305 6層探索3日目・その名は
転移魔法で跳んでくるとか、どんだけ海産物が好きなんだよという言葉は飲み込んだ。
厳密にはイカなんだけど。
『消えたんじゃなくて絶滅させたんだろ』
『む、そう言うべきなのか? この世界の日本語とかいう言語は難しくて敵わない。とにかく、それだ』
この世界とか言っちゃってますよ。
『生態系を破壊するのはやめてほしいね。他の生き物にも影響しかねない』
『なるほど。食欲に負けて乱獲? してしまった。反省する』
ぜひそうしてほしいね。
『生きているイカが少しでも残っているなら繁殖は可能だろうか』
『さあ、俺は学者じゃないから何とも言えないね』
『ならばストックの残りは放たずに増やす』
養殖しますって?
まあ、神にも等しい存在なら可能なんだろうね。
ていうかさ、生きたまま捕まえたのかよ。どうやって!?
1匹や2匹じゃないんだぞ。狩りつくす勢いでそんな真似ができるのかよ。
あ、できそうだな、この子なら。
群れでいるところを氷漬けにして一気に……
え? 凍らせたらイカが死んでしまう?
そんなの氷の中で自在に動き回れる幼女にかかれば仮死状態にでもできるんだろうさ。
『増やしたら捕獲した場所で放てば繁殖するかもな』
『それは朗報にして僥倖』
難しい言葉を知っているのに、さっきは用法を間違えてたし何なんだろうな。
言いたいことは伝わっているからいいけどさ。
『しかし悲報』
悲しそうな顔をする女の子。
なんだ? まだ、何かあるのか?
『増やすならストックは食べられない。あんなに美味しいのに』
食欲に関しては執念を感じるのに我慢はできるらしい。
というか……
『ストックがあるのに狩りに来たのか?』
『美味しいものはゆっくり味わって食べる主義。あれは良いものだ』
まるでツボを愛でる何処かの大佐のようなことを言うね。
『で、良いものをあっという間に食べ尽くさないためにダンジョンに狩りに来たと?』
『そう。探して探して超探した』
拳を握って力説する女の子。
幼女なのにオッサンくさい喋り方をすると思っていたら、砕けた喋り方もするらしい。
まあ、超なんて言い方は最近じゃ耳にしないからオッサンくさいのは変わらないのかもしれないが。
いや、そんなことよりあの口ぶりだと世界中のダンジョンを検索する術を持っているのかもしれない。
だとしても検索には年単位で時間がかかっていそうだ。
俺たちに可能だとしても、ちょっと真似をしたくないね。
『魔物だから味はそんなに期待しない。イカを食べられるだけでも幸せ』
どういうことだ? 食用に適さないドロップをする魔物なんていたっけ?
考え込んでいたら、チョンチョンと指先で肩をつつかれた。
『(涼ちゃん。この子、魔物をじかに食べてるんじゃないー?)』
振り返ると同時に声を潜めるような感じで真利が念話を送ってきた。
別にそんな真似をしなくても伝えたくない相手がいるなら、その相手に対して遮断するイメージを念じれば届かなくなるんだが。
それにしても直食いか。
いくらなんでも、この女の子が野生の獣のような真似をするようには見えないぞ。
『さすがに野生児みたいなマネはしないだろう』
『(そうじゃなくて、本来の姿に戻ればそうなるってことー)』
今は人化しているってことか。
本来の姿で魔物をドロップさせずに直食いしているとは想像しづらいんだけど、真利が主張することも無いとは言えない。
ん、待てよ? 魔物を直食いできるって結構なサイズじゃないか?
丸呑みする訳ではないとしても女の子のサイズのままじゃなさそうである。
むしろ、かなり大きめなんじゃなかろうか。
大抵の魔物を雑魚扱いできそうだし。
俺たちを歯牙にもかけていないような態度で話しているあたり、きっとそうだ。
それで氷を意のままに操っているとなれば、思い当たる相手がいらっしゃいますね。
じかに見たことはおろか映像ですら見たことがないんだけど。
お噂はかねがね聞き及んでおりますと言いたくなるような相手だ。
ほぼ確信しているんだけど、確認したくてたまらなくなっている自分がいる。
先程からずっと黙り込んでいる英花にこのことを言おうものなら全力で止められそうな気がした。
それでも衝動が抑えられそうにない。
『ひとつ聞いていいか?』
イカのことを思い浮かべて恍惚としている女の子に尋ねる。
『何を?』
妄想を中断させられたにもかかわらず機嫌は損ねなかったようで安堵した。
『自分が何と呼ばれているか知っているか?』
『知っている。氷帝竜』
『──────────っ!?』
声にならない悲鳴って念話でも伝わるものなんだな。
ちなみにこれは英花のものだ。
真利は平然としている訳ではないけど、正体に見当がついていたようで「ああ、やっぱり」と言いたげな顔をしている。
それは俺も同じだ。
当たってほしくない予想が当たってしまった。
いや、聞く直前には俺もほぼ確信していたんだけどさ。
『そんなことを聞いてどうする、人間?』
『名前を知らないから、どう呼ぼうかと思っていただけだ』
『ふむ、なるほど。そう言う人間の名前は何なのだ?』
『俺は張井涼成。張井が家名で涼成が俺自身の名前だ。こっちが相棒の真尾英花。それと明楽真利』
『わかった。生憎と自分の名前はこの世界では鳴き声としか認識されないと思う。だから適当に呼んでくれればいい。できれば氷帝竜以外で』
要するに気に入らない訳だ。
まあ、畏怖の対象である呼び名でもあるからしょうがないか。
そういう感覚があるかはわからないが女の子に対する呼称ではないしな。
という訳で急遽ながら名付けタイムとなってしまった。
『氷雨とか?』
氷にちなんだ名前ということで考えてみた。
これしか思いつかなかったとも言う。
『別に日本人風の名前にこだわらなくてもいいんじゃないかなー。ということでアイシャはどう?』
和風の名前を外すために氷を英訳して、アイスに読みが近い名前をチョイスしたというところか。
『英花は何かアイデアないか?』
話を振ってみると、ようやく落ち着いた英花がうなずいた。
何かあるようだ。
『ネージュ。フランス語で雪だったか』
『氷じゃないんだな』
『そっちはグラスとかだったと思うんだが、女の子の名前にしては微妙だろう』
それで近しいイメージの雪から連想した訳か。
『で、本人としてはどれが気に入った? どれもダメなら考え直すが』
そう言うと女の子は小首をかしげて考え始めた。
ダメではないが、どれにするかは迷うところといった感じか。
もしくは微妙すぎて妥協するか悩んでいるんじゃないだろうな?
『本当に嫌なら言ってくれ』
こういうのは後々まで残るものだからね。
最悪、改名することもできなくはないけどさ。
どうせなら最初から不快な思いをすることなく定着した方がいいよな。
『どれも嫌ではない。まさか、いくつも候補があるとは思わなかったから迷っている』
どれにしようかな状態らしい。
『強いて言うなら雪は好きだ。ネージュにする』
こうして氷帝竜の名はネージュとなった。
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