322 助っ人が来たと思ったら……
「遅くなった。すまない」
3回目の焼きに入ったところで英花が戻ってきた。
後ろには大阪組がいるのだけど、それだけではない。
ウィンドシーカーズの3人に三智子ちゃんとその実質的な保護者となった沢井女史、それから三智子ちゃんの担当医である野木も同行していた。
「おいおい、ずいぶん大勢の助っ人を頼んだもんだな」
「そう言わないでくれ。この面子で三智子ちゃんが食事会に行くところだったそうなんだ」
野木医師に目を向けるとうなずきが返された。
「面白そうなことをしていると聞いて外泊許可に切り替えてきた」
「おいおい、ここに宿泊施設はないぞ」
「そこは何とかするよ。許可された時間をオーバーして病院に帰る方が問題だからね」
だから外泊許可にして何時になっても大丈夫なようにしたってことか。
「よくもまあ、これだけの人数を連れてこられたもんだ。どうやって目撃されないようにしたんだ?」
「そこは魔王様が幻影魔法で誤魔化してくれたんですわ」
自信満々でそう答えたのは大阪組の高山だけど、英花が処理したことでドヤ顔するのはどうなんだ?
それよりも、これだけの人数で幻影魔法を使って誤魔化す方を問題視すべきか。
数人なら誤魔化すのも難しくはないが、人が増えれば目立つから何処かでボロが出てもおかしくないんだよね。
それこそ集団幽霊騒動とかになっていてもおかしくない。
明日、騒ぎになっていないことを願うばかりである。
「いやはや、スゴいものだね。我々の姿を見えなくしたり本物そっくりの幻を出したり。挙げ句の果てには瞬間移動ときたもんだ」
「あー、どっちも内緒でお願いしますよ」
「もちろんだとも。もっとも言ったところでホラ吹き呼ばわりされそうだがね」
そう言って苦笑する野木医師だ。
「ところでタコ焼きの方は大丈夫なのかい」
「おっと、いけない」
野木医師に指摘されてタコ焼きの方に意識を戻す。
危うく焦がすところだったよ。
会話は一時中断してタコ焼きをひっくり返していく。
「勇者様もやるなぁ」
「大阪でタコパした時より手際良うなってるやん」
「ホンマや。タコ焼きピックの使い方スムーズになったなぁ」
「これはワイらもうかうかしてられへんで」
「おっ、そこで盛っていくか。ええ見極めしてるやん」
「ええ火加減で仕上げたなぁ」
実にやりにくい。
本場の人間にプチ解説されるとは思わなかったよ。
おまけに三智子ちゃんには、かぶりつき状態でガン見されるし。
ネージュと違って火傷をする恐れがあるので結界魔法を使ったけどね。
「ん? 涼成、結界を張ったのか」
速攻でネージュにバレてるし。
「普通の人間は簡単に火傷とかするからな」
「おー、そうだったな」
失念していたようでネージュは妙に感心していた。
「だが、心配はいらぬ。この白銀竜ネージュがこの娘の安全を保証してやろう」
身バレするようなことを平気で口にしてるし。
まあ、隠れ里に転移してきた時点で今さらか。
天狗や烏天狗たちがいるからね。
現状では人の姿をしているネージュより彼らの方が驚愕に値する見た目をしている訳だし。
そのあたりのことを知らなかったであろう三智子ちゃんと沢井女史と野木医師も騒ぎ立てるほど驚いてはいない。
事前に英花から説明を受けていたのだと思われる。
戻ってくるのに時間がかかったのは、それも一因ではなかろうか。
「白銀竜ネージュさん?」
三智子ちゃんが小首をかしげた。
これは白銀竜が名字だとか思ってそうだな。
「変わった名字だね、お嬢さん」
野木医師もか。
ちょっと信じられないような名字は思った以上に多いみたいだし。
小鳥が遊ぶという漢字で普通には絶対に読めない名字とか。
読めるけどスゴく珍しい名字もまれに出会うことがある。
そういう経験から野木医師が疑問を抱かなかったのも不思議ではないのかもしれないが誤解であるのは言うまでもない。
「人間、我に名字などない」
「え?」
何を言われたのかわからないという呆気にとられたような困惑したような複雑な顔をする野木医師。
「この世界における我が名はネージュ。他に余分なものは何もない」
「余分って……」
ますます困惑顔になっていく野木医師だ。
「もしかして異世界の人ですか」
どうにか考えをまとめたようで推測を口にする。
「異世界から来たのは正しい認識だが人ではないな。この姿は人間に似せて魔法で化けたものだ」
「人じゃ、ない?」
野木医師は耳にした事実を受け止め切れず呆気にとられてしまっている。
「言っただろう。白銀竜だと」
「なっ!?」
ネージュの返答を受けて何故か俺の方を見る野木医師だが、その顔は動揺に彩られていた。
本人がハッキリと断言しているというのに念押しで事実確認でもしたいのかね。
「隠しても意味がないから言うけど事実だよ、先生。それとネージュは世間では氷帝竜として知られているが本人はその呼び方が好きじゃないってさ」
「ひょ、ひょうて──」
途中まで言いかけたところで刺すようなネージュの視線に固まってしまう野木医師。
北海道を実質支配している相手に動揺を隠せずにいたところへ威嚇の目で見られては射すくめられてしまうのも無理はない。
ダンジョン攻略を本気でやっている大阪組やウィンドシーカーズならビビりはしても彫像のようになってしまうことはないと思う程度の睨みだったけどね。
ネージュも気を遣ってくれているのだ。
ただ、本業が医師の野木には酷な仕打ちになってしまったのは否めない。
「そのくらいにしてやってくれないか、ネージュ。俺が説明のために言ったのはスルーしてくれただろ」
「ふむ、わかった」
ネージュが普段の無表情に戻る。
どうにか恐怖心の呪縛から抜け出した野木医師がへたり込んでしまった。
無理もないか。殺気は抑えられても目力がこもると視線に存在感が乗ってしまうみたいだからね。
「ネージュと名前で呼べば肝を冷やすようなことにはならないよ」
腰を抜かしたまま野木医師はぎこちなくうなずくので精一杯だった。
そして、彼と似たような状態の人物がもう1名いる。
先程からずっと黙ったままの沢井女史だ。
この状態でネージュに紹介すると失神しかねないので放置しておくことにした。
そこまで酷くないけど大阪組やウィンドシーカーズも顔色が悪い。
一方で予想だにしていなかった大物がいた。
三智子ちゃんだ。
ネージュと向き合ってぺこりと頭を下げる。
「矢倉三智子です」
「ネージュだ。この名はとても気に入っている。我が友、涼成がつけてくれたからな」
英花が連れ帰ってきた面々が一斉に俺を見た。
三智子ちゃんは軽い驚きとなんだかスゴいものを見たって目を向けてきてる。
それに対して他の面子が向けてきた視線は畏怖の念を抱いているかのような信じられないという念がこもったものだった。
ネージュに対してだけでなく俺も恐れられてる?
そういうのは魔王と呼ばれる英花や同じく魔神と呼ばれる真利の担当のはずなんだけどな。
「すまない、涼成。こんなことなら大阪組は連れてこない方が良かったな」
「別に謝る必要はないと思うぞ。いずれはネージュのことも紹介しなきゃならなかったんだし」
頻繁に行き来があれば、顔を合わせる機会も必ず出てくるだろうからね。
それが早まっただけのことである。
その分、何の準備もできてなかったのが悔いの残るところかな。
読んでくれてありがとう。
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