307 6層探索3日目・友達になるのも大変です
結局、ネージュは10枚以上イカ焼きを食べた。
その小さな体の何処にそれだけのものが入る胃袋があるんだと思ったさ。
人化してるせいで外見は幼女なんだけど本当はデカいドラゴンだから平気なんだろうか。
ドラゴンのサイズなら、このくらい余裕で入る胃袋は持ち合わせているのは言うまでもない。
意外と人化している時も胃袋はそっちのままだったりするのかな?
だとすれば、疑問が色々わいてくるけどね。
あの小さい体にそんなサイズのものが何処に収まっているのかとか。
これで満足できるのかというくらい食べた量が少ないことになることとか。
考えてもわからん。
説明がつけられそうにないので考えるのは放棄した。
「ふう、世話になった」
何であれ満足してくれたなら良いのだ。
「そういう時は「ごちそうさま」って言うんだよ」
「ふむ、そうなのか。では、ごちそうさま」
「お粗末様でした」
俺がそう言うとネージュが首をかしげた。
返された言葉の意味が理解できなかったのだろう。
「ごちそうさまに対する返しの言葉だ。食べてもない俺が「ごちそうさま」と言うのはおかしいだろう?」
寿司屋で「お勘定」と言うと「お愛想」で返されるように。
家に帰って「ただいま」を言うと「お帰り」と言われるように。
「おお、なるほど」
子供じゃ知らないような言葉を使うのに、こういうことは知らなかったりするんだよな。
人とほぼ接触することがないドラゴンだからしょうがないんだけどさ。
「またイカ焼きが食べたい。次は何か対価になるようなものを持ってくる」
「いや、そんなものより友達になってくれると嬉しいね。今回はお近づきのしるしってことにしておいてくれればいい」
「友達? 何だ、それは?」
ネージュがずっと孤高の存在だったことをうかがわせる疑問の言葉だ。
当然のことながら友達などいるはずもない。
究極のボッチだな。
友達がいなかったのであれば理解不能だったとしても無理はないという訳で……
「簡単に言えば敵の反対かな」
誤解なく説明するのは難しい気がしたのでシンプルに言ってみた。
「ほほう、敵ではない。敵対しないから攻撃しない。それどころかイカを馳走になった。親しくなるために持て成したということか。ふむふむ、面白いことを考えるな」
なんだか楽しそうに独り言を言っている。
誰に聞かせるでもないはずなのに呟きでないあたり、ずっとボッチだった弊害が出ているのかもしれない。
なんて考えていたら、ネージュが俺の方に視線を向けてきた。
「親しくしようということで良いのか?」
「そうそう、そういうこと」
「願ってもないことだ」
満面の笑みを浮かべるネージュ。
こういうところは年相応の子供のように見えてしまう。
「ならば自分も何か渡さねばならぬな」
「いや、いいって」
「なんだ? こちらから親しくしたいというのに断るのか」
ちょっとばかりネージュの機嫌が悪くなる。
「そういうことじゃなかったんだけど」
「では、どういうことなのだ?」
機嫌はやや悪いままだが、完全にそっぽを向いた状態ではないようだ。
向こうから歩み寄ってくれていると思って良いだろう。
イカ焼きのもてなしが望外な成果を出したと言えるんじゃなかろうか。
嬉しい誤算である。
「そっちから親しくしたいと言ってくれるとは思ってなかったんだよ」
「ほう、そうか。では受け取ってくれるな」
「楽しみにしておくよ」
「フフフ、任せよ。必ずやイカ焼きに比肩する手土産を持ってこよう」
それって次に会う機会にってことだよな。
なんだか嫌な予感がするんだけど……
「なんだ? やはり不服か」
機嫌を戻しかけていたのに、また逆戻りだ。
「そうじゃなくて、いったん帰るということでいいんだよな」
念のために確認してみることにしたが、ネージュは俺の意図を図りかねているのかキョトンとしている。
「そうなる。ねぐらに保管しているものの中から厳選して持参しよう」
「それはいいんだけどさ」
「ん? 何か問題があるのか?」
「どうやって俺たちのところに来るつもりだ? 人化したままで、その手土産は持ってこられるのか?」
ドラゴンが厳選するとか言っているからなぁ。
ひとつとは限らないし、サイズも予想できない。
とにかくスケールがデカそうだ。
「大荷物になりそうだから本来の姿で飛んで来るしかあるまい」
やっぱり……
「そんなことしたら統合自衛軍が全軍を挙げて迎撃してきかねないって」
「統合自衛軍? ああ、しばらく前に縄張りへちょっかいを出しに来た者どものことか」
そういう認識なんだ。
まるで歯牙にもかけていませんって風だな。
「まるで問題にならんぞ。あのような輩が束になってかかってこようとも敵ではない。軽く蹴散らしてくれよう」
「そういうの、やめてほしいんだけど」
「なに?」
「蹴散らすのが手っ取り早くて簡単なのはわかるさ」
「弱いからな。涼成たちの方がよほど強いぞ」
見ただけでわかっちゃうのか……、じゃなくて!
「その結果どうなるかをちゃんと考えてほしいんだよ」
「というと?」
聞く耳を持ってくれるのはありがたい。
問答無用で我を押し通されたらと思うとゾッとするよ。
「ネージュにとっては軽く蹴散らす程度でも統合自衛軍にとっては甚大な被害になるはず」
「そうかもしれんな」
「そんな状態でネージュが俺たちに会いに来たら俺たちに被害の賠償を要求されかねないんだよ」
実際にそうなるかは微妙なところだとは思うが、社会的な信用は確実に失うだろう。
「それならば要求した者をひねり潰すまでだ。その者を中心として辺り一帯を永久凍土の地へと──」
発想が過激すぎるんですが?
握りこぶしまで作って殺気が漏れ出し始めているし。
「ストップ、ストップだ、ネージュ」
興奮し始めたネージュを止める。
このまま喋らせ続けたら、何もない状態で破壊活動を始めかねない。
「そういうことをしていると友達をなくすぞ」
「なんとっ!?」
よほどの衝撃を受けたのかネージュが仰け反って驚いていた。
「それはいかん! 絶対にいかん!!」
「そう思うなら穏便にな。相手を刺激しなければ争いも起きないさ」
「確かに縄張りに侵入すれば争いが起きるのも道理か」
ネージュは腕組みをして渋面を浮かべながら考え込んでいる。
「だから人前に出るときは人化してくれると助かる」
「むう……、仕方あるまい。だが、手土産が小さくなってしまうな」
悩ましげな顔を見せるネージュだ。
「大きくない方が受け取る側としても助かるよ。持ち運びが大変だ」
俺がそう言うと、ネージュが驚愕の表情で固まってしまった。
「おーい、大丈夫かぁ」
呼びかけると、すぐ我に返ったけれど。
「迂闊だった。そんな簡単なことを失念するなど痛恨の極み」
「いやいや、大袈裟だって」
「そんなことはない。手土産はより厳選させてもらう」
それについては頑張れとしか言えない。
「それよりも問題がある」
「まだ何かあるのか?」
「人化しても空を飛んだり人前で氷をホイホイ出したりすると騒ぎになる」
「ならば転移してくるしかないな」
「それも人前にいきなり現れると同じだよ」
「なんと制約の多いことか」
「俺たちもそれで不自由してるよ」
異世界で勇者をしているときも自由がなくて窮屈だったけど、こっちでも自重しないといけないからねえ……
「争いを起こさぬというのは存外に困難なものなのだな」
ネージュは遠い目をして嘆息した。
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