31 レベルを上げてる場合じゃなかった
いくら勇者と同じパーティにいて経験値稼ぎが有利にできるといえどパワーレベリングが1日で終わる訳がない。
初日は昼前にレベル3になったところで早々に切り上げた。
魔道具化させて力が必要ないコンパウンドボウ改を使ってもスタミナ不足で息切れしたせいだ。
引きこもりの体力のなさは伊達ではない。
とりあえず爺ちゃんの家で昼食をとって様子を見ることにした。
レベルアップしたから回復力も多少は上がっているとは思うものの、昼から再開するのは微妙な状態だ。
強引に進めても翌日に疲労から熱を出して寝込んでしまうなんてこともあり得る話だし。
「こんなに大変だったとは~……」
異世界料理を特に抵抗なく食べつつもぐったりした様子で愚痴る真利。
先が思いやられるとばかりに遠い目をしながら、もそもそと咀嚼している。
「食欲があるなら大丈夫だ」
「ありがとう」
英花の励ましにも礼は言うが感情は乗り切っていない。
「とはいえ運動不足はどうにかしないとパワーレベリングの効率も悪くなるぞ」
「すみませーん」
俺の指摘に背中を丸めながら首をすくめて小さくなる真利。
それを見て英花が苦笑する。
「体力不足は想定外だったな」
「そこは俺が気付くべきだったんだよ」
真利が高校入学して間もない頃に引きこもったのは知っていたからな。
俺は中学卒業を機に実家へ戻らされたこともあって、なかなか手助けしてやれなかったし。
長期の休みに様子を見に来るくらいじゃ引きこもりの原因をどうにかできるもんじゃない。
ただ、真利は人間関係で強く出られなかっただけなので勉強自体は独学で進めていた。
俺が異世界召喚される前には通信制の大学に進学すると言っていたし、聞けばちゃんと大学を卒業しているとのこと。
地頭の良さで妬まれはしたけど、それが本人を助けもしたというところか。
ちなみに妬みから真利にからんだ連中は当時は存命中だった真利の爺さんの逆鱗に触れたとだけ言っておこう。
昔からの地主を敵に回しちゃいかんよなぁ。
「やっぱり運動しないとダメかなぁ」
「影収納を諦めるなら運動しなくても──」
「絶対やり遂げるからっ」
俺が最後まで言いきる前に言葉を被せてくる真利である。
一度決めたら簡単には曲げないから今回もやり遂げそうだな。
「それなら体力作りが先になるから時間がかかるぞ」
そうしないとレベルアップしたときのステータス向上が残念な感じになるからだ。
「大丈夫!」
真利はフンスと鼻息も荒く返事をしたかと思うと食べ進めていた料理をかき込んでいく。
「ほうほひはっははごんぼぁはひほ」
「やる気があるのは結構なことだが、なに言ってるかわかんねえよ」
「行儀が悪い」
俺と英花からダブルで指摘されてションボリと肩を落とす真利。
反省はしているようだけど咀嚼し続けているので、いまいち真剣味が感じられないんだけどな。
食べきってから聞いたところ頑張ると言いたかったようだ。
リスのように頬袋を膨らませたのは少しでも早く食べ終わって、すぐにでもトレーニングを始めたいという意気込みの表れだったみたい。
「残念だが今日はもうトレーニングもレベリングもしないぞ」
「なんでー!?」
突然の中止を告げられて納得がいかないのだろう。
やる気にあふれた勢いのまま真利が何故なのかと聞いてくる。
「焦って無理をしても怪我をするのがオチだ。目的達成が遅れるだけだぞ」
「うっ」
「それに焦りから回復しきらない状態で復帰すれば怪我を繰り返して故障がクセになってしまうぞ」
「うぅっ」
「休むのもトレーニングのうちだと思っておけ」
「わかったー……」
すっかり意気消沈した真利である。
このままだと疲労から回復してもトレーニング時にテンションが戻って来ない恐れがある。
それは集中力の低下を招きかねず、怪我の元となりかねない。
真利のモチベーションを保たせる何かが必要だ。
「魔法の練習をしてみるか」
「いいの?」
「MPが少ないだろうからすぐに終わるだろうけど今からやって損はない」
「わかった。やる!」
途端にやる気を見せ始めるあたり現金なものである。
「とりあえず食べ終わってからな」
俺や英花はまだ食事の途中だし、緊急事態でもないのに食後のお茶をなしにはしたくない。
そんな訳で慌てず騒がず昼食を取り終えた。
「ねえ、涼ちゃん」
お茶を飲んでいる最中だというのに真利が呼びかけてくる。
「お茶くらいゆっくり飲ませてくれよ」
「そうじゃないよ。聞きたいことがあるんだけど」
「聞きたいこと?」
「あのメイドさんは何? 人形みたいだけど人みたいに動いてたし」
部屋の片隅に待機している1号を見ながら問いかけてきた。
俺たちを出迎えたり食事の配膳なんかで動いていたから疑問に思うのも無理はないか。
今頃になって聞いてくるのかとは思ったがタイミングを逃しただけかもしれんしなぁ。
「あー、そういや色々と説明し忘れてたなぁ」
ダンジョンコアを掌握したその後とか、ケットシーを召喚して契約したこととか。
そのあたりは真利の家で現在に至るまでの説明をした際に省略してしまった。
「それについて話しておかないといけないなぁ」
「あとミケのこともな」
英花がフォローしてくれた。
ミケが半透明な状態で今か今かと待ちわびているような素振りを見せているせいだろう。
ちなみに霊体化したミケの姿を見ることができるのは契約をしている俺と英花だけだ。
「ミケ? 猫を飼ってるの?」
「ちょっと違うな」
英花が苦笑している。
「見た目は猫だがケットシーだし、飼っているのではなく契約している」
「契約なんて飼うのと変わらないですニャ」
痺れを切らしたミケが姿を現して喋り始めた。
「猫が喋った!?」
「チチチ」
驚愕する真利に対してミケは舌を鳴らすような音を立てながら指を立てて前足を振る。
「猫じゃなくてケットシーなんですニャン」
「妖精ってこと?」
「左様でございますニャー」
言いながら優雅にお辞儀をしてみせたミケ。
「そうなんだぁ」
驚いていた割にすぐ受け入れるあたりは順応性が高いよな。
「あと、あのメイドは英花の習作のゴーレムで俺が動作するように仕上げた」
「そんなことまでできちゃうんだねー」
真利はしみじみと感心している。
よくよく考えれば真利がゴーレムを見ても平然としているのに驚きだ。
普通は心底驚きそうなものだが。
まあ、真利らしいと言えばそうなのか。
人がかかわると生来の人見知りが発動してしまうのに他のことだとあまり動じない。
まさかゴーレムを見ても動揺しないとは思わなかったけど。
「あっ、そうだ」
不意に真利が何かを思いついたように声を上げた。
「だったら等身大のフィギュアとかも、このゴーレムみたいに動かせるかな」
「そいつはちょっと難しいな」
「どうして?」
「この1号はダンジョンコアを核にしているから色々できるけど普通のゴーレムはもっと融通の利かないものなんだ」
「そうなの?」
「判断力が段違いなんだよ」
普通は忖度とかできないからなぁ。
「喋らせれば1号のすごさがもっとわかるんだけどな」
「どうして喋らせないの?」
「声のサンプリングをしてないからな」
「音声データが必要なんだね。だったら任せて!」
やけに自信たっぷりの真利がそう言いながらサムズアップした。
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