317 6層探索4日目・中ボスはしぶとい?
大剣が軽く突き刺さっただけでクラーケンの足が焦げていく。
ギイイイイイイイイイイィィィィィィィィィィィィィィィッ!
絶叫にも思える凄まじい咆哮が耳に届いてきた。
海中にいるにもかかわらず、いや、ここが海中だからこそと言うべきか。
本来であれば味わうことのなかった熱のダメージを受けた結果だ。
大剣に注ぎ込んだ魔力は何もない無属性のものから火属性へと変質させて熱を持たせた。
溶接するかのように溶かしながら焼き付けてしまうことで交差した足を引き抜けないようにするという寸法である。
焼けば、ただ切断するよりも再生は遅れるはずという目論見の元にやってみた。
試したかったこととは少しばかり違うけどね。
当初は再生の妨げになるよう焼きながら切り裂いてやろうというのが狙いだったのだけど。
もちろん切り落とすのはなしだ。
再生が遅れるにしても、いずれは復活する。
その時触手は倍加するのだからクラーケンが死に至るまで切断し続けたなら、何処まで足が増えるのか想像もつかない。
伊達にデカブツではないのだ。
クラーケンのタフさを計算に入れずにいたら対処しきれぬほど足が増えてしまうことになりかねない。
シャレにならないっての。
そういう意味では、焼きながら切り裂くだけよりもひとつ上の結果が得られたのは僥倖に恵まれたと言えるだろう。
足を増やすどころか減らすことに成功したようなものだからね。
焼き付けてしまえば、吸盤で吸い付いた状態よりも離れにくいはずだ。
『もう一丁っ!』
1本目は速やかに終わらせた。
2本目も同様にササッと片付けるつもりだ。
『おっと、いかん!』
クラーケンは2本目の足を力尽くで引き抜こうとしている。
『そんなことさせると思ってるのか!? おめでたい頭してるじゃないか!』
2本目も熱した大剣で焼いていく。
ギイイイイイイイイイイィィィィィィィィィィィィィィィッ!
再びの咆哮。
さぞかし激痛なんだろう。
こっちの知ったことではないけどね。
いや、これはキレるか?
我を忘れてバーサーカー状態で暴れられるのは面倒だ。
タフだしパワーもあるからね。
『やるじゃないか、涼成。面白い手を思いついたものだ』
足の攻撃をかいくぐりながら英花が念話で話しかけてきた。
『いや、ヘマをしたかもしれん』
『んん? どういうことだ?」
『激痛でキレかけてる』
『ああー、そういうことか。言われてみれば足の攻撃が無茶苦茶になった気がする』
俺の攻撃担当だった足は動けなくなったが、その反動が英花や真利の方へ行ったということか。
見れば英花や真利への攻撃は荒れ狂う嵐のようになっていた。
『やっちまったか。スマン、2人とも』
『謝るくらいなら、本体を叩け。今ならお前はフリーだ、涼成』
そうでした。
いつまでも焼き付けた3本の足がそのままってことはないだろう。
ならば本体に攻撃できるようになった今が絶好のチャンスだ。
『わかった。すまんが、そっちは任せる』
高速移動モードで一気に本体へと距離を詰める。
クラーケンの足の付け根にある両眼が驚愕に見開かれた気がした。
『高速移動はさっきも見せただろ。そんなに驚くことかよっ』
柄に魔力を流し大剣モードのままトライデントを一気に伸ばす。
両眼の間に突き入れる格好になるはずだったのだが……
『ちっ、やるな』
クラーケンは墨ブレスを吹き付けてきた。
アレを食らうと時間がかかるとは言え麻痺してしまう恐れがある。
仕方なく伸長させたトライデントの柄を戻して回避した。
『涼ちゃーん、何してるのー!? そのまま突っ込めば良かったでしょーっ』
キレ気味に真利が念話を飛ばしてきた。
相打ち覚悟で短期決戦をしろってのか?
いつになく無茶振りをしてくれるものだ。
『アタシたち龍神様の加護を受けて毒は効かなくなったでしょー』
『あ、そうだった』
実戦で加護の効果を実感する機会が全然なかったからうっかりしてたよ。
『では、気を取り直して──』
再び突撃体制を取ると同時に魔力の高まりを感知した。
『くそっ、魔法を使う個体だったか』
すべてのクラーケンがそうではないのだが、まれに魔法を使う奴がいる。
『そういう当たりくじは引きたくないんだがなっ』
クラーケンの眼前で水が球状にうねりを見せる。
水球の魔法か。
まあ、水中じゃ使える魔法は限られてくるし相手は海魔とも呼ばれる魔物だ。
使ってくるとすれば水属性の魔法ということになるのは推測するまでもないことだろう。
『面倒な魔法を使ってくるじゃないか』
放たれた水球をかわすこと事態はさほど難しいことじゃない。
水中じゃどうしても抵抗が強くて同じ水の魔法とは言え進みづらくなるからね。
ただ、そのぶん副次的な効果が発生する。
あれだけうねっていれば水球が通り過ぎた後は確実に乱流が発生するはずだ。
言うまでもなく、こちらから近寄るのが難しくなる。
それは白兵戦が挑みづらくなるのを狙ってのことだろう。
そう思っていたのだけど。
『んん?』
一向に水球を放とうとする気配がない。
ずっと自身の眼前に保持したままだ。
どういうつもりだ?
試しにクラーケンの側面に回り込んでみると俺の動きに合わせて水球が横に動く。
上下に動いても水球は同じように動いた。
これではじかに攻撃できない。
『そういうことかよっ』
奴は水球を攻撃ではなく防御のために作り出したのだ。
水球のうねりに抗って大剣を突き入れようとも弾かれるのが目に見えている。
仮に運良く攻撃が通ったとしても威力が減衰してまともにダメージが入るとは思えない。
再生持ちのクラーケン相手ではノーダメージに等しいと言わざるを得ない。
素早く上下左右に動いてみたが水球の盾は俺に攻撃させる隙を与えてくれなかった。
フェイントを交えてみるも結果は同じ。
やたらと反応がいい。
足を3本動かせない状態にしたことで意識のリソースに余裕ができたからだろうか。
一方を封じただけで突破口になるほど甘いものではないようだ。
ままならないものである。
あの水球を封じても次の手を繰り出してくる恐れは充分にある。
ならばクラーケンに余裕を与えず奴の考える次の手の先を行くまで。
まずは水球の盾が追随できぬようにと高速で奴の周囲を回る。
途中で軌道をずらしてみたり急減速と急加速でフェイントを入れることも忘れない。
単純作業でなくしてしまえば、そう簡単に俺の目論見が看破されることもないだろう。
『涼ちゃーん、急いでー。止めていたクラーケンの足が動き始めてるよー』
再生してきてるのか。
これは失敗が許されないな。
『ならば次の手だ』
奴に向けて突進する。
水球がピタリと止まって真正面に来た。
『それで防げると思うなよ』
高速移動している間に練り続けた魔力で無数の氷弾をいっせいに叩き込んだ。
すると水球はみるみる凍り始め、あっという間に氷の塊と化す。
『食らえっ!』
俺は突進の勢いを殺さず氷塊に飛び蹴りを放った。
氷塊は粉々に砕け散り散弾と化してクラーケンの本体に襲いかかる。
念動の魔法で誘導したので全弾命中だ。
これで終わりではない。
俺は本命の攻撃である大剣の突きをクラーケンの両眼の間に叩き込んだ。
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