312 6層探索3日目・反省をうながす
ハグハグとお好み焼きを次から次へと食べるネージュ。
ミニサイズだと1枚を食べきるのもあっという間だ。
けれども通常サイズに戻すことはできないらしい。
「この大きさに合わせて具材を切っていますからね。これを普通の大きさで焼くと味の方まで微妙に影響してくるんです」
烏天狗の話によると味まで変わってしまうそうだけど、そんなものだろうかと思ってしまう。
確かにキャベツはすごく細い千切りになっていた。
イカ玉のイカも小さくカットされている。
そうなると火加減なども変わってくるのは当然のこと。
なるほど。そういうことなら味も変わってしまうかもね。
という訳で、お好み焼きは小さいままで数を焼いてもらっている。
出来上がるとネージュは片っ端から食べていく。
「もうちょっと落ち着いて食べろよな。そんなんじゃお好み焼きの味も感じ取りづらいだろう」
「平気。イカ焼きも美味しかったが、このお好み焼きというものも美味しい」
この言葉に屋台の主である烏天狗が喜んでいた。
そして、他の屋台の主であった烏天狗たちが服の袖を加え千切れるんじゃないかと思うほど引っ張って嫉妬している。
と思ったら、各々の屋台へ向けて駆け出していった。
自分のところのメニューでイカを使って対抗しようとでもいうのだろうか。
イカの唐揚げはあるね。
これは有りだとして他はどうなんだろう。
ラーメンは疑問だ。
探せばあるのかもしれないが、少なくとも俺は見たことも聞いたこともない。
もっとグルメ趣味があれば知っていて当然だったりするのかもしれないけどね。
それだけに、どういう感じでイカを使ってくるのかは興味がある。
麺とイカの食感の差を考えると難易度が高いと思うんだけど。
おでんにイカは普通にあるか。
今回、俺たちが食べた際にはイカが入っていなかったけど。
つまりはこれからイカを入れて煮込むことになるんじゃなかろうか。
火を通すだけならともかく、おでんとして味を染み込ませるのは短時間のうちにできるものではないと思う。
どう解決するのか見物だ。
「涼成よ」
ようやく戻ってきた青雲入道に話しかけられた。
どうやら巨大化した際に踏み潰してしまった木々や草花の再生処理をしていたようだ。
俺は屋台の外に出て青雲入道と向かい合う。
「もうちょっと周りに気を配ってくれよな。肝が冷えた」
「すまぬ。久方ぶりに興に入ってしまった」
「でなきゃ、ネージュに対抗してデカくはならんだろう」
その前に自制してほしかった。
ネージュが一方的に興奮した場合に何事もなく無事に終わったのかは予想がつかないが。
それでも青雲入道が止める側に回れば、どうにかできたと思う。
少なくとも両者が周囲のことを気にせず暴れるよりは被害も少なく済んだはず。
「ハッハッハ、あれはスゴかっただろう」
豪快に笑ってドヤ顔をする青雲入道。
それってどう見ても反省してないよな。
「反省しろっての。あのままやり合ってたら俺たち無事じゃすまなかったぞ」
「うっ、すまぬ」
しおしおと小さくなる青雲入道だ。
「それで、ここにネージュ用の転移ポイントを設定したいんだが」
「構わぬよ。東京の街中に転移されては敵わんからな」
「だよな。俺もそれを考えたんだよ。俺たちの地元じゃともかく、こっちじゃ他に良い場所も見つからなくてさ」
「なるほどのう。あとは日枝神社くらいか」
それは俺も考えたんだけどね。
俺たちが頼めば猿田彦命は転移ポイントを設定させてくれるとは思う。
ただ、別の問題があるんだよなぁ。
「あそこは神境の外に出るとき目立つから難しいと思う」
「それは言えておる。ここなら外界に出て誰かに見られても道から外れれば怪異の類いと勝手に誤解してくれる場所だからな」
高尾山は山と言うだけあって鬱蒼と茂る木々がずっと続くからね。
日枝神社にはないものだ。
「普通に考えれば神聖な場所なんだからあり得ないと思うんだけどね」
「人は森に本能的な恐れを抱くからのう」
見通しが悪く暗い場所だからだろうか。
俺たちはそれを利用させてもらう側なのでありがたいと思うんだけど。
なんにせよ、本能じゃ仕方ないので感謝して使わせてもらおう。
「涼成も遠慮せずに利用するが良い」
「それはありがたいね」
転移してから外に出るということはないと思うけど。
特に地元に帰ってからは、そうなるだろう。
東京にいないはずの俺たちが知り合いに目撃でもされたら大事だ。
故に青雲入道たちへのお裾分けや相談事がある場合に転移ポイントを利用することになるだろう。
「それにしても」
「ん? どうした?」
「屋台の方が騒がしくなっておるようだぞ。何事か?」
気がつけば俺たちが話し込んでいる間に盛り上がっていた。
「烏天狗たちが自分たちの自慢の逸品をネージュに振る舞っているんだろうさ」
「ほう、そうなのか?」
「ネージュはイカが好物でね。ここではイカのお好み焼きを食べさせたんだが、それが気に入ったのを見て触発されたらしい」
「おう、涼成たちからもらったイカだな」
「ああ」
「アレは旨かった。干して火であぶって日本酒で一杯きゅーっといくとたまらんのだ」
本当に酒好きだよな。
だから顔が赤いという訳ではないと思うが。
「青雲入道も料理でイカを食べてみればいいのに」
「そうか?」
「あんまり酒ばかり飲んでばかりいると高尾山に来る人たちから天狗は飲兵衛だと思われかねないぞ」
自分でも何を根拠に言っているのかわかっていないけど、それっぽく言ってみた。
でないと提供したイカがすべて酒のつまみとして消費されてしまいかねない。
「ふうむ。そういうこともあるかもしれんのう」
俺の適当なでっち上げに青雲入道は困り顔を見せる。
信じられてしまったことに俺が困惑しているよ。
「たまには変わった食べ方をするのも乙というものか」
まあ、狙った方向に誘導できたので良しとしよう。
単に向こうが乗ってくれただけかもしれないけれど。
時には勢いというか強引さも必要ということだな。
で、青雲入道がお好み焼きの屋台に入っていった。
待つことしばし。
「いかん。これはいかん!」
良くない評価を受けてしまったみたいだ。
イカはやはり酒のつまみでなければならないということなのか。
ちょっと予想外でショックだったけど、こういうこともあるかと思っていたら……
「こんばんは」
不意に登場したのは猿田彦命である。
いきなり俺の背後に転移してくるものだから、すごく焦ったよ。
これが某凄腕スナイパーならば「俺の後ろに立つな」とか言って殴りかかっていたんだろうけど、俺には体を反転させながらの横っ飛びで体勢を立て直すのが精一杯だった。
「おや、驚かせてしまったね」
「脅かさないでくださいよぉ」
「ハハハ、ゴメンゴメン」
「涼成は意外にビビりだな」
笑いながら謝る猿田彦命の隣で楽しげにクックと喉を鳴らす九尾の狐。
すごく恥ずかしいが不可抗力だ。
それを主張しようとしたところで、さらに転移してくる気配を感知した。
今し方のように気が抜けた状態ではなかったので気付けたのは幸いである。
でないと連続で過敏な反応をしてしまうところだったよ。
読んでくれてありがとう。
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