302 6層探索3日目
結局、俺たちがイカ焼きにありつけたのは用意したイカ焼きの生地がほぼ無くなろうかというタイミングだった。
皆おかわりしてたからね。
ひたすら焼いて焼いて焼きまくったさ。
で、俺たちは1枚ずつしか食べられなかったよ。
それも残った生地の量が少なかったせいで一回り小さいものしかできなかったんだよね。
「久々に食べたけど、やっぱり美味しいよねー」
「うむ、また食べたくなる味だ」
「イカはまだまだあるから、また作ろうねー」
「そこは留守番組のお土産と言うべきところじゃないか?」
「大丈夫大丈夫、全然減ってないからお土産も余裕だよー」
確かに漁港で水揚げしたのかってくらいの量が残っているから余裕どころの話ではない。
次元収納に入れることができなければ、ほとんどを腐らせてしまっただろう。
ダイオウイカのように食用に向いていないものなら気にせず廃棄するところなんだけどね。
普通に美味しいから、どうにか食べきりたいとは思っている。
お土産はそういう意味では正解の選択肢かな。
あるいは地元に帰ったら留守番組のためにイカ焼きパーティをするのもありだ。
イカが好意的に受け入れられれば消費量も上がる気がするし。
ただ、それでも消費しきるのはどれだけ時間がかかるやら。
まさか毎食イカ料理って訳にもいかないからね。
「初めてだけど美味しい」
聞きもしないのに紬がそんなことを呟いていた。
まあ、物珍しさも手伝ったとは思うんだけど。
「同感ですニャー」
ミケも満面の笑みでイカ焼きを味わっていた。
たとえ小さくても皆が満足したなら、それで充分だ。
言い出しっぺの真利も楽しそうにしているし美味しそうに食べてもいる。
不服の声を漏らす者が誰もいないなら、それでいいんじゃないかな。
そんな訳でイカ焼きパーティは成功だったと思う。
焼いてる間は何にも食べてなかったから胃袋の満足度の方は物足りなかったけどね。
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翌日はもちろん6層探索の再開だ。
なんだけど、冒険者事務所に通えばストレートに探索に向かえなかったりするんだよね。
受付の手続きを済ませたところで──
「いよお、精が出るな!」
遠藤大尉たちと遭遇したりもする。
あまり潜るタイミングが近いと誤魔化すのが難しいから避けていたんだけどね。
昨日のイカ焼きパーティの影響で時間が少しずれたせいだな。
不可抗力としか言い様がない。
「そうですか? 普通だと思うんですけど」
「大人の修学旅行だっけ? そっちはいいのか?」
なるほど。あまり根を詰めると怪しまれる要素が増える訳か。
それは盲点だった。
「ええ。きっちり予定を決めてる訳じゃないんで、その日の気分で変えたりもしますよ。乗り気じゃないときに観光なんてしても楽しくないですからね」
「それは一理あるな」
どうやら誤魔化しの適当な言葉で納得してもらえたようだ。
ダメだったらどうしようかと思ったよ。
「さしずめ、新しく発見された3層が気になってしょうがないというところか」
そうじゃないんだけど……
まさか6層のクリアを目指してるなんて言えないしなぁ。
遠藤大尉の言葉を否定すると嘘くさくなるし。
勘のいい大尉なら何かあると感づかれかねない。
「興味があるのは、うちの面子ですよ。熱心に3層を探索してるでしょ?」
「そうだな。ブラッドブルがいるおかげで上の階層ほど、はかどってはいないが」
「しょうがないでしょう。命あっての物種ですからね」
「そりゃごもっとも」
「という訳で、俺たちはフォローに回ってます」
ウソだけど。
まあ、ウソも方便って言うからね。
「それで昨日も3層で見かけなかったのか」
「では、2層で待機しているのですか?」
遠藤大尉が俺のウソに納得しかけたところで大川曹長が追及してきた。
しつこいと嫌われるよ、まったく。
「待機はしませんよ。適当にグルグル回って狩りをしてます」
「それではフォローにならないじゃないですか」
「そこは、これを使います」
ポケット経由で次元収納から呼子を取り出した。
「笛ですか?」
「魔道具の、ですけどね。魔力を込めて吹けば、これではなく親機の方で音が鳴ります」
「そのようなものが……」
唖然とする大川曹長。
「へえ、面白いものを作ったもんだ」
遠藤大尉は興味津々である。
「言っておきますが、これは売り物じゃないですからね」
「つれないなぁ」
「見た目や機能ほど単純じゃないそうなんですよ。ドワーフの秘術が使われていて門外不出だとか」
「なんだ、張井が作ったんじゃないのか」
「そうですね。そこまでの技術があるなら、もっと積極的に魔道具を作ってますよ」
実際は異世界のダンジョン産だったりする。
念話よりも魔力の消費効率が良いので向こうでは別行動するときに重宝した。
魔族は念話の逆探知とか盗聴なんてしてきたからね。
この魔力呼子なら気付かれにくい上に盗聴もできない。
こちらもやり取りをするには2組用意する必要があったり、簡単な符丁でのやり取りしかできなかったけど。
とにかく、ドワーフの秘術ということにしたけど高度な魔道具の技術が使われたものをおいそれと譲ったりはできない。
たとえ9桁を超える金額を積まれてもね。
「そりゃ残念だ」
こんな感じで、どうにかこうにか遠藤大尉たちの絡みから逃れられた。
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昨日マーキングしたポイントに転移してきた。
『あれー? なんか変だよー』
真利が念話で話しかけてきた理由は俺も英花もわかっている。
『真利よ、気配が昨日とは違っていると言いたいのだろう』
『うん。昨日は無数に魔物がいた感じなのに今日は静かになってるのって変だよねー』
『ダンジョンなんてそんなものだぞ。一夜明ければ魔物の分布がガラッと様変わりしていたとしても不思議じゃない。倒してもリポップするのが普通だからな』
『涼成、今回の場合はそうではないと思うぞ』
『そうだな。電気クラゲの群れの上に来たのがトリガーになって無数の魔物に囲まれてしまったし、罠がリセットされたのかもしれないな』
『えーっ!? それじゃあ同じコースで進めば、また昨日みたいなことになるのー?』
『電気クラゲの居場所くらいは変わってると思う』
『コースを変えると昨日の二の舞になりかねんという訳だ。だとすれば、ここのダンジョンコアは陰険な策士かもしれん。どこもかしこも罠だらけだと疑心暗鬼に陥る恐れが出てくるからな』
『でも、向こうの思い通りに行くかなー? 罠とわかっているなら裏をかけばいいんじゃないのー?』
『裏をかいたつもりでも向こうの思惑通りになることだって無いとは言えないぞ』
楽観視している真利に対して英花は慎重な姿勢を崩さない。
『そうやって意見が対立するのも向こうの思惑かもな』
『仲違いさせて連係を崩すつもりか』
『そういうことにはならないよねー』
『だとしても時間は浪費することになる』
『うわー、二重三重に仕掛けしてるんだ。陰険ー』
『そこまでするなら何処に向かっても進路上には電気クラゲがいる恐れもあるな』
『たぶん、それはないぞ』
『何故だ?』
『リソースが足りると思うか?』
『納得した』
『じゃあ、どっちに向かうかだねー』
『たぶん今日も罠が発動するけどな』
『なにっ、どういうことだ!?』
『電気クラゲを移動させれば、どうだ?』
『奴らは我々の移動速度に追いつけないだろう』
『自力ではね。海流を利用すればいい』
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