295 6層探索2日目・認識にズレあり?
今日も今日とて6層の探索だ。
まあ、まだ2日目なんだけどね。
「いよお、張井」
「どうも」
受付に向かおうとしたところで遠藤大尉に声をかけられた。
「昨日は活躍したみたいだな」
「そうですか? 普通に狩りをしたつもりですがね」
「余裕だな」
「別に余裕はありませんよ」
6層を探索してからアリバイ作りのために5層で魔物狩りをしたからね。
目標分のドロップアイテムを確保するのもギリギリだった。
「よく言うぜ。初めての3層でたんまりと魔物の素材をゲットしてきたそうじゃないか」
「たまたまですよ。ほとんどが1層や2層と同じ魔物でしたからね」
「そうは言うけど赤い牛がいただろう」
「いましたね。外国ではブラッドブルと呼ばれているそうですが」
「そう、それそれ。ミノタウロスより強くて速いそうじゃないか」
「大尉たちは遭遇しなかったんですか?」
「俺たちは空振りだったよ。地上に戻ってくるまで本当にいるのかと皆で話していたくらいだからな」
3層では出現頻度はそう高くないから半日の探索で遭遇しなかったとしても不思議ではない。
「それがダンジョンから戻ってきてみれば、君らの噂で持ちきりだったからな」
「そうなんですか?」
そういえば受付で魔物の素材を出したときに周りにいた冒険者たちに驚かれたような気はするな。
ブラッドブルの角はミノタウロスのそれより大きいからね。
ミノタウロスの上位種なんじゃないかと騒ぎになりかけたくらいだ。
査定の職員が時間をかけて調べた結果、冒険者たちに馴染みのないブラッドブルの角だということになって沈静化したけど。
その後のことは素材の売却をしてさっさと帰ったから知らない。
俺たちが帰った後も騒ぎになっていたとはね。
「例のソロ冒険者を聴取してな」
「えっ、目を覚ましたんですか」
病院でブラッドブルの警告を発した後は意識を失ってそのままだと聞いていたのだけど。
「話を聞くためにポーションを使ったんだよ」
「太っ腹ですね」
「上層部の判断だから俺が太っ腹というわけじゃない。それにお台場ダンジョンで未知の階層の情報を得るためだから俺も間違っているとは思わんさ」
言われてみれば確かにそうか。
「それはともかく、聴取後は一騒動だったそうだぞ」
「大尉がじかに聴取した訳じゃないんですね」
「当たり前だろ。その時間帯はここの3層でマッピングしながら魔物と戦ってたさ」
そりゃ、そうか。軍隊なんだし何でもかんでも遠藤大尉がする訳じゃない。
聴取に行ったのも専門の部署の人間だろう。
「それで一騒動って何があったんです?」
「聴取した話の内容がヤバすぎたんだよ。それで上が動揺してな。俺たちを呼び戻せとか言い出す者までいたらしい」
「ヤバすぎるって……」
ちょっと想像がつかない。
「一体、どんな話を聞いたんです?」
ブラッドブルよりも危険な魔物は3層にはいないんだけどな。
それどころか4層や5層にだっていない。
出現頻度が変わるだけで同じ種類の魔物たちが出てくるだけだからね。
「赤い牛はミノタウロスより危険だってことだよ。ソロ冒険者は吹っ飛ばされて死にかけたがポーションを飲んでどうにか即死だけはまぬがれたんだとさ」
なんだ、そんなことか。
俺たちが把握していない何か危険な情報を握っているのかと思ったじゃないか。
「その冒険者の運が良かったとは思いますけどヤバすぎますか?」
ブラッドブルから追撃を食らわなかったのは、おそらくセーフエリアまで飛ばされたからなんだろう。
それでも両脚を骨折して移動ができなかったせいで飢えとの戦いになった訳だが。
「下手すりゃボス並みだなんて言われて動揺しない奴がいると思うか?」
「大尉はしないんじゃないですかね」
「それはお互い様だろう」
遠藤大尉が不敵な笑みを浮かべる。
「とにかく、ブラッドブルが出没するから3層はヤバいってなってる」
「よく封鎖されませんね」
「張井たちが普通にアレのドロップアイテムを持ち帰ってきたからだろ」
「あー、身内も持ち込みましたか」
特に報告は受けていないので初耳だ。
油断は禁物だが普通に狩れる魔物なので何も言ってこないのだろう。
今日はこんな魔物を倒してドロップアイテムをゲットしましたなんて言ってくる方が何かあったのかと勘繰ってしまうと思うし。
「君らは本当にマイペースだな。おかげで神経質になっていた一部の上を黙らせることができたんだが」
呆れられているのか褒められているのか、よくわからないな。
おそらく両方だと思うんだけど。
一応は感謝されているのが感じられるので文句を言うつもりはない。
英花は憤慨しているのを真利になだめられているような状態だけどね。
「今日も3層に行くんだろ?」
「さあ、どうでしょうね。あんまり入り浸ると勘違いする連中がいそうで怖いんですけど」
俺がそう言うと遠藤大尉は表情を渋らせた。
「だよなぁ。そんなに簡単に倒せるなら噂ほどじゃないのかなんて思われるのが一番ヤバい」
「ここは、そういうお調子者が少ない方だからマシだとは思うんですけどね」
「そうなのか?」
「元々ここは難易度が高くて有名だから慎重派が多いんですよ。遭難したソロ冒険者だってよそ者でしたよね」
よそ者は俺たちもなんだけどさ。
「なるほどねえ」
「それでも何組かは顔を覗かせに来るとは思いますが」
「参ったね。どうしたものか」
「冒険者は自己責任じゃないですか。注意喚起で充分だと思いますよ」
「こっちも人員を余分に回す余裕はないし、それくらいしかできないだろうなぁ」
途方に暮れた顔をする遠藤大尉である。
本心では注意喚起以上に手を尽くしたいと思っているようだ。
「うちの面子も3層に行くでしょうから、何かあったら対応してくれると思いますよ。できる範囲での話ではありますが」
「ああ、そうだったな。助かるよ」
ここで時間切れとなった。
「大尉、受付終わりました。行きますよ」
大川曹長が遠藤大尉を呼んだのだ。
「おう。いま行く」
振り返って返事をした遠藤大尉が再びこちらを見た。
「そういう訳だから先に行くぜ」
「お気をつけて」
遠藤大尉たちが去り、俺たちも受付へと向かった。
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前日に斥候代わりに残しておいた監視用ゴーレムで周囲の状況を確認しつつダンジョン内を転移した。
今日は予定時間ギリギリまで行動するつもりだ。
よくよく考えたら次元収納に在庫があるからアリバイは余裕で作れる。
『この海、広いよねー』
真利がふとそんな感想を漏らした。
『それなんだがな』
重苦しさを感じさせる念話を英花が送ってきた。
『どうした?』
『もし私の予想通りなら、ここは他の階層よりもさらに広いはずだ』
『そうなのー? どのくらいかなー』
『下手をすれば十倍以上はあるかもしれん』
『ええーっ!?』
飛び上がらんばかりに驚く真利だ。
『涼成は驚かないんだな』
『俺も同じことを考えていたからな。ここは通常の階層ではなさそうだ』
『通常の階層ではないってどういうこと?』
『ここは他の階層もやたらと広いだろう。しかも階層が深い』
『うん、そうだねー』
『そういうダンジョンは中ボスが出ることが多いんだ』
『えっ!?』
意外な話だったようで真利は驚いて固まってしまった。
異世界での経験や知識がないから無理もないのか。
読んでくれてありがとう。
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