310 6層探索3日目・屋台飯をハシゴする
おでんはすぐに食べ終わった。
小鉢に軽く盛った程度なので当然と言えば当然なのだが。
小さめ少なめで用意されているのは屋台をハシゴすることを考慮してのことのようだ。
そんな訳で隣の屋台へと移る。
こちらはお好み焼きのようだ。
ソースが鉄板で焼ける香ばしい匂いがする。
先客が食べたときの名残ってことか。
「へい、らっしゃい! 何にします?」
威勢よく出迎えてくれた烏天狗。
屋台ってこんな感じだっけ? と思ったけど、ここで水を差すより後で指摘した方が気分良く食事ができるだろう。
「俺は豚玉」
今回はメニューの一番上にあるオーソドックスなものを頼んでみた。
「広島風で頼む」
そんなものまでメニューにあるのか!?
関西風オンリーだと思っていたので英花が頼まなければ気付かなかったよ。
「私はイカ玉でお願いしますー」
真利は豚玉に並ぶ定番を頼んでいる。
ちなみに材料のひとつであるイカは俺たちがお裾分けしたミサイルスクイッドからドロップしたものだ。
「あいよ!」
返事をした烏天狗が準備をして作っていくが、こちらでも小さくなるようだ。
子供がおままごとで使う玩具のサイズかよってツッコミを入れてしまいそうになったよ。
皆が色々と食べられるようにという配慮の結果なので、そんなマネはしないが。
「小さいお好み焼きってパンケーキみたいだねー」
サイズ的に連想したらしい真利がそんなことを言った。
「そうだろうか? 似ているのはサイズ感だけだぞ」
すかさず指摘する英花は容赦がないな。
「ううっ、そうなんだけど、それじゃあ身も蓋もないよー」
「それはプレーンの話だろう? 具入りのパンケーキもあるぞ」
俺は助け船を出してみた。
「そうなのか? それは初耳だ」
「日本じゃホットケーキのイメージが定着してるせいかプレーンで甘いのがパンケーキだと思い込んでいる人が多いんだよな」
「涼成はよく知っているな」
「一人暮らしをしていた時に色々とね。自炊する機会が多いのにレシピが少ないとすぐに飽きるんだよ」
「ふむ、それで色々と調べたのだな」
「そういうこと」
そこから色々なパンケーキについて話すこと数分。
「へい、お待ち!」
頼んだお好み焼きができたので話を中断して箸を入れる。
口に入れると熱々でしばらくはハフハフするしかできなかった。
「うん、旨い!」
おでんの時も思ったけど店で出されても違和感のない味だ。
烏天狗たちが職人級の腕前を持ってるよね。
これは長い年月において技術を磨いてきたからこそなんだろう。
人間は老いによって衰えやすいけど精霊や妖精などはそういうのとは縁遠い存在だし。
実際、ミケや紬の実年齢なんて俺なんかよりずっと上のはずだ。
当然のことながら青雲入道や烏天狗たちも同様である。
「広島風は久々に食べたが、いいものだ」
「イカ玉も負けてないよー。ミサイルスクイッドのお裾分けは正解だったねー」
ネージュが食べたがりそうだ。
まあ、こんな会話をしても飛んでこないところから察するに興に入って拳の語らいが長引いているのだろう。
わざわざ背後を見るまでもないくらい激しい拳の応酬が目に浮かぶようである。
お好み焼きもすぐに食べ終わった。
続いては……
「へえ、ラーメンか」
「いえ、中華そばです」
屋台の主である烏天狗がすかさず否定した。
妙なこだわりがあるのだな。
前に気になって調べたことがあるけど、実は明確な違いはないということだった。
ただ、こういうのは否定すると変にこじれてしまうから店主の主義に付き合うとしよう。
「中華そばということは、醤油味ってことでいいのかな」
「そうです。うちはチャーシュー麺だけですが、いいですか」
潔いというか何というか、よほど自信があるんだな。
「いいよ。2人ともいいよな?」
「もちろんだ」
「うん。楽しみだねー」
という訳で席についてチャーシュー麺ができるのを待つ。
店主が小さめのご飯茶碗を人数分用意する。
ここでも少なめなんだな。
この調子ならあと1軒は行ける。頑張れば2軒目も回れるかもしれない。
「隣は唐揚げのようだぞ」
俺と同じことを考えていたのか英花が屋台ののれんから顔を出して隣の様子をうかがっている。
「英花ちゃん、お行儀が悪いよー」
「おっと、そうだな。スマン」
真利に注意された英花は素直に首を引っ込めた。
こうしている間もテキパキと店主の烏天狗が動いてラーメンが仕上がっていく。
ただ、麺をゆでている間にチャーシューを切っているのには驚かされた。
鮮度とかに関係あるのかね? そこまでこだわる程じゃないと思うんだけど。
いや、もしかすると麺をゆでる時間を計るためかもしれない。
ここにはストップウォッチはおろか砂時計すらないからね。
もし、そうだとするなら考えたものだ。
烏天狗の腕前なら一定の時間でチャーシューを切ることができるだろうし。
実際のところがどうなのかは、あえて聞かなかった。
そういうこだわりを不躾にほじくり返すような真似はすべきじゃないと思ったからね。
それよりもラーメンを味わって食べることの方が重要だ。
「お待たせしました」
出された茶碗サイズのチャーシュー麺をさっそく食す。
これも文句なしに旨い。
量の少なさと相まって食べきるのはあっという間だった。
次の屋台は英花の言ったとおり唐揚げだった。
ここも小さめサイズなんだけど、唐揚げで小さめって揚げるの難しくないか?
しかも見ていると二度揚げするみたいだし。
中身はジューシーで外はカリッとさせるつもりなんだろうけど上手くいくのかと不安になる。
でも、そんな心配は杞憂にすぎなかったと数分後に知ることとなった。
「あちちちちちちっ」
ポイッと口の中に小さな唐揚げを放り込んだ真利が熱さにあたふたしている。
「冷まさずに食べるからだ。慌てすぎだぞ、真利」
「ホフンホフ、フホッフー」
口の中で冷ましながら喋っても何を言ってるのかサッパリわからない。
「まるでわからんぞ。そんなこと言ったってとでも言ったつもりか?」
英花が苦笑しながら問うと冷ますのを継続しながら真利はどうにかうなずいた。
そしてどうにか口の中の唐揚げを咀嚼してゴックン。
真利は熱さにしかめっ面になっていたところから一転して幸せそうな顔になった。
「ウマー」
「ほう、そんなに旨いか。どれ?」
英花も唐揚げを摘まんで口元に持っていくが、そのまま放り込むことはせずフーフーと冷ましてから唇で熱さを確かめてから歯を立てた。
「ふむふむ。これはなかなか」
どうやら想像しうる中で最高の味だったようだ。
俺も一口サイズの唐揚げにかじりつく。
カリカリから柔らかくジューシーな肉の感触に変化する歯応えが絶妙と言う他ない。
もちろん、味の方も絶品だ。
表層の香ばしいタレの味と中の軟らかな肉からあふれ出る肉汁のコントラストは噛めば噛むほど味わい深さを増していく。
もしも、この状態で指をくわえて見ているしかできなかったら、どれほどの絶望感を味わうことになるのやら。
ここの屋台で飯テロの洗礼を受けるなんて恐ろしくて想像したくもないね。
とにかく旨いとしか言えないのだ。
もちろん、おでんもお好み焼きもラー……中華そばもね。
ネージュたちもさっさと切り上げて食べに来ればいいのに。
俺もそんな呑気なことを考えていた時がありましたよ?
読んでくれてありがとう。
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