289 訓練のはずが……
(どうしてこうなった)
思わずボソッと呟いてしまう。
水中戦装備の慣熟訓練のために九頭龍神社の神境を訪れたはずなんだけど……
〈雷神剣!〉
〈天空斬!〉
目の前の大型モニターから音声が発せられた。
輪転堂の最新ゲーム機であるステッチの人気ゲームBSファイトでライバルキャラと主人公キャラが使う必殺技の掛け声だ。
BSファイトとはBambooSwordファイトの略であり竹刀を使った架空の世界での戦いが繰り広げられる格闘ゲームである。
キャッチフレーズは「超剣道の世界で頂点を目指せ!」だ。
必殺技が飛び交う時点で誰の目にも明らかだが普通の剣道ではない。
武器を使いながらも血飛沫が飛ぶようなことがないためか、格闘ゲームを苦手にしている人々の中にもハマっている者がいるという。
で、俺は今そのBSファイトの2プレイヤーとして主人公キャラを操作していた。
1プレイヤーは人化した青龍様である。
「隙ありだと思ったんだけどなぁ。相殺されてしまった」
青龍様がボヤく。
「大ボタンで必殺技を使うからですよ。発動までラグがありますから完全に体勢を崩してからでないと簡単に相殺されますよ」
「そっかぁ」
青龍様の操作するライバルキャラがすり足で接近してきた。
「それに距離もありましたから相殺は簡単ですよ。至近距離なら小中ボタンでは相殺しきれなかったと思いますけど」
「なるほどなるほど」
間合いに入るやいなやバシバシと竹刀を打ち合う。
「でも、至近距離だと──」
〈雷じ──〉
必殺技の構えに入ったライバルキャラの小手に主人公キャラの竹刀が当たり構えが崩される。
当然、必殺技はキャンセルされた。
「こんな風に潰されやすいです」
「ぐぬぬ」
追撃はしていないのでライバルキャラは体勢を崩しただけだ。
少し待つだけで体勢を立て直した。
レバーをガチャガチャさせれば、その時間を短縮させられるんだけどね。
再び竹刀による剣戟が始まった。
そんな中でもライバルキャラが間合いを詰めてくる。
「ここだ!」
ライバルキャラがライン移動で軸線をずらしてきた。
単調な攻撃の応酬が続いていたため俺の操る主人公キャラは空振りして体勢を崩してしまう。
「もらった!」
大ボタンでの面打ちか。
一発KOもあり得る必殺技以外では最大の攻撃と言っていい。
俺はレバーをガチャガチャさせて体勢を立て直しガードボタンを押した。
間一髪で鍔迫り合いになる。
「なにぃっ!?」
「レバガチャで体勢を素早く立て直せますからね。大ボタンの面打ちでなければ間に合ってなかったですけど」
「まだまだぁ」
そのままガードボタンの連打合戦が始まった。
キャラが押し合いで前に後ろに動く。
押し負ければ弾き飛ばされてダウンするのだが、連打が互角であれば数秒の後に鍔迫り合いの状態は解除される。
互いに弾き合って後ろに飛び退り距離が取られた。
ここでタイムアウト。
1プレイヤーの判定勝ちだ。
俺のキャラは小手を決めていたが、それ以前に何度かダメージをもらっていたからね。
1本勝負なので、ここで敗北が決定する。
「それじゃあ、俺たちは芦ノ湖で訓練させてもらいますね」
コントローラーを置いて腰を浮かせかけたところで。
「もう1回。もう1回だけ」
拝むようなリクエストをされてしまった。
本気で戦わないと気が済まないということか。
あからさまな接待プレイだったからなぁ。
ただ、本気でやったとして1回で終わる保証はない。
「これで何回目の「もう1回」ですか?」
すでに何度も対戦しているのだ。
「うっ」
俺に指摘されて気まずそうにするくらいにはね。
その度に「もう1回」で再戦となったので辟易しているところである。
この調子だと青龍様が勝つまで「もう1回」になるのは誰の目にも明らかだ。
現に英花だけでなく真利まで、ゲンナリした顔を隠そうともしていない。
「そのくらいにしておくのだな、青よ」
人化した金竜が呆れ顔で制止してくれた。
「うぬぬぬぬ」
悩ましげに苦悶の表情を見せる青龍様がうなっている。
「今のうちに行くのだ。結界は展開済みだから心配はいらぬ」
「いつの間に……」
「お主がゲームをしている間よ」
「マジですか……」
芦ノ湖全体を覆う結界は、その規模故に龍神様たちが協力し合って構築するのだと聞いていたのだけど。
「負担が集中せぬよう我ら全員で構築しているだけだ。分散させればゲームをしながらでも処理できる」
「お見それしました」
「気にすることはない。それよりも青がうなっている間に行くのだ」
「はい」
俺たちは金竜様にうながされて神境内の社殿を出た。
外に出たところで人影がゆらりと現れる。
「遅かったな。青に引き止められたとか」
「白龍様ですか」
「いかにも」
うなずく白龍様の髪の色は白い。
青龍様は青髪で金竜様は金髪だった。
実にわかりやすいね。
「この間は助かった。改めて礼を言う」
礼を言うためだけに自分の神社を離れ姿を見せるとは律儀なことである。
「いえ、自分たちにとっても必要なことでしたから」
「そうか。しかし我ら一同、本当に感謝しているのだ」
「その気持ちしかと受け止めました」
「かたじけない」
一礼した白龍が顔を上げると、それまでより柔和な顔つきになっていた。
「時に猿田彦殿から聞いたところによれば水中での戦いに備えた鍛錬を行うとか」
「ええ。使ったことのない装備ですので不覚を取らないよう習熟しておく必要があるんです」
「ならば相対する者も必要であろう」
「あー、それは自分たちで何とかしようと思っているんですが」
「その場合、連携はどうするのだ」
そこを指摘されると痛い。
3人で連携するとなれば仮想敵がいなくなるからね。
「ならば我が相手をして進ぜよう」
「「「えっ!?」」」
俺だけじゃなくて英花や真利までもが驚きの声を上げていた。
「ありがたいですけど危ないですよ。武器は実戦用のものなので万が一の事故とかあったら……」
「心配はいらぬ」
白龍様が不敵な笑みを浮かべると人の姿がぼやけ始めた。
龍の姿に戻って十全に力を発揮できるようにしようというのだろうか。
そう思った次の瞬間。
「ええーっ!?」
真利が驚きの声を上げていた。
無理もない。
白龍様の姿が横にブレたかと思えば、2人に増えていたからだ。
さらに3人4人と増えていく。
「分身した……」
英花でさえ呆気にとられている。
俺も同様の有様だ。
「大した術ではない。諸君らの言う魔力で似せた姿を増やしただけだからな」
言われて目を凝らして見れば確かに魔力の流れが違う。
体の表面は普通に魔力が流れているのに内部は何もない。
白龍様の分身体は体表面だけを模倣した人形のような存在だった。
「空洞のようだ」
そう言ったのは英花である。
俺も同じようなことを言おうとしていたのだが先を越されてしまった。
「左様。少しの魔力でこのような芸当ができる」
分身体が各々異なる動きをし始めた。
軽く組み手をして再び整列する。
「どうかな?」
「良いのですか?」
「もちろんだ。魔力で練り上げた人形だからな」
「攻撃が当たった際に痛みを感じたりはしないということですか」
「感覚を共有している訳ではないからな。単なる操り人形だ」
それを聞いて安心した。
「遠慮はいらぬ。存分に使ってくれ」
「「「ありがとうございます」」」
読んでくれてありがとう。
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