318 6層探索4日目・決着
大剣がクラーケンの眉間へと突き刺さる。
『これで終わりだ!』
だが、クラーケンの肉は焼け焦げることはない。
トライデントに流す魔力の質を高熱のそれから変更していたからだ。
長い足に対処する時は熱が有効だと考えた。
万が一、切り落としてしまったとしても再生までに時間がかかるからね。
で、本体にダメージを与えるために高熱から変更させた魔力の属性は氷だ。
奴が盾がわりにした水球を凍らせたのも氷属性の魔法である。
アレを凍らせたことでクラーケンの弱点を思い出した。
ズバリ、寒さに弱い。
魔物だから耐性はあるはずだけど、さすがに絶対零度近くまで冷やされれば耐えられるものではない。
クラーケンの眼球が凍り付いていく。
一般的に頭だと思われている胴体部分にも凍結は波及していった。
内臓が凍ってしまえば生命維持ができなくなる。
クラーケンが逆転する道はない。
それがわかっているから水球で防御していたのかもしれないな。
しかしながらドロップアイテムになるまでは油断できない。
足はまだ動くからな。
驚いたことに意思や目があるかのようにクラーケンの足が動いている。
それこそ真利や英花を目の敵にしているとばかりに執拗な攻撃を繰り返していた。
これがあるから魔物は質が悪い。
『2人とも距離を取るんだ。後は時間の問題だよ』
『やったのか?』
英花が距離を取りながら聞いてくる。
『英花ちゃん、それフラグだよー』
同じく距離を取りながらツッコミを入れる真利だ。
確かに胴体を凍らせたところで死んだと思い込み凍結させるのをやめたりしていれば、クラーケンが復活して反撃してくることもあり得たかもしれないな。
『そうはさせないさ』
クラーケンが足の先まで凍り付いても冷却はやめない。
こういうデカブツは生命力もハンパないから復活させないためにもドロップアイテムになるまでは手を緩めるつもりはない。
ただ、英花と真利が距離を取ったことで変化があった。
無事なままの5本の足が、その矛先を俺の方へと向けたのだ。
『ええい、面倒なことをするんじゃない!』
気付いた英花が真っ先に反応した。
高速移動モードでこちらに向かってくる。
『わっ、私もっ!』
慌てた様子であたふたしかけた真利もそれに追随した。
『大丈夫だ』
突き刺さんと迫り来る足の先端。
だが、俺のところにまで届かせるには足りなかった。
『足の半分以上がすでに凍っているからな』
ましてや先端に行くほど細くなる足はそれだけ凍りやすくなる訳で。
ついには足の先端までもが凍てつく氷の中に埋もれていった。
『ゲームオーバーだ』
さほど時間を置かずにクラーケンは大量のドロップアイテムと化した。
『うわっ、いっぱいだよー』
タコ肉はデカいのがひとつなのかと思ったらスーパーの鮮魚コーナーで並んでいそうなサイズのものが数えるのも億劫になるほどたくさんだった。
調理する都合を考えると実にありがたいけどね。
『こっちは何だ? 生々しいが肉っぽくはないな』
落下していかないように念動で止めつつ英花が首をかしげている。
『それは墨袋だろう』
『言われてみれば……、それっぽいな』
墨袋も肉と同じようにいくつもドロップした。
一瞬、クラーケンは無数のタコの集合体なのかと思ってしまったさ。
そんな訳はないのだけど。
『これ、いるか?』
困惑の表情で俺の方を見てくる英花。
『回収で』
『大丈夫か? 麻痺毒入りの墨なんだろう?』
『そんなのは魔法で解毒すればいいだけのことだよ。それよりも素材として使えるから捨てるのはもったいない』
『涼ちゃん、お爺ちゃんみたいなこと言ってるよー』
『誰がジジイか』
『そうじゃなくて、うちのお爺ちゃんだよー』
さして変わらないと思うのだが。
まあ、いい。
残るは……
『でかい魔石だなぁ』
20メートル超級ともなれば魔石のサイズもバスケットボールすら超えてくるようだ。
『市場には出せないねー』
『それ以前の問題だ。これの存在を公表したら入手先の追及が待ってるぞ』
『うへー、迂闊に口を滑らせられないねー』
辟易した表情を見せる真利。
変なのも寄ってくるだろうしな。
是非とも売ってくれとか。
自分にこそ相応しい逸品だから譲渡すべきだとか。
災いの元凶となりかねないから破壊しなければならないとか。
百歩譲って売ってくれは理解できる。
が、何の貢献もしていないにも関わらず譲れなどと図々しいことを言われる筋合いはない。
それと災いの元凶って根拠はあるのかと問いたくなる。
呪われてもいないものを思い込みでそんな風に決めつける神経が理解不能だ。
まあ、そういう輩が来るかもという仮定の話である。
いもしない相手のことで憂いにとらわれても仕方がない。
『とにかく報告義務はないんだから、ここで見聞きしたことは語らないことだな』
『皆にもー?』
身内にも言えないのかと真利が聞いてきた。
『ああ。酒の席とかで、うっかり口を滑らさないとも限らないだろう?』
『知らなければ、喋りようがないということだ』
その口ぶりからすると英花はこちらに賛成のようだ。
『そっかー』
真利も納得したようだ。
『でもタコの肉はどうするのー? 私たちだけじゃ食べきれないよー』
『ドロップアイテムのサイズは普通の魔物と変わらないんだから何も言わずに振る舞うなりお裾分けするなりすればいいさ』
『なるほどー』
『問題はいずれ身内の誰かが6層に挑むであろうことだな。クラーケンのことを黙っていると犠牲者が出かねない』
『そこは禁止するしかないだろう。幸い無鉄砲な奴はいないし危険度が段違いだと言っておけば大丈夫だろう』
『何が出るか私たちにもわかんないもんねー』
『まったくだ。電気クラゲのトラップから大量の魔物に囲まれたり超弩級の中ボスが出たりだもんな』
『それなんだが……』
英花がなにやら言いにくそうに切り出そうとしている。
『トラップ? 中ボス? どっちー』
『中ボスの方だ。出てくるのが遅かっただろう』
言われてみれば、そうだったな。
『思うんだが、あれは昨日の影響だったのかもしれない』
『どういうことー? 意味わかんないよー』
真利は早々にギブアップしている。
『クラーケンが浮上してきたあたり、昨日はネージュがいただろう』
『そうだな。水温がやたら下がってたからウエットスーツがノーマルのままだったら大変な目にあっていたと思う』
『そこだよ』
『何処だよ?』
『水温が下がったことだ。冷たい水はどうなる?』
『下に行くだろうな』
と答えてハッと気付かされた。
『凍り付くような冷水が底の方へ行ってクラーケンは身動きが取れなくなっていたのかもしれない』
『浮上が遅かったのもそういうことか』
『それだけじゃないぞ、涼成。浮上してきてからのクラーケンの動きも精彩を欠いていたと思わないか?』
『言われてみればそんな気がするなぁ』
だとすると一番の功労者は……
『ネージュのおかげってことか』
下手をすればもっと苦戦していた恐れがあることを思えば間違いなくそうだろう。
『そういうことになるな』
ネージュ様々だ。
また美味いイカ料理で持て成すとしよう。
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