303 6層探索3日目・昨日とは違う
『つまり我々は監視されているのか』
不機嫌さを隠そうともせず英花は吐き捨てるように言った。
『そんなことしてたらリソースが足りなくなるって。もっとお手軽な方法があるさ』
『なにっ!?』
『俺たちは水の中にいるんだぞ。空気よりも抵抗があるし変化はわかりやすいだろ』
水中戦装備で水の抵抗は大幅に減らしているとはいえ、それでも全く無いわけじゃない。
そこから情報を読み取って海流を操作すれば深い場所に潜んでいる電気クラゲを移動させることも訳はない。
浅めの場所はセンサーの役目を持たせているので海流は止めているんだろう。
あと、俺たちが早い段階で気付いてしまう恐れがあったから凪いだ海にしているんだと思う。
『だとしても監視していることにかわりはないだろう』
『いいや。それだと設定通りの自動運用じゃなくてマニュアルでってことになるけど、そういう感じはしないぞ』
『どうして、そんなことがわかるんだ』
『この階層だけでもマニュアルで動かせばリソースは大幅に消費するからな』
広すぎるのが逆に仇になっている訳だ。
『リソースに余裕のないダンジョンの雰囲気があるか?』
俺の問いにしばし考え込んで英花は静かに頭を振った。
『だが、それでは説明がつかないぞ。監視されているとしか思えん』
『そんなのは自動でできるさ』
英花がハッと表情を変えた。
勘がいいね。説明する前に気付いたようだ。
ただ、顔にはあり得ないと書いていたけれど。
『まさか……』
気持ちはわかるけど相手はこのお台場ダンジョンのダンジョンコアだ。
これくらいはできても不思議ではない。
常に監視するよりはリソースも使わないのは明らかだし。
『たぶん想像通りだよ。海を魔道具扱いしてる』
異世界じゃトラップも魔道具だったからね。
スケールがデカすぎて突拍子もないことに思えるけれど。
『だとすれば強引に突破せねば先には進めないぞ』
『たぶん、それが目的じゃないかなー』
真利の言う通りだ。
弱ければトラップですり潰す。
強くても物量で押し潰す。
下手な大物を出されるよりも厄介極まりない。
それ故に何がなんでもここは通さないという強い意志を感じる。
もしかするとこれは中ボスの代わりに罠を設置したのかもしれないな。
『面倒なことをしてくれる』
『思うんだけど、飛んでいったらどうかなー?』
海面から出てくる魔物が限られるからと言いたいのだろう。
それは俺も考えた。
昨日は逃げるときに、それをして実際に突破は難しくはなかった訳だけど。
そこが引っ掛かるんだよな。
『こんな大がかりなトラップを仕掛けてくる奴が対策してないとは思えないな』
『逃がしたことすら罠への伏線か?』
苛立たしげにうなるような声で聞いてくる英花だ。
『かもしれないって話だ。もしかしたら、そこまで考えてないかもしれないけどね』
『過信は禁物だな』
『最悪を想定しておくべきだよねー』
そういうことだ。
空から行った場合にどんな仕掛けをしているのかはわからないが、きっとロクでもない代物に決まっている。
ゴール直前で大爆発くらいはあってもおかしくない。
異世界でもショートカットしたら爆発するトラップというのは結構あったからね。
『問題はどちらが無理なく進めるかだ』
『空は何が来るか読めないぞ。最悪、下からも追撃が来るだろうな』
『ブレードフィッシュにミサイルスクイッドか』
忌々しいとばかりに苦虫を噛み潰したような顔をする英花。
『でもー、海の中だと数で来るんだよねー』
『手の内がわかっているとも言えるよな』
『奥の手があるかもしれないよー』
『そうだな。だが、まるでわかっていないよりはマシだろう』
『どちらにせよ楽はできないということだ。空を飛ぶのは諦めろ、真利』
『そっかー。そうだよねー』
という訳で海中を進むことにしたのだが。
少し進んだところで、6層には似つかわしくないほど微かな気配を感じた。
