280 イメージと実状
撤退を決めたからにはグズグズしているのは無駄である。
連中が驚いている間に車のところまでピョンピョンと跳んでいく。
遠目で見れば忍者のように見えたかもしれない。
おかげでそこそこ距離があったにもかかわらず数秒で車のそばまでたどり着いた。
だからかインストラクターが唖然としていたけどね。
「連中にからまれると面倒です。さっさと行きましょう」
そう言うと我に返って車を出す準備を始めた。
荷物を積み込み終わったところで角刈り男がこちらに向かってくるのが見えたが俺や英花のように数秒でたどり着くことはできない。
そのことだけでも実力差が大きく開いていることに気付けそうなものだが、そういう気配はまったく感じられなかった。
こういう手合いはまともに相手をするとロクなことがない。
奴がたどり着くまで待つ義理もないので、さっさと車に乗り込んだ。
「あんまりしつこいと脅迫で訴えるからそのつもりでな。慰謝料が高くつくと思うぞ」
窓を開けてそう言い残し車は走り去った。
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「スゴいですね、お客さん」
車を運転しながら痛快なものを見たと言わんばかりにインストラクターが笑顔を浮かべている。
「まるでアニメで見た忍者のようでしたよ」
角刈り男たちを置き去りにした際の跳躍のことを言っているようだ。
忍者という単語を耳にした霊体モードのミケが、忍者イコール自分が馴染んでしまっているせいかドヤ顔をしている。
いや、君のことを言ってる訳じゃないんだぞ。
「上級免許以上の冒険者なら大抵はできると思いますよ」
タンクのようにどっしり構えるタイプなどは難しいと思うけどね。
それ以外でも実力が足りないまま何かの拍子に上級免許持ちになってしまった場合とか。
「へえ~、そうなんですね。島の冒険者なんて口ばっかりですよ」
「彼らを御存じなんですか」
「ええ、アイツら本業は漁師なんですよ。お客さんと言い合っていたのがリーダーの大迫です」
兼業冒険者だろうとは思っていたけど漁師だったとはね。
「島の鼻つまみ者ですよ。横柄なくせに大して強くない口先だけの連中ですからね」
ああ、やっぱり。
「この間なんて、自衛軍に救出される有様でしたよ。どんなヘマをしたのかまでは島の住人に目撃者がいないのでわからないんですが」
ゴブリンとその亜種相手に救出が必要なほどやり込められているようじゃ話にならない。
たとえ想定外の事故があったとしてもだ。
何にしても悪くない話を聞かせてもらえた。
黙らせる方では無理だとは思うが、この情報を上手く使えば連中をコントロールできるかもしれない。
挑発とも言うけどね。
「お客さんたちにまで言いがかりをつけるなど、あってはならないことです」
島民にはずっと迷惑をかけているんだな。
「普段から、あんな感じなんですか?」
思い切って聞いてみた。
「お恥ずかしながら傍若無人に暴れ回っていますよ」
何処に行っても島で唯一の冒険者チームであることを自慢げに語り横柄な態度を取るのだという。
酔った勢いでケンカをするのは茶飯事。
泥酔時には飲み代の支払いを拒むことまであるそうだ。
噂では陰でカツアゲのような真似もしているらしい。
「普通に警察沙汰になってますよね」
インストラクターの言った事例の大半がそういうものだ。
「今まではどれも地元の問題だったので揉み消されているんだと思います」
よそ者である俺たちに暴露するとは迂闊じゃないかと思ったが、インストラクターがウンザリした顔を隠そうともしていなかったので自棄クソになっているのだろう。
外部に漏れることで島の醜聞が広まってしまうリスクなど、もはや知ったことではないと言いたげに見える。
それだけ現状が是正されることを望んでいるという訳だ。
俺たちが連中にからまれているときに口出ししてこなかったのもトラブルになった方が現状が変わるという打算が働いていたと思う。
それについては特