304 6層探索3日目・何者か?
『あ、こっち向いた』
『それがどうした。涼成のように千里眼のスキル持ちならいざ知らず、この距離では我々のことも見えないだろう』
『えー、でもでも、氷がレンズのかわりをしたりしないかなー』
『うぐっ』
真利の指摘に英花が言葉に詰まる。
そこまで考えていなかったのだろう。
『それ以前の問題だぞ』
『なにっ!?』
『俺たちは向こうの気配に気付いてたよな』
ハッとして顔色を変える英花。
『向こうが我々に気付かない訳がない』
『だよなぁ。しかも透明なデカい氷を作って、その中で自由に動き回れるんだぜ。絶対に普通じゃないって』
俺の言葉に重苦しい空気をまとった英花がうなずく。
向こうと敵対するようなことが万が一にもあった場合をシミュレーションしているのだろうか。
データが少なすぎて予測は不可能だと思うけど。
それでも警戒すべき相手だと直観的に判断したようだ。
『でも、見た目は小学生くらいの女の子なんでしょー』
対する真利は特に警戒する様子もない。
異世界での経験のあるなしが生んだ差だろう。
『真利よ、見た目は当てにならないぞ』
『そうかなー』
『考えてもみろ。この6層にたどり着いている人間が我々以外にいたんだぞ。しかも、向こうはソロだ」
これだけで充分に警戒すべきだというのが、わかるはずだ。
普通じゃないもんな。
『おまけに涼成が言うには巨大な氷の中で自在に動き回っているそうだからな。普通じゃない』
その『普通じゃない』発言は俺たちも普通のカテゴリーに含まれる前提でのもののようだ。
レベル70に到達し他のトップクラス冒険者から見ても化け物と呼ばれそうなんだけど。
つまり、明らかに自分たちより格上だと判断した訳だ。
氷の中で動き回るなんて芸当は今の俺たちには不可能だから反論などするつもりはない。
そのせいで千里眼で見た瞬間はあまりのことに現実のものと思えなくて混乱してしまったが、少しは落ち着けた今なら受け入れて格が違うのだと認識できる。
『こんなのシャレにならんだろう』
同感だ。絶対に敵対してはいけない。
頼むから変な輩ではありませんように。
そんな風に願うとフラグが立つというか何というか。
『ん? なんか……』
『どうした、涼成』
『こっちを見てるような気がするんだが』
『冗談はよせ。こちらから肉眼で見られないものが向こうから見える訳が──』
『英花ちゃーん、忘れてないー?』
真利が英花の言葉に被せるように問うた。
『何をだ?』
勘が働けばわかりそうなものだが、今の英花は動揺しているせいで気付かないようだ。
『その女の子が私たちじゃ及びもつかない神様みたいな相手だってことー』
そこまで言われた英花は目を見開いて驚きをあらわにした。
まともに言われりゃ気付くよな。
『くっ、そうだった』
呻くようにそう言うと苦虫を噛み潰したような顔になる。
すっかり失念していた自分に腹を立てているといったところか。
『ならば、こちらを視認できるだけの視力を持っていても不思議ではないな』
『もしくはスキルを持っているかだな。いずれにせよ確実に見られていると思った方がいい』
『どうする? 逃げるか?』
英花の表情は硬く悲壮感が漂っている。
『まだ敵対すると決まった訳じゃないだろう。こんなところで死ねないみたいな空気出さないでくれよ』
『しかしだな……』
『魔王と戦ったときは格上でも覚悟を決めて前に出ただろう?』
『あんなのと一緒にするな。我々とは桁違いだぞ、絶対に』
『英花ちゃん、そこは「パワーがダンチなんだよ」って言った方がいいよー』
英花にせよ真利にせよ言いたいことは同じだ。
そんなことは言われるまでもないのだよ。
気配は微かなのに、いるとわかった途端に存在感がハンパなく感じるようになったからね。
矛盾しているように思えるけど、こればかりは体験しないと分からないとしか言いようがない。
焦りからなかなか回復できなかったのもプレッシャーのように感じていた存在感があったからこそだ。
説明は難しいが、あえて何かにたとえるなら富士山かな。
日本一の山を目の当たりにすると圧倒されるというか自然に対する畏敬の念というか、そういう類いの何かを感じるのだ。
真利が神様みたいと言ったのも、あながち間違った認識ではないと思う。
そんなやり取りをしていたせいで相手に見られているということを失念してしまっていた。
俺だけでなく英花や真利も。
明らかに油断であり致命的な隙を作ってしまったと言えるだろう。
次の瞬間、今まで以上に水温が冷たくなった。
『『『なっ!?』』』
氷がすぐ近くまで迫ってきていた。
それだけではない。
例の女の子がその突端部分にいる。
ここまでの距離を一瞬で凍らせて氷の中を超高速で移動したのか。
水の抵抗をこんな方法で無くしてしまうとは恐れ入ったよ。
彼女以外に真似のできる者などいるはずもないだろう。
ここまで来ると化け物と呼ぶのすら生温いと感じる。
そもそも女の子にその呼び方は著しくデリカシーに欠けると思うんだけどね。
『こんな所に人間が来るとは珍しい』
銀の髪を腰まで伸ばした少女が流暢な日本語の念話を送ってきた。
『何度か来てるよ。最近だと昨日かな』
『それで魔物の分布が変わったのか。納得。そして残念』
その口調は見た目に似つかわしくないほど大人びている。
まあ、実年齢など実際のところはずっと年上だったりしそうだけど。
そこはあえて言及すまい。
万が一、地雷だったら完全に詰むからね。
沈黙は金だ。
口調に対して態度の方は子供っぽいところが垣間見える。
ずいぶんとションボリしているからね。
女の子の口ぶりからすると何かしら目当てのドロップアイテムでもあったのだろう。
目的の魔物が見当たらなくなったことで手に入る目途が立たなくなったというところかな。
『人間、昨日ここに来たのならイカを持っていないか?』
ビンゴのようだ。
それにしても、よりにもよってイカとはね。
思わず英花や真利と顔を見合わせてしまったさ。
アイコンタクトだけで2人と会話する。
その結果、ウソはつかないことが一瞬で決定した。
『一応、持ってるけど?』
それでも大量に持っているのは言わないでおく。
もしも、それで態度が豹変して奪おうとしたりされたらたまったもんじゃないからね。
『それが欲しい。譲ってくれないか。対価はないけど……』
最後は尻すぼみになってしまった。
少女は今まで以上にションボリしている。
なかなか正直だ。
こんな風に言うくらいイカが好きなのだろう。
そして、何故か庇護欲がそそられるんですけど?
相手が俺たちなど歯牙にもかけないほどの存在だというのにね。
『そんなにイカが好きなのか?』
『取り過ぎて海から消えた。だからダンジョンに来た』
どうやら転移魔法で、よそから出張してきているらしい。
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