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309 6層探索3日目・強者の挨拶

「我がこの高尾山の隠れ里の主、青雲入道だ」


「ここより北に位置する島を統べる白銀竜、ネージュ」


 へえ、種族的には白銀竜というのか。

 異世界の文献じゃ竜種は細分化されてなかったからなぁ。

 ともかく、自己紹介の後は睨み合いが続いている。

 これがアニメだったら視線同士がぶつかって激しく火花が散っているところだ。


 念のために言っておくと両者ともに殺気は放っていない。

 互いの力量を量ろうとしているのはわかる。

 視線で火花が散るどころか、見えない拳で殴り合っているかのようだ。

 これで本気じゃないんだからなぁ。


 とはいえ、だからこそ安心して見ていられるのだけど。

 同様に烏天狗たちも落ち着いたものだ。

 両者の睨み合いを無視して屋台を出してきている者までいる始末。

 まあ、屋台とはいえども単に注文を受けた分を用意して渡すだけだから金銭の支払いなどはない形だけのものなんだけど。

 それでも雰囲気が好きらしくてロールプレイまでしているほどだ。

 こうして見ると烏天狗たちって意外に俗っぽいよな。


 などと、しみじみした様子で屋台でのやり取りに見入っていたのだけど……


「やはり口先での挨拶など何の意味もなさぬな」


「面白い。ならば拳で語り合おうぞ」


 気付けばネージュの挑発じみた言葉に青雲入道が応じていた。

 大きく跳躍して俺たちから距離を取る両名。


「おいおい、ここでやる気かよ」


 当人たちからしてみれば挨拶代わりの語らいのつもりなんだろうけど。

 他人からすればケンカ以外のなにものでもない。

 それも人知を超えた存在同士のケンカだ。

 外でやれば街のひとつやふたつは軽く壊滅するのは容易に想像がつく。

 厳重な結界に守られている隠れ里の中といえども滅茶苦茶なことになってもおかしくあるまい。


「大丈夫でしょう。何百年か前にも芦ノ湖の龍たちとやり合ったことがありますから」


 そばにいた烏天狗がそう言ってくれなかったら割って入ろうか悩むところだった。

 まあ、そんな真似をすればただではすまない恐れがあったのだけど。

 レベル70程度ではドラゴンブレスを完全に防げる装備など次元収納の中にはないからね。


 異世界で使っていた武具もいくつか出てきてはいるんだけど、帯に短したすきに長しなんだよなぁ。

 普段の探索で使うには過剰な性能のものばかりでありながらドラゴンに対応するには大いに物足りない。

 そんな感じだ。


 ここはひとつ烏天狗の言ったことを信じて青雲入道に任せるしかあるまい。

 始まってしまったら俺たちじゃ絶対に止められないという自信がある。


「始まったぞ!」


 英花が叫んだ。

 と同時に最初のぶつかり合いだ。

 タックルの体勢で互いの肩がぶつかり合う。


 直後、雷鳴かと思うような轟音が周囲に鳴り響いた。

 そこから少しして衝撃波が飛んで来る。

 まともに受ければ相応に踏ん張らねばならなかっただろう。

 結界魔法で防いだけどさ。


「ありがとうございます。我々だけだと吹き飛ばされても飛べるので気が利きませんでした。」


 先程の烏天狗が礼を言ってくる。


「気にしなくていいさ。自分のためにやったことだから。それと屋台がダメになっていたと思うぞ」


「おや、これはこれは」


 烏天狗が振り返って屋台の方を見た。

 もちろん無事である。


「いやはや、うっかりしていました。申し訳ありません。助かりました」


「いいって、いいって。芦ノ湖の時に助けたもらったし、お互い様ってことで」


「そう言ってもらえると助かります」


 ペコペコと頭を下げる烏天狗だった。


 一方、ネージュと青雲入道の拳での語らいという名のケンカは佳境に入っていた。

 空中で浮いたまま拳と拳をぶつけ合う。

 その度にゴンゴンと固いものを叩いたような音がした。

 結界で防御していなければビリビリと空気を震わせるような振動が伝わってきていたことだろう。


