311 6層探索3日目・いつの間に!?
「さぁて、次の屋台は何だろうな」
もう満腹状態ではあるのだけど、モノによっては入らなくもない。
有り体に言えばデザート系だ。
「涼ちゃーん、もうお腹いっぱいで食べられないよー」
苦しそうにお腹をさする真利。
「そうだな」
英花もそれに同意する。
「いくら少量ずつだったとはいえ、チリツモだ」
チリツモって……
塵も積もれば山となるを略すか?
エビチリのモツバージョンみたいに聞こえてしまったじゃないか。
「もしかしたらデザートかもしれないだろ」
「それがどうしたと言うのだ?」
英花には俺が言いたかったことは伝わらなかったようだ。
「英花ちゃん、涼ちゃんは甘いものは別腹だって言いたいんだよ、きっと」
その通りだ。さすがは我が幼馴染みである。
ちなみに別腹のメカニズムは科学的に証明されているそうだ。
脳が満腹と主張していても、好物や食べたいものが目の前に出てくると胃袋がすでに食べたものを動かしたり押し縮めたりして無理に空きスペースを作るのだとか。
「そうだったとしても限度を超えて食べ続けるなど体に悪いぞ」
それを言われてしまうと反論の余地もない。
いくら胃に空きスペースを作ろうと、それ以前の問題だ。
「仕方ない。次の機会に持ち越すか」
あるいは包んでもらって持ち帰るという手もあるにはある。
烏天狗たちも喜んで用意してくれるだろう。
ただ、そこまでしてすぐに食べたい訳ではないんだよな。
そうするくらいなら次までのお楽しみにしておく方がいい。
その方がワクワクできるし、それも味付けになるからね。
ならば今宵はここまで。
そう言いたいところだったのだけど……
急に何の前触れもなくグラグラと地面が揺れた。
「おおっ、地震だ」
「馬鹿なっ!? ここは隠れ里だぞ。外界の事象など影響するはずがなかろう」
英花の言うとおりだ。
夜になれば暗くなったりはするが、それも時間経過をわかりやすくするためにそうしているだけである。
あと青雲入道によれば天候は外界とリンクさせているようだ。
その方が修行になるからだってさ。
そんな訳で修行に結びつけにくい地震はリンクの対象外。
故に隠れ里の中で地面が揺れるなどあるはずが……
再び地面がグラグラと揺れた。
つい先ほどの揺れと変わらぬ規模だ。
前触れがなかったのも同じ。
「涼ちゃん、あれあれっ!」
急かすように手招きをしつつ俺たちの背後を指差す真利。
「何だ?」
「何があるというのだ、真利よ」
俺と英花が同時に振り返る。
そして数秒ほど固まってしまった。
視線の先にあり得ない光景があったからだ。
「何やってんだよお──────────っ!?」
思わず絶叫してしまいましたよ?
視線の先にいるのは本来であればネージュと青雲入道のはずだった。
が、いま結界の向こう側には巨大な白銀のドラゴンとそれに匹敵する巨人が対峙している。
ドラゴンの方はネージュの本来の姿であるのは言うまでもない。
対する巨人の方も顔を見れば青雲入道だとわかった。
デカすぎるけどね。
まるで某特撮番組に出てくる光る巨人だ。
正確なサイズとかは知らないが、ドラゴンと向き合っているとそんな風に思えてしまう。
あそこまで巨大化して修験者の服まで大きくなっているのは違和感があったけどね。
ただ、人間の常識が通用しない超常の存在だから、そういうものなんだろうと思うしかない。
服もきっと魔法的な素材でできているんじゃなかろうか。
だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
あのサイズで殴り合うことになったら俺たちの結界どころか隠れ里がどうなるか保証はできない。
止めるなら睨み合いの状態になっている今だけだ。
俺は音声結界を解除した。
「そのサイズでやり合ったら隠れ里だって無事じゃすまないぞおっ─────っ!!」
ビクリと青雲入道が反応した。
それを隙と見て取ったのであろうドラゴン形態のネージュが尻尾を振るう。
大振りの一撃だが青雲入道に避けるという選択肢はない。
地面を踏みしめ肘をたたんで体を丸めて受けの体勢を取った。
「止まれえっ、ネージュ───ッ! イカが食べたくないのかっ─────っ!!」
隠れ里に俺の叫びが木霊する。
それ以外の音はなかった。
ドラゴンの尻尾が打ち据えたはずの轟音は幻となったのだ。
すんでの所で尻尾が止まり、ゆったりした動きで振るわれた軌道をなぞるように戻っていく。
「間に合ったぁ……」
へたり込みそうになるのを何とか踏ん張る。
尻尾の先が結界をかすめていたために結界の表面にはヒビが入っていた。
次、同じ一撃が入ったら結界は完全に消滅するだろう。
「かすめただけでアレとかシャレになんないって」
冷や汗ものどころの話ではない。
命拾いしたのは間違いないと言える。
「生きた心地がしないねー」
真利は苦笑しているが、その笑みは引きつっていた。
「あの2人がもう少し手前で巨大化していたら我々も無事では済まなかったな」
英花も無表情ながら顔色が悪い。
無理もないことだ。
尻尾の一撃をもらっていたらと思えば誰であろうと肝を冷やすだろう。
現に烏天狗たちも金縛りにあったように身じろぎひとつできずにいるからね。
俺や英花が喋ることができるのは修羅場をくぐってきた経験のおかげだろう。
そういう意味では真利は大物だ。
修羅場の経験は俺たちと再会してから数えるほどしかない。
それでも俺や英花と遜色なく動けるし笑みを浮かべる余裕すらある。
今後の成長に期待が持てるというものだ。
とはいえ、悠長にしていられる状況ではないか。
ネージュも青雲入道も止まったとはいえ未だに巨大なままだ。
何を切っ掛けにバトル再開となるかわかったもんじゃない。
「おーい、拳の語らいはもう充分に堪能しただろおーっ! いつまでその大きさでいるつもりなんだーっ!」
向かい合って止まっていた2人が同時に俺の方を見た。
どうやら聞く耳は残しているな。
ヒートアップしてたのが再燃して……、なんてことにならなくて幸いである。
「ネージューッ、いい加減に人化しろよなぁっ! でないと今日の分のイカはお預けにするぞぉっ!」
俺がそう叫ぶと白銀の竜の姿が一瞬で消える。
そして、次の瞬間にはヒビ割れた結界をぶち破って俺の目の前まで飛んで来ていた。
結界を破ったことよりも眼前に現れたことに驚かされたさ。
「おわっ!」
現れた瞬間はまともに反応できずワンテンポ遅れて声が出ていた。
「涼成、お預けは殺生なのだ」
涙目で訴えてくるネージュ。
「じゃあ、反省しないとな」
「ううっ、どう反省すればいいのだ」
「大方、興に入ったんだろうけど──」
コクコクとうなずくネージュ。
「すごく楽しかった」
「それは悪くないんだが、そういう時こそ冷静に周囲のことを見ないとダメだ。被害を出してからじゃ遅いなんてこともあるからな」
ネージュは首をかしげている。
ボッチドラゴンだったから被害を出すということが、どういうことなのか理解できなかったりするのだろう。
俺は事細かに説明した。
「──という訳で人と敵対することになればイカ料理も食べられなくなる」
最後にそう締めくくった。
これが一番ネージュには応えるだろうからね。
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