316 6層探索4日目・中ボスは用心深い?
真利は一気にテンションを下げてしまったが、それでも敵は待ってくれない。
『そろそろ来る頃合いだな』
20メートル超級だけあって足も長い。
気配が間合いから少し距離があるからと油断すれば痛い目を見ることになる。
『足が来るぞ。切らないように注意しつつ攻撃だ』
水中戦装備として開発したトライデントを大剣モードにして構える。
幅広の刃を形成した大剣は払い切りするには向いているが、それだとクラーケンの足を切り落としてしまいかねない。
そのためトライデントに流す魔力を制御する。
先端は尖るようにしつつ他の部分は切れ味が落ちるよう、なまくらをイメージして魔力を流した。
これでクラーケンの脚を引っかけるようなことがあっても安心だ。
刃がなければ、そう簡単に切断などはできないだろうからね。
だからといって安全優先で攻撃力を下げているかというと、そう単純な話でもない。
切れなくなったからといってダメージが減る訳ではないのだ。
攻撃の質が変わって打撃になるからね。
切れなくなったぶん思い切り振り回せるというものである。
『来たっ!』
『散開!』
英花の合図で俺たちは互いの距離を取った。
8本足に包囲されるよりは分散させて各々で対処した方が回避しやすいからだ。
1人あたり3本、運が良ければ2本の足と戦うことになる。
が、それでいい。
吸盤付きの足を相手にするなら足を止めるのは悪手だからね。
3人でまとめて8本を相手にするとなれば機動力を生かすことができないのだ。
互いの位置関係に常に気を配りながらだと回避するだけでも一苦労だし。
充分に距離を取ったところで8本足の先端が間合いに入ってきた。
にもかかわらず本体がぼやけて見えない。
『あの野郎……』
『どうしたのー?』
伸びてきた足をかわしながら真利が聞いてきた。
『クラーケンの奴、墨で体を覆ってやがる』
向こうの意図はこれでハッキリした。
足を伸ばして中距離戦を挑もうというのだ。
近寄ってきても毒のある墨で覆われているため近接戦闘は困難を極める。
自分の毒で麻痺することはないからこそ使える戦法だ。
何故だか「戦いをまともにやろうとするから、こういう目にあうのだよ」とか言われた気がした。
『やたらと慎重だな。大型の魔物には珍しいことだ』
英花が絡みつこうとする足を大剣の腹で叩きながら訝しんでいる。
『タコは知能が高いそうだぞ』
それが魔物であるクラーケンにも当てはまるのかは謎だが、現状から察するにバカではなさそうだ。
そして、敵を侮るということもない。
『それは面倒なことだな』
『まったくだ』
互いに触手のような足の攻撃を回避しながら話をする。
まだ余裕がある証拠だ。
けれども向こうだって本気じゃない。
その証拠にギアをひとつあげてきやがった。
今までよりもスピードを増した状態で足の先端が前後から迫ってくる。
捕まえるより刺突で倒そうという腹づもりか。
先端は鋼のように固いから槍のかわりとしては充分以上の働きをするだろう。
威力は馬上槍以上だと思う。
ただ、生憎と手数が足りないんだよ。
先日のブレードフィッシュとミサイルスクイッドの包囲網をくぐった時の方がよほど難しいというもの。
しかも本命が下からの攻撃なのは見え見えだ。
だから下の死角から迫る足に向かって突撃する。
と見せかけて大剣の腹を盾がわりにして本命の攻撃を受け流す。
『おっ、なかなかのパワーだな』
その上で囮だった2本の足を待ち構えるが、追撃が来ない。
交差した状態でギチギチに絡み合っていたからだ。
突き刺した上にひねり潰そうとしていたのか。
念入りなことだ。
結果は残念なことになっているけれど。
『あー、もうっ! 足の先って固いのにどうして吸盤のあたりは柔らかいのよー!』
クラーケンの足を危うく切り落としそうになっている真利がキレ気味だ。
皮1枚で残った足がどうにか千切れずに再生を始めた。
かすり傷程度の時と違って攻撃が止まっているな。
これを利用すればクラーケンの攻撃を封じることができるかもしれない。
失敗するとかなりリスキーだとは思うけどね。
『刃を丸くするんだ、真利。切れなければどうと言うことはない』
英花がアドバイスしてくれたのは助かった。
こういうのは場数をどれだけ踏んできたかで対処に差が出てくる。
そういう意味では真利はまだまだだ。
俺も事前にアドバイスを忘れていたから偉そうなことは言えないんだけど。
『てえーい!』
次に襲いかかってきた足に大剣を叩き込む真利。
今度は切れずにめり込んだ。
それを待っていたとでも言うかのように大剣に足が巻き付く。
『残念でしたー。それを待ってたんだよー』
大剣モードから槍モードへと切り替えて締め付けから抜け出すトライデント。
魔力で形成した大剣だからこそできる芸当である。
再び大剣モードにして切っ先を突き入れる真利。
深々と突き刺さったところを見るに先端は刃を残しているみたいだ。
教えなくてもそれができるあたりセンスがあるな。
これで足を2本封じたかと思ったけど、切り落としかけた方はすでに復帰している。
そんなに甘い話は転がっていないな。
けれどもヒントはもらった。
少し試してみたいこともできたし、俺に向かってくる足には付き合ってもらおうかね。
大剣に流し込む魔力を変質させる。
見た目で警戒されても嫌なので偽装もしておく。
一度使ってしまえばバレること間違いなしなんだけどね。
吸盤のせいで絡み合ったまま引き剥がせずにいた足もようやく解けたようだ。
力尽くでやったのか吸盤がいくつか引き千切られている。
あの吸盤に捕まったらシャレにならないな。
『おっと、来るか』
それまで1本で俺を牽制していた足だけど、3本が自由になったところで同時に襲いかかってきた。
下手な策で裏目に出るくらいなら脳筋スタイルで戦おうということか。
もう一度、さっきと同じ手で来てくれたら面白かったんだけどな。
そうそう目論見通りにはいかないものだ。
だが、気落ちしている暇はない。
俺担当の足が立体的な軌道で高速の突きを繰り出してきた。
かと思えば、ムチのようにしなる叩きつけもしてくる。
先程よりも油断ならないコンビネーションだ。
特に叩きつけは周りの海水を巻き込んで乱流を生み出し引き込む力が発生する。
そこに巻き込もうという腹づもりか。
が、そうはいかない。
こういうこともあろうかと考えて用意した水中戦装備だ。
高速移動モードに切り替え水流の影響をこちらで制御し高速で離脱する。
安全圏に移動して戦闘モードへと戻す。
『なるほど。身動きが取れないところに切っ先を突き込むつもりだったか』
その勢いをつけすぎたせいで叩きつけに使った足に残り2本の先端が深々と突き刺さっている。
どちらも完全に突き抜けて向こう側にまで吸盤が出てしまっている。
あれでは吸盤が返しのようになって簡単には抜けないだろう。
こちら側でも吸盤が吸い付いた状態だから先程のように力尽くで引き抜くしかない。
少なくとも戦闘中はそれしか手がないはずである。
これはチャンスだ。
再び高速移動で急接近し突き刺さった個所に狙いを定める。
藻掻いているので狙い通りに当てるのも簡単ではない。
けれども、この攻撃は当たるだけで充分だ。
クラーケンの足のように貫通させる必要はないのであれば行ける!
俺は狙い澄まして突きを入れた。
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