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292 遭難者は運が良いのか悪いのか

『虫の息の冒険者を発見しましたニャ!』


 誇らしげにビシッと敬礼を決めて報告してくるミケ。


『そんなのは近くにいる冒険者に任せておけ』


 空気を読まないミケをどやしつける寸前だった英花は機嫌が悪く、にべも無く丸投げを命じていた。


『無理ですニャ。3層のセーフエリアでぶっ倒れてますニャー』


 3層は隠し階段を通らねば行けない。

 ブラッドブルという厄介な魔物が出てくるので、あえて冒険者事務所には報告していなかった。

 トリッキーな隠し階段だったので他の誰かに発見されるまで時間がかかるだろうと思っていたのだけど、想定よりもずっと早く発見されてしまったな。

 まあ、ウィンドシーカーズがうちの身内になる前に見つけていたので、あり得ない話ではない。


 誰かは知らないが3層を発見してすぐに引き返さなかったのだろう。

 欲張ったのか調子に乗ったのかは知らないけれど、判断を間違えていたことだけは間違いない。


『ええい、面倒な』


 忌々しいと言わんばかりの顔を覗かせかけた英花だが、俺の視線を受けてどうにか引っ込めた。

 他の誰かに気付かれていたら変に思われるところだ。

 ハッキリ言って独り言を呟いている方が無言で表情を変えるよりマシかもしれない。


『今なら、まだ助かるんだろう?』


『そうですニャ。命に関わる怪我はしていませんが飢餓状態はどうしようもないですニャ』


『そんな状態になる前に引き返せと言うのだ、まったく』


 この場にいない相手に文句を言う英花。

 虫の居所が悪いな。


『無理じゃないですかニャー。脚を両方とも骨折してますニャ』


『それで他に怪我がないのか?』


 思わず聞いてしまったさ。


『無いですニャン。服が所々破れて怪我をしていた痕跡はありますがニャー』


『ポーションでも使ったのか』


『それで骨折を治すには至らなかったと?』


『使ったのは安物なんだろうさ』


 俺たちが作るようなポーションと比較すれば段違いで効果が薄かったものと思われる。

 市場に出回っている安物は骨折を治せないことが多いからね。


『何にせよ助けないという選択肢はないな』


『仕方あるまい。死なれると寝覚めが悪くなる』


 英花の表情は渋いままだ。


『どうせなら2層に戻ってから倒れろと言うのだ』


 不機嫌なのはそれが理由か。

 3層のことは、まだしばらく伏せておくつもりだったから理解できなくはないんだけどね。

 大勢の他人が関わることだから何でも自分たちの思い通りに進められるものじゃない。


『たとえそうなったとしても3層が発見されたという事実は残るぞ。今はそれを踏まえた上で先のことをどうするかを考えるべきだろうな』


『もう、涼ちゃんも英花ちゃんも何を言ってるの! まずは救出が先でしょー』


 真利が頬を膨らませて睨み付けてきた。

 言っていることはもっともだが他の冒険者に不審な目で見られてるぞ。

 指摘するとパニックを起こしかねないのでスルーしておくけど。


『別に俺たちがじかに救出する必要はないだろ。今から俺たちが受付して潜るより、すでに潜っている身内に任せた方が早い』


『そっか、そうだね』


『ミケ、近くにいる身内なら誰でもいい。救出に向かわせろ』


 英花がミケに指示を出す。


『御意ですニャン!』


 毎度のごとくシュバッと消えるミケであった。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 救出された冒険者が救急車に運び込まれていく。


「兄貴ぃっ!」


 先程から何度も素人冒険者が呼びかけているが返事はない。

 それだけ衰弱しているからだが飲まず食わずで何日もセーフエリアで取り残されていたのだから無理もないだろう。

 一般人なら生存は奇跡と言われるところだけどね。

 ソロでお台場ダンジョンに挑めるだけのレベルがある冒険者だったので体力的には大丈夫だったようだ。

 まあ、両脚は骨折して歩ける状態じゃなかったけど。


「運のいい奴だな」


「ホントだよ。セーフエリアで発見されたんだって?」


「らしいな。それなら魔物に襲われずに済む訳だし」


「けどよ、見つかったのは3層だろ? 未発見だった階層だからそのまま死んでたっておかしくなかったんだよな」


「だから運がいいんだよ」


「ああ、それも込みの話か」


「見つけたのは魔王様の身内だって?」


「エルフ女子だってよ」


「もしかして背の高い?」


「そうそう。スゲー強いんだってさ。見たらびっくりするらしいぞ」


「魔王様んとこは全員が強いって」


「だよなぁ」


「それよか遭難した奴の運の良さの方が驚きだよ」


「ダンジョンで遭難するような奴がいい運してる訳ないっての」


「いやいや、土壇場で助かってるんだぞ。運がなきゃ死んでるって」


「病院送りになった奴に運があるって言われても、イマイチ納得できねえんだよ」


「奴は隠し階段を見つけてるぞ。やっぱ運がいいと思うけどな」


 野次馬と化していた冒険者たちは他人事なので好き勝手に喋っていた。

 悪意は感じないので腹立たしい思いはしなかったけどね。

 ただ、もうちょっと兄思いの弟を労うような言葉があっても良かったんじゃないかと感じている。


「何にせよ助かって良かったー」


 まだ病院で処置を受けた訳でもないのに真利は気が早い。

 まあ、助かるとは思うけどさ。


「後は弟の方がどういう処分を受けるかだろうな」


「そこは俺たちが関知するところではないさ」


 互いに思い合う兄弟なんだから、きっと何とかするだろう。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 開けて翌日。


「いよお、お台場で隠し階段が見つかるとはスゲえよな」


 お台場ダンジョンの冒険者事務所に入るなり声をかけられてしまった。

 こんな風に馴れ馴れしく声をかけてくる知り合いは限られている。


 そう、遠藤大尉である。

 八丈島の時と違って難易度が高いダンジョンで隠し階段が発見されたのだ。

 調査にもそれ相応の人員が送られてくるのは当然のことである。

 おかげで英花の機嫌は悪い。


「そうですか?」


「つれねえなぁ。こんな広いダンジョン他にないだろう」


 フィードルダンジョンを除けばね。


「発見するのは困難だとは思いますけどね」


「張井はドライだなぁ。もっと発見者をたたえてやろうぜ」


「無茶した奴を褒めてどうするんですか。発見して早々に戻っていれば弟が騒ぎを起こすこともなかったでしょうに」


「おっ? なんだ、知り合いか?」


「そんな訳ないでしょ。昨日、弟が騒いでる場に居合わせただけですよ」


「遭難した兄のために試験を受けて冒険者になったんだって?」


「そのようですね。ずいぶんと騒ぎ立てて警備兵に連行されましたよ」


「おおっ、そりゃ無茶したな。兄弟そろって無鉄砲な奴らだ」


「そのようですね」


「君らも3層に行くなら気をつけろよ。相当ヤバい魔物が出るみたいだからな」


「そうなんですか?」


 ブラッドブルのことだとわかってはいるが、すっとぼけるしかない。


「正体は不明だから油断するなよ。どうやら赤い牛らしいんだが」


「見てきた訳じゃないんですよね」


「それはこれからだよ。遭難者が意識を取り戻したときに赤い牛に気をつけろと言ったそうでな」


「赤い牛ですか」


「すぐに気を失ったから、それしかわからんそうだが」


「ミノタウロスの上位種とかですかね」


「わからんよ。そこは現場で確認するさ」


読んでくれてありがとう。

ブックマークと評価よろしくお願いします。


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