308 6層探索3日目・気軽に来る方法
「どうしたものか」
ただいまネージュの転移してくる場所をどう確保するかで相談中だ。
「うちの車に転移ポイントを設定してもらうしかないのではないか」
「ダメだよー。それだと人目のある場所に車を駐車しておけなくなっちゃうじゃない」
英花が意見を出したが真利が反対する。
「しかしなぁ。まさかホテルの部屋に設定する訳にはいかないだろう」
他に良案はないと英花も消極的ながら引こうとはしない。
「そうだけどー、どこか部屋とか家を借りるとかー」
「それは修学旅行が終わったら出ていくじゃないか。事前に契約終了を説明しておいても、うっかり転移してきてしまったらどうするんだ」
うっかりというより人間の常識にうといネージュが何も考えず適当に転移してきてしまう恐れがある。
むしろ、そっちの可能性の方が高い。
「だったら一軒家を買い取るよー」
真利の財力なら不可能ではない。
不可能ではないが無駄な買い物と言わざるを得ない。
「ロクに利用もしない家を買うなんて勿体ないだろう。それに家は管理しないと痛みやすいぞ」
思わず口を挟んでしまったさ。
「じゃあ、涼ちゃんは何かいい案があるのー?」
そう来るよなぁ。
「無い訳じゃないが、先方がなんて言うかが問題なんだよなぁ。それにネージュが受け入れないことも考えなきゃならないし」
それまでは話を適当に聞き流していたネージュだが、自分の名前が出てきたことで俺の方に視線を向けてきた。
「涼成は私に何を受け入れろというのだ?」
「別の種族に転移ポイントを間借りすることかな」
「別の種族ってまさか……」
真利が目を丸くさせている。
最後まで言葉が出てこないのも驚きが強いせいか。
「案外、良い案かもしれないぞ。同じ種族の方が揉め事になりやすかったりするしな」
英花も驚いてはいたが肯定的に受け止めたようだ。
「そうとは限らないよー」
真利は納得していないのか英花と持論を主張し合う状態に入った。
とりあえずケンカではないので放置して先方に念話で連絡を取ってみる。
『おーい、涼成だけど。今ちょっといいか?』
『おう、どうした。構わんぞ』
返事をした相手は高尾山の隠れ里の主である青雲入道だ。
レベルが低い頃の俺では空間的に遮断された領域間を念話で会話することなど不可能だったが、今なら何の問題もなく念話ができる。
『ちょっと頼みたいことがあるんだ』
『頼みたいことだと? 勿体ぶった言い様をするのう。我とお主の仲ではないか。遠慮せずに言ってみよ』
という訳で、かくかくしかじかと状況と頼みたいことを説明した。
『なるほどのう』
青雲入道は話を聞いて考え込んでいる。
即決即断とはいかない案件だよな。
今の俺たちでも太刀打ちできないような相手に転移してくるのを許してくれなんて。
下手すりゃトロイの木馬状態になってしまいかねないんだから。
『実際に顔をつきあわせて話をしてからだな』
『わかった。いつがいい?』
『今からで構わんぞ。どうせ修行しかすることがないのだ』
そんなことはないだろう。
修行オタクだから何かにかこつけて修行がしたいだけなのはわかっている。
ゲーマーで言えば廃人レベルじゃないので節度はわきまえているみたいだけどね。
『わかった。今ダンジョンの奥の方だから、ちょっと時間がかかるけど必ず行くから』
『心得た。待っておるぞ。また後でな』
という訳で高尾山に行くことになった。
まずはダンジョンから出ないといけないが大きな問題がある。
青雲入道と顔合わせをするためにネージュを連れていかなければならないが、幼女連れでは出口で絶対に呼び止められてしまうからだ。
それどころか未成年者略取誘拐の罪を被せられかねない。
だからといってドラゴンの姿になるのも論外だ。
冒険者事務所どころか近隣が大パニックになる恐れがあるからね。
「人化状態で光学迷彩を使うしかないかなー」
真利の言う通りなのだが、俺たちが手続きをしている間にあちこち動き回られて誰かと接触してしまおうものなら……
ドラゴンが急に現れるよりはずっとマシだと思うけど幽霊騒ぎとかに発展しかねない。
「できれば万全を期したいところだ」
俺も英花の意見に1票だ。
『それなら霊体化すれば良いですニャー』
念話で話しかけてから実態モードへと戻るミケ。
「ドラゴンなら使えるはずですニャン」
「妙な猫を連れていると思ったらケットシーだったか」
バレテーラ。
いや、隠すつもりもなかったんだけどね。
いつも通り霊体モードでいたら出てくるタイミングを逸してしまっただけのことだ。
「俺たちと契約しているミケだ。ダンジョンでは斥候として活躍してもらっている」
「なるほど。斥候ならば誰にも気取られる訳には行かぬな」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべるネージュ。
「フフフ。だが、私の目は誤魔化せなかったぞ」
何故か仁王立ちして胸を張り自慢げに語るネージュである。
もしかして厨二病とか罹患してない?
発作が起きたときと平時のスンとした態度のギャップがすごいんだけど。
まあ、実害がある訳じゃないから構わないけどさ。
「さすがはドラゴンですニャ。自分も隠蔽の技には自信がありましたが、あっさりと見破られてしまいましたニャー」
「そうだろう、そうだろう。お前は見所があるな。名はミケと言ったか。覚えておこう」
「ありがとうございますニャー」
ミケが平伏する。
伏せていく途中で目線がネージュから外れた瞬間、ミケの目が「チョロい」と語っていた。
ネージュの機嫌を損ねずに乗り切るために、ヨイショしておだてたか。
契約していない相手には腹黒さを見せるしたたかさがあるよな。
「それで霊体化はできるのか?」
「わからん」
その返事に俺たちは思わずズッコケた。
「当然だろう。今まではそのようなことをする必要性も理由もなかったのだからな」
仰るとおりで。
「だが、私もドラゴンの端くれ。その程度のこと、すぐに会得してみせよう」
そう言ったかと思うと魔力を高め始めた。
「ちょいと待ったぁ!」
「なんだ? せっかくパパッと霊体化を習得してみせてやろうと思っておったのに」
「魔力を高めて何をするつもりさ」
俺には霊体化はできないが、どういう手順でどう霊体化するのかは何度も見ているので理解しているつもりだ。
その経験から言わせてもらうと、霊体化に魔力を高めるタイミングは一切ない。
ネージュが霊体化できずイライラしている姿が目に浮かぶようだ。
それだけなら、まだいい。
向きになって魔力をどんどん高めたあげくに苛立ちのせいで魔力を暴走させるようなことがあれば、どうなってしまうことか。
考えたくないが考えざるを得ない。
という訳でネージュにストップをかけた。
「決まっているだろう。霊体化だ」
「もっとスマートに行こう。魔力を高めずサクッと霊体化した方が格好いいだろう?」
ネージュが厨二病患者であるなら、こう言った方が素直に言うことを聞いてくれるはず。
「格好いい……。それはとても大事なことだ」
思った通りネージュが食いついた。
「相手の技を見ただけで再現できたら、すごく格好いいと思うけどな」
「っ!?」
すごい勢いでミケに視線をぶつけるネージュ。
目力は並々ならぬものがあったものの殺気はこもっていない。
でなきゃ、さすがのミケも卒倒していたかもね。
そんな訳で慌てて霊体化と実体化を実演してみせたミケは気疲れしているのが見え見えだ。
ご苦労さんって感じだね。
その甲斐あってネージュも霊体化できるようになった。
できなかったら途方に暮れていたよ。
読んでくれてありがとう。
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