 これで高速で飛び回っていたならば某バトル系アニメのようなシーンが再現されていたかもしれない。

 爆発的なオーラに体が包まれるなんてことになったら、そっくりそのままだ。

 ただ、2人はそういう本格的な戦闘をするつもりはないみたい。

 一応は俺たちのことを考えてくれているのだろう。

 拳で語り合うと言った言葉は、そういう意味だったんだな。

 でなきゃ氷やら雷が飛び交う本格的なバトルになっていたと思う。


「雷みたいだねー」


 真利がそんな感想を漏らした。


「音はまさしくそうだな。どんどん激しくなっていくようだぞ」


 英花の言ったとおり殴り合う回転が速くなっていく。

 最初はゴンゴンという音だったのが、今はゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴという音に変わってしまっている。

 あまりの連撃ぶりに周囲の空気まで巻き込んで嵐のようになってきた。

 じきに台風並みの暴風となり隠れ里の木々が大きく揺さぶられている。

 俺たちは結界で守られているから平気だけど、外に一般人がいたなら踏ん張っても耐えられまい。


「いつまでやるつもりなんだよ」


「頭領の気が済むまででしょうね」


 呆れて発した誰に聞かせるでもない独り言に烏天狗が返事をしてくれた。

 できれば聞きたくない言葉ではあったかな。

 現状は乗りに乗ってるようにしか見えないからね。

 青雲入道は豪快にガハハと笑いながら拳を繰り出して実に楽しそうだ。


「ネージュも楽しそうだよー」


 青雲入道のように豪快な笑い声こそ発していないもののネージュも不敵な笑みで応戦している。

 これは簡単には終わってくれなさそうだ。


「涼成さん、あっちは簡単には終わらないと思いますから屋台で1杯どうですか」


 烏天狗が屋台の方を指差しながら誘ってきた。

 いつの間にか屋台の数が増えており他の烏天狗たちは宴会を始めていた。


「いいのか? 自分たちの大将が戦っているのにくつろいだりして」


「客人がいるときなら何も言われませんよ。むしろ、頭領も気兼ねなく戦えるというものです」


「そういうものかねえ」


 思わず首をひねってしまったが、烏天狗の言うことに偽りがあるとも思えない。

 俺たちなどより青雲入道のことを理解しているはずだからね。


「それじゃあ御言葉に甘えようか」


「いいのかなー」


 真利は不安そうにチラチラと拳の語らいをする2人の方を見ている。

 メインで見ているのは屋台の方なのでネージュや青雲入道の心配をしているという訳ではあるまい。

 単にあの2人をほったらかしにして食事をするのかという感情で後ろめたくなっているだけだ。


「バカ正直に待っていては、いつ終わるかわからんぞ」


 英花は気にした様子もなく真利の不安をバッサリと切り捨てている。


「場合によっては切り上げて帰ることも視野に入れておかないとな」


 俺がそう言うと真利は目を丸くさせた。


「えーっ、ネージュちゃんはどうするのー!?」


「誰かに言伝でも頼んでおけばいいさ。でないと日を跨いだりしたらどうするつもりだ?」


 さすがにそこまでは待っていられない。


「うっ」


 短く呻いたところを見るに真利も同感なのだろう。

 その後は後ろを気にしつつも屋台のひとつに陣取って烏天狗が用意したおでんを食べた。

 食べ始めると、もう戦いなど気にならなくなる。

 結界の方も音声結界を追加したから、うるさくないし。


「味が染みてるねえ」


 最初に箸をつけた大根でしっかり煮込まれていることを確認した。


「ジャガイモもホクホクしてるよー」


「ふむ、東京なのに関西風のおでんなんだな」


「はんぺんがあるから違うんじゃないか。何でもありなんだろう」


 とにかく食事を楽しませてもらったよ。

 日本酒がほしいところなんだけど、そこは我慢かな。


読んでくれてありがとう。

ブックマークと評価よろしくお願いします。


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