297 6層探索2日目・誤算だった
色々と電気クラゲのことを念話で話していたが、奴らはまだ俺たちのいるところまで上がってこない。
『こっちから行っちゃおうかー?』
怖いもの知らずというか何というか真利は初めて相手をするはずの魔物なのに大胆だ。
『やめておけ。そんなことをするくらいなら迎撃準備を進めておいた方がマシだ』
『あ、肉弾戦じゃなくて魔法で殲滅しちゃうんだー』
『そう言う真利は斬りかかるつもりだったな』
十手剣を構えていたし間違いないだろう。
『えへへ、まあねー。ちょっと試してみたいことがあったから』
『試してみたいこと?』
『熱に弱いんだったら焼き切ったらどうなるのかなって』
『それなら再生はしない』
『あ、知ってたんだー』
『そりゃあ、異世界で戦ってきたからな』
『言っておくが、あの数を相手に接近戦を挑むなど非効率だぞ』
『えー? でも、水中だと火の魔法は使えないよね』
英花の忠告に首をかしげる真利。
『火ではなく熱なら関係ない。自分だって焼き切ろうとしていたではないか』
『あ、そっかー』
どうも緊張感が削がれるというか何というか。
真利は絶妙なタイミングで天然ぶりを発揮してくれるよな。
『で、どうやって電気クラゲを退治するのー?』
『一個所に集めて煮沸させるだけの簡単な仕事だ』
『どうやって集めるのー? それに煮沸させるってどうやって?』
『集めるのはトルネードの魔法で上からかき混ぜてだな。煮沸は水の温度を上げるだけだよ』
真利は小難しく考えていたみたいだけど実にシンプルだと思う。
その方が成功率も上がりやすいからね。
欠点があるとすれば魔力を大量に持っていかれることだけど、浮いてくる電気クラゲの数を考えれば魔力の消費効率は悪くないはずだ。
さっそく実行に移す。
トルネードは規模が大きいので英花と真利が担当。
煮沸の方は俺がやることになった。
順番としては俺の方が先に始めるんだけどね。
効率よくやるために漏斗を逆さにした形状の結界で区切った上部の海水を熱していった。
かき混ぜられると温度が下がってしまうのが難点か。
だが、それも結界で囲っているので一気に下がることはないはず。
熱し続けなければならないけどね。
かき混ぜられた海水が結界上部から噴き出して竜巻に吸い上げられていく。
思った以上に吸い上げられる海水の量が多い。
熱するのが追いつかないくらいだ。
これは予定変更だな。
熱湯で茹で上げるのは無しだ。
『涼ちゃん?』
俺が海水を熱するのをやめたことに気付いた真利が声をかけてきた。
英花は何も言わずに俺の方をチラ見しただけだ。
俺が何をしようとしているのか気付いたかな。
『そのまま続けてくれ。海水を熱するのは非効率だから、やり方を少し変える』
『わかったー』
返事を聞いた俺はウェットスーツのモードを高速移動に切り替え海面へと勢いよく上昇していく。
勢いよく海から飛び出す格好になったが、そこで終わりではない。
飛空の魔法を使ってさらに上昇する。
竜巻に巻き込まれそうになるが、そこは結界で遮断しつつ上空で待ち構える。
そして、海水とともに電気クラゲが結界から吐き出された。
そのまま竜巻の風に乗って螺旋を描くように上へ上へと飛ばされてくる。
ここで俺は火炎放射の魔法を使った。
魔法で生成した圧搾ガスでこれまた魔法で生成した燃料を噴射させつつ着火するものだ。
原理は火炎放射器と同じである。
というよりイメージしたのはそのものだ。
何しろ、ぶっつけ本番のでっち上げ魔法だったからね。
魔法で水や氷が生成できるならガスや燃料もできないはずがない。
いささか暴論のような気もしたけれど、できてしまったのだから正論だろう。
無理が通れば道理が引っ込むとツッコミを入れられそうだけど、そもそも魔法が存在すること自体が道理を引っ込める無理だからね。
このくらいは問題なしってことにしておこうじゃないか。
火炎放射の魔法は竜巻に巻き込まれて広がっていった。
海水も含まれてはいるものの簡単には消えない燃料をイメージした火炎放射の方が強かったようだ。
次々と電気クラゲたちが、しぼむように燃えていく。
ドロップアイテムも火炎放射の餌食になるかと思ったが、そちらは燃える前にミケが念動の魔法で竜巻の外へと引っ張り出してくれている。
無理やり放り出していると言った方がいいかもしれないが。
それでもコントロールは正確だ。
俺が用意した影収納の影に向けて正確に飛ばしてくれているからね。
次元収納があるから滅多に使わないスキルだけど、こういう時は重宝する。
『ナイスだ、ミケ!』
『ありがとうございますニャ』
その後も電気クラゲどもを燃やし続け、どうにか全滅させることに成功した。
そんな訳で英花たちのいる海中へと戻る。
『お疲れ』
一息つこうと英花や真利に労いの念話を送ったのだけど。
『呑気なことを言っている場合ではないぞ、涼成』
英花から返ってきた念話は警鐘の言葉であった。
すぐに気持ちを切り替える。
どうやら大量の電気クラゲを殲滅したことで気を抜きすぎたようだな。
索敵はするまでもないほど無数の気があちこちから迫ってきていた。
『四方八方からとはシャレにならんぞ』
今まで姿を現さなかったのは何なのかと問い詰めたくなるくらい大量の魔物が押し寄せてこようとしていた。
『どうしてこうなった』
『電気クラゲを攻撃したからじゃないかなー』
『トラップの発動トリガーになったという訳か』
真利の発言から英花がそんな推測をした。
確かに、あの数の電気クラゲは異常だったと言える。
本来なら戦っている間に他の魔物どもが押し寄せてきて挟み撃ちになっていたのだろう。
俺たちは短時間で処理してしまったからダンジョンサイドの筋書き通りにならなかったけれど。
それでも全方位から囲うように大量の魔物が迫ってきている事実は覆しようがない。
『電気クラゲは完封できたが、これはそうもいかんだろう』
さっきのは電気クラゲが無抵抗に等しかったから狩りというよりは清掃に近い感覚だった。
今度は足が速く凶暴なソリッドマーリンもいるだろうし、そう簡単にはいかないだろう。
数の力に押し負けるのが目に見えている。
これなら見上げるような大物1匹を相手にする方がまだマシだ。
多勢に無勢というやつだね。
俺たち自身はレベル70で防御力も相応にあるんだけど、ウェットスーツの方が耐えられないと思う。
防刃や強靭の付与があっても限度があるからね。
『これは早々に撤退した方が良さそうだな』
『えっ、ひと当てふた当てくらいしていかないのー?』
向かってくる速度が違うから真利の言うようなこともできなくはないとは思う。
しかしながら、少しでも手間取れば怒濤のごとく魔物が迫ってくることを忘れてはいけない。
『そういうのは想定外の事態が発生しても余裕で対処できる時だけにしておくべきだぞ』
『私も同意見だ。なめてかかっていい状況ではない』
『そっかー。うん、わかったよ』
俺と英花の言葉で真利も抗弁することなく、すぐに納得してくれた。
『でも、どうやって脱出するのー? やっぱり手薄なところを一点突破とかかなー?』
『いいや、空からだな。囲みを抜けたら監視用ゴーレムを投棄して6層から撤退する』
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