294 海の魔物は強めでした
遊泳モードで6層の海の中を進む。
視界はクリアだ。
『ずいぶん来たけど何にもないねー』
真利がつまんなさそうに念話を送ってきた。
『油断するな、真利。こういう状況が奇襲には効果的なんだ』
英花が注意をうながす。
『えー、でも何もないよー』
確かに見渡す限り視線を遮るものはない。
障害物すらないのだから緊張感が保てなくなるのも無理からぬことなんだろう。
『幻影をまとったり光学迷彩で隠れ潜むことだってできるということを忘れるな』
『あ、そっかー』
今頃になって気付いたようで真利は照れ笑いしている。
しっかりしてくれよと思ったが、これが真利のペースなのだから仕方あるまい。
『それにしても変だな』
『どうした、涼成。何が変なんだ?』
『おかしいと思わないか? こう何もないのは異常事態だと思うんだが』
『言われてみれば、そうだな。まるで嵐の前の静けさだ』
『怖いこと言わないでよー。たまたまってこともあるんでしょー?』
『無いとは言わない』
レアな部類だとは思うけど。
『その言わない方が当たったようだぞ、涼成。お客さんだ』
英花の言ったとおり何かが急速に接近してくる気配がある。
気配から感じる存在感からするとボスって感じじゃなさそうだけど、この速さは普通じゃない。
『いきなり強そうなのが来たな』
最初は小さな点のようだった魔物の姿がみるみる大きくなっていく。
真正面から見るとさほどでもないように見えるけど、千里眼で確かめた姿は初っ端に出くわしたくない大きさの魔物だった。
『いきなりソリッドマーリンかよ』
『なにっ』
俺の愚痴じみた念話に英花が過剰とも言える反応をする。
『涼ちゃん、ソリッドマーなんとかって何? そんなに危険な魔物なのー?』
何も知らない真利が聞いてくる。
『説明は後だ。来るぞ!』
海の中とは思えない速度で迫る魔物が相手じゃ悠長に説明している暇はない。
『ええっ? ええ~っ!』
俺たちの念話に気を取られている間に近くまで接近していたソリッドマーリンの群れを見て泡を食う真利。
これが普通の冒険者なら致命的な隙になるところだが、真利も修羅場は何度もくぐってきている。
凄まじい勢いで突進してくるソリッドマーリンの1体が自分に的を絞っているのを見て取ると十手剣を逆手に構えて魔力の刃を形成させた。
そしてギリギリまで引きつけてソリッドマーリンの横をすり抜けるようにかわす。
高速で泳ぎ抜けていったソリッドマーリンだったが、次の瞬間にはドロップアイテムと化す。
真利がソリッドマーリンの鋭く円錐状に伸びた角のような部分をかわしながら魔力の刃で受け流すように斬りつけていた。
相手の勢いを利用して致命傷を負わせた訳だ。
俺や英花も同じようにソリッドマーリンを倒している。
ただ、向こうは群れだ。
1回ではすべてを倒しきれない。
高速で離脱していったが逃げた訳ではなく距離を取っただけ。
旋回して再び突進攻撃をしてくるのは間違いない。
奴ら、しつこいからね。
『また来るぞ』
『終わりじゃないのー!?』
『奴らは一撃離脱の突き刺し攻撃専門なんだ。攻撃が当たらなかったら距離を取る』
近いとトップスピードに乗せられず攻撃力が低下するからね。
常に最大の攻撃力で敵を屠ろうとする。それがシーランサーの異名を取るソリッドマーリンだ。
もちろん極めて危険な魔物である。
俺たちはあっさり倒してしまったけど水中戦装備がなければ、もっと際どい戦いになっていただろう。
英花が過剰反応したことからもわかるように決して油断していい相手ではないのだ。
例えば、遠藤大尉たちが水中戦装備なしに戦ったとしたら魔法を使ってどうにか勝負になるといったところか。
俺たちのように接近戦を挑んでいたら、どう贔屓目に見積もっても大怪我はまぬがれないだろう。
地に足がつく分、ブラッドブルの方が与し易いと思う。
水中でも地上と同じように動けるのであれば脅威度はブラッドブルと同等だろうか。
ちなみにマーリンというとカジキのことだが、このソリッドマーリンはカジキの外見的特徴である細長い刺突剣のような部位が異常発達して馬上槍のようになっている。
異名もそこから来ている訳だ。
見た目だけじゃなく威力もそれに相応しいものがあるからね。
さて、ソリッドマーリンどもがUターンしてきたな。
何度も往復待ちなどしていられないので一気に方を付けさせてもらおうか。
『面倒だから魔法を使う』
『わかった。何を使うつもりだ?』
英花が了承して質問してくる。
『影の茨だ』
『えー、でもアレは影がないと使えないよー?』
俺が返事をすると真利が困惑しながら聞いてきた。
『つまり、影になるものを我々が用意すればいいのだろう』
『そっか。お手伝いだねー』
英花の言葉で真利も何の魔法を使えば良いかわかったようだ。
そして、2人はビー玉サイズの暗黒球を無数に放つ。
周囲を照らす光球とは正反対の魔法で暗闇をもたらす。
今回のサイズでは数が多くても真っ暗闇になることはないが、それでいい。
影魔法の補助に使うためのものだからね。
『準備オッケーだよー』
『来るぞ!』
英花が警告を発するタイミングで影の茨を発動させる。
するとビー玉サイズの暗黒球からいっせいに矢ほどの大きさの突起が飛び出した。
ミニチュアの槍衾といったところか。
ソリッドマーリンがどれほど巧みに泳いですり抜けようとしても無駄だ。
奴らが通り抜けられないよう暗黒球の配置は縦横の間隔は絞っている上に何段構えにもなっているからね。
仲間を盾にして影の茨を減らそうとしても無駄である。
影の濃さによって影の茨の強度は決まるが暗黒球から生じさせたものは簡単に折れたり消えたりはしない。
前にいるソリッドマーリンが串刺し状態で通った後もしっかりと残る。
濃い闇の暗黒球を的確に配置してくれた英花と真利のファインプレーと言えよう。
かくしてソリッドマーリンの群れは全滅した。
大量の高級魚肉ゲットだぜってね。
『ホントに槍みたいだねー、この角』
『真利よ、それは角ではない。吻だ』
『へー、フンって言うんだー』
『接吻とか吻合という言葉があるだろう。その吻だ』
『セップン、フンゴウ……』
しばし考えこんでいた真利だったが。
『ああ、うん、わかったよー。珍しい字を使うねー』
『口とか鼻周りが発達した生き物に使われるけどな。ゾウとかチョウチョとか』
『へー、知らなかったー』
『それは私も初耳だな』
『俺も異世界で初めて知った』
魔物のことを調べている最中にね。
『何にせよ、これはどちらも売れないな』
『仕方あるまい。我々がここに来ているのは秘密なのだから』
『後で5層の魔物を狩ってアリバイ作りしておかないとな』
5層は3層と同じ魔物が出没するが出現頻度が上がっているので短時間でドロップアイテムを集めることができるからね。
『今日はこれくらいにしておくのか』
『ああ。斥候用のゴーレムをマーカーにしておけば続きもいけるだろ』
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