『ん?』
不自然なため英花がハンドサインを出して停止させた。
『近いな。隠蔽しているのか』
英花が険しい表情をしている。
『ねえ、涼ちゃん。昨日より水が冷たくないー?』
前方の気配に気を取られていたせいか気付かなかったが確かに真利の言う通りだ。
『罠の種類を変えてきたか?』
『そんなことが可能なのか? さすがにリソースが足りなくなるだろう』
『いや、前のものを破棄すれば不可能じゃない』
この規模のものを一晩で変更してくるのは大胆と言わざるを得ないが。
『よほど強敵だと思われたか』
英花が嘆息した。
嬉しくはないものの可能性としては無くはない。
今まで3層に到達するのさえ何年もかかったのに、そこから6層に来るスピードがあり得ないとなればね。
俺がダンジョンコアの立場だったとしても焦ると思う。
まったく、ミケ様々だよ。
『でも、なんか変じゃないー?』
『何が変だというのだ、真利よ』
英花が訝しげな顔をして真利の方を見た。
『前の方がユラユラした感じに見えるというかー、歪んでそうに見えるというかー、とにかく変なんだよねー』
真利に言われて、よく目を凝らして前方を見てみた。
確かに真利の言ったことがわかるような状態だ。
近そうに見えて遠くのようにも思える変な場所がある。
海水しかないはずなのにそこだけ何か違うと思わせる状態なのだ。
少し異なるが海底火山の近くで温められた海水の感じにも似ている気がする。
ただ、水はだんだん冷たくなってきているので海水温が上がっている訳ではないだろう。
それに、その場に見えない塊があるかのような不自然な見え方をしているのも変だ。
『空間を歪めているのか?』
英花がそんな推測をしたようだ。
『いや、どうだろう。よくわからない』
『いくつもレンズがあって屈折が変になってるみたいな感じだねー』
つまり、向こう側を見せないようにしている?
光学迷彩にしてはお粗末だ。
リソースの消費を嫌って適当に作った氷で代用したかのような……
いや、透明の氷を作るには不純物のない水が必要だ。
海水を凍らせても透明にはならない。
ここから見ていたんじゃ何もわからないな。
こういう時こそ千里眼のスキルの出番だ。
見え方がおかしくなっている場所に千里眼を飛ばし片目を閉じて瞼の裏に映し出す。
『これは……』
『涼成、千里眼を使ったのか』
『ああ。とんでもないわ、アレ』
『何が見えたのだ?』
『馬鹿デカい氷だよ』
『えーっ、それはおかしいよー。海にできる氷って透明にならないんだよー』
真利も知っていたか。
『じゃあ、あのサイズのクリスタルがあるってことになるな』
もしくはガラスか。
『いや、氷だろう。でなければ、ここが冷えている説明がつかない』
英花がそう結論づけた。
『でもー』
真利は納得していないようだ。
『不純物さえなければ良いのだろう。そんなものは魔法でどうにでもなる』
『あ、そっかー。でも誰がやったんだろうねー』
『そんなものはダンジョンコアしか考えられまい』
生憎と俺は英花とは意見を異にする。
見ちゃったからね。
『違うんじゃないかと俺は思うんだよな』
『……見たのは氷だけではないのだな』
さすがは英花、鋭いね。
『ああ、氷の中に小学生くらいの女の子がいるんだよ』
『『は?』』
英花も真利もポカーンとしている。
『女の子って封印されているのかなー?』
いち早く復帰してきた真利が疑問を口にした。
『いや、それこそが罠じゃないのか。迂闊に近寄るのは危険だ』
『封印ではなさそうだぞ。氷の中で動いているからな』
『意味がわからんぞ、涼成』
『そんなことを言われてもなぁ。俺だって混乱してるんだ』
だから見たとおりのことしか伝えていない。
どうなってんだ、これ?
というか、あの子は何者だ?
読んでくれてありがとう。
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