323 油断した
三智子ちゃんが自ら名乗ったことで、他の面子も紹介しない訳にはいかなくなった。
今の状態でもビビりが入っているのに面と向かった状態で話をするなど軽く言葉を交わすだけでも大きな負担になりそうだ。
沢井女史など三智子ちゃんが自己紹介したところで卒倒しそうになってたもんな。
このままじゃヤバいってことで皆にバフ系の魔法を掛けた。
使ったのはインスパイア、対象の精神面に作用し心を奮い立たせる効果がある。
魔法で鼓舞したと言い換えてもいいかな。
あんまり強くかけると過ぎたるは及ばざるがごとしの言葉があるように増長したり暴走したりしかねないので加減が難しい魔法だ。
それなら弱めでかければいいと思うかもしれないが、弱すぎると効果もガタ落ちしてしまうのが厄介なところである。
とりあえず大阪組とウィンドシーカーズは弱めで充分だ。
この9人にはサクッとインスパイアの魔法をかけてしまう。
「おおっ、なんや? 急に重苦しい感じが取れたで。どないなっとんねん」
「ホンマや。肩こりが取れたみたいな感じするわ」
「爺くさいこと言うてるなぁ。老け込むには10年はやいがな」
「短っ。ワイらの歳、倍にしても前期高齢者にすらならへんちゅうねん」
「精神年齢の話してるんやろ。中身が子供て言われるよりええんとちゃうか」
「どっちも嫌やわ」
相変わらず大阪組は賑やかだ。
それでいて会話に隙がないというか何というか。
ちょっとしたことで、すかさずツッコミが入るあたり俺たちには真似ができそうにない。
「私は息苦しさが楽になったんだけど、ミチルはどう?」
「うーん、プレッシャーが薄くなった感じ? 息苦しくはなくなったよ」
野川の問いかけに橘が己の感覚を答える。
「祐子は?」
「何かに守られてる気がする。息苦しさがなくなったというより体全体が軽くなった」
芝浦にも問いかけるが、感覚の違いがその感想に表れている。
これはウィンドシーカーズの3人で差が出た訳ではなく、効果が弱いが故に実感しづらいからだと思う。
大阪組も含めて程良くインスパイアが成功したと言えるだろう。
三智子ちゃんには必要なさそうなので残るは沢井女史と野木医師である。
この2人は調整が難しい。
弱すぎると先の9人のような楽になる感覚がまるで味わえないからだ。
例えば、たき火にスポイトで水をかけても消すことはできない感じに近いだろうか。
そんな状態になってしまっては魔力の無駄遣いである。
ピンポイントとまでは言わないが2人に対して絶妙にインスパイアの効果を出すのはホイホイと気軽にできるものではない。
ちゃんと集中して失敗しないよう様子を見ながら徐々に威力を上げていく。
ここぞ、というところで魔力を注ぎ込むのをやめた。
2人とも途中から落ち着きなく視線をさまよわせていたけど、魔法が少しずつ効き目を発揮していた証拠だ。
この様子だと一気に魔法をかけていたら精神的な重圧から解放されたとしても混乱して騒ぎ出していたかもしれないな。
つくづく面倒くさい魔法だ。
「涼成は面白い魔法を使うな」
そんなことを言ってくるネージュには丸々お見通しってことか。
それでも俺が魔法をかけ終わるまで待ってくれたのだからありがたい。
「そうか? ネージュの存在感を重く感じている面子にバフを掛けただけだ」
「ふむ、これは何か考えねばならぬか」
「どういうことさ」
「おや、青雲から聞いておらぬか」
「何を?」
「行き来するのは面倒だから、しばらく涼成のところで世話になるという話だ」
「はあっ!? 聞いてないぞ」
さも決定事項のように言っているが初耳もいいところだ。
「昨日、我々が話し合って決まった話だ」
そう言ったのは横からぬっと現れた青雲入道である。
「おいおい、そういうのは昨日のうちに教えてくれよな」
「決まったのはお前たちが帰った後だ」
「そうですかい……」
「忘れていたのは認める。スマンな」
ずいぶんとあっさり言ってくれるものだ。
だが、丁度いい。
2大巨頭がそろっている間に紹介しておこう。
手間がかかるのは面倒だからね。
で、俺が間に入る形で皆を紹介していった。
ここで修行をした面子は問題なくクリア。
三智子ちゃんも青雲入道を見て驚くことはなかった。
「その節は三智子ちゃんがお世話になりました」
青雲入道を紹介したところで沢井女史は礼を言った。
「構わぬ」
素っ気なく返事をしているが青雲入道も悪い気はしていないようだ。
「ドラゴンは大きいと聞いていたけど人間サイズに変身できるんだね。不思議なものだ」
野木医師はネージュの人化に興味津々である。
何にせよ平穏に紹介は終わった。
先に紹介した大阪組は早々にタコ焼きを焼き始めていたので、焼き上がるところまで来ている。
やはり俺よりもずっと手際がいい。
「助っ人を呼んで正解だったな」
「一時はどうなることかと思ったがな」
英花は苦み成分多めで苦笑いしている。
「いずれ通る道だったんだからしょうがないよー」
真利の言う通りだ。
もしも、これから身内が増えるのであればと思うと胃が痛くなりそうだけどね。
そう思っていた時期が俺にもありました。
ようやくタコ焼きが食べられるという思いが油断を生んだのだろう。
次の瞬間──
「なにいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」
驚愕する羽目になってしまった。
「おい、涼成。ずいぶんと失礼じゃないか」
そう言ったのは九尾の狐である。
「来るって聞いてなかったからだよ」
「青の字に呼ばれたのさ」
毎度のごとくという訳か。
「その割に猿田彦命が来てないぞ」
「ああ、箱根の連中を迎えに行ったんだよ」
意味がわからないんですがね?
「青龍様たちも自力で来られるだろ」
「ああ。迎えに行ったのは名目だ。新作のゲームを借りに行くのが本当の目的」
そういうことか。
「先に宴を始めておいてくれと言われたよ」
「ゲームで一勝負してから来るつもりなんだな」
「一勝負ですむかねえ。勝たないと借りることができないみたいだぞ」
呆れた様子で嘆息する九尾だが、気持ちはわかる。
これは絶対に一勝負ですまないパターンだ。
「そんなことで今日中に来られるのか?」
「さあな。付き合いきれないから先に──」
途中まで言いかけたところで何故か九尾が黙り込んでしまった。
「どうした?」
「子供にガン見されてるんだが」
「んん?」
振り返ると、そこに三智子ちゃんがいた。
「狐さん、喋ってる。可愛い」
喋るから可愛い?
子供の感性というのは独特で理解しづらいものがあるな。
少なくとも九尾の外見はシャープで格好いい感じだと思うのだが。
モフモフ感が少なめだもんな。
それとも、チョイ悪オヤジのイメージが先入観としてあるせいで可愛いとは思えなくなっているのだろうか。
わからん。
「俺のことが可愛いだって? 変わったお嬢ちゃんだな」
「わたし矢倉三智子。狐さんは?」
「お、おう。俺は九尾だ」
それが本名なんだな。
通り名以外の真名があると思ってたんだけど逆に意表を突かれてしまった。
「まあ、別に狐さんでも構わんぞ」
意外とそのかわいらしい呼ばれ方が気に入ったのかもしれないな。
ツンデレかよ。
読んでくれてありがとう。
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