゃなくて見た目の対比でも楽しませてくれると思うのだ。
「ほう、それは楽しみだ。三智子も食べるだろう」
「うん」
なんか約束したことになってませんかね。
「そうなると明日という訳にはいかないぞ」
「む、そうなのか?」
「三智子ちゃんは入院中で外出の許可が必要だからな」
「入院? 病院とかいう所で療養生活することを言うのだったか」
「ああ、そうだ」
「三智子は病気をしているようには見えぬが、もしかして体が弱いのか?」
問われた三智子ちゃんは俺を見上げてきた。
「弱いの?」
自分ことのはずなんだけど、同年代の子たちとの積極的な関わりがない三智子ちゃんには客観的に判断する材料がないのだろう。
「どちらかというと弱い方かな。でも、いつまでも退院できないほど弱い訳じゃない」
「でも、ずっと入院してる」
うつむきながら三智子ちゃんは言った。
ずいぶんと悔しそうにしているな。
そういう感情が表に出てきているのは悪くないと思う。
今までは、すべて包み隠すようにして見せないようにしていたみたいだし。
「いま入院しているのは体に残ったダメージを癒やすためだから時間がかかっているだけだよ」
俺たちが提供したのは表面的な怪我を癒やすポーションだから虐待やイジメで受けたダメージは未だ体の芯に残っている状態だ。
時間をかけて療養することで癒えていくことだろう。
もしくは俺たちが地元に戻ってから、もう少し上位のポーションを使うという手もある。
残念ながら誰の目があるかわかったもんじゃないから病院では使えないんだよね。
怪我を治すポーションでも自衛軍の面々が驚いていたくらいだから思った以上に大きな騒ぎになりかねないと危惧しているからだ。
緊急性が高いなら迷わず使うけどね。
「それに本当に弱いなら外出許可なんて出ないよ」
三智子ちゃんが顔を上げて俺を見た。
「本当に?」
「ああ。三智子ちゃんを騙しても俺は損をするだけだ」
「どんな損?」
「三智子ちゃんの信頼を失う。下手すりゃ二度と口をきいてもらえなくなるかもな」
それを聞いて三智子ちゃんは納得がいったようだ。
「その程度ならば魔法でどうにかすれば良いではないか」
話に一段落ついたのを見計らってネージュが言ってきた。
「涼成たちならば、できるであろう?」
何故そうしないと問いかけてくる。
「緊急性のある状態じゃないから、じっくり治そうという方針なんだよ。パパッと治してしまうと世間で騒がれて、その後の生活が休まらなくなってしまう恐れがある」
三智子ちゃんの前だから伏せているが、こちらの学校に通わせたくないというのも理由のひとつだ。
イジメに加担した小学生たちは強制的に学区外へ退去させられたけど、同じ場所に戻ると嫌な記憶を呼び覚ますことになるだろうし。
「人間とは面倒な生き物なのだな」
ネージュの言う通りかもしれないな。
読んでくれてありがとう。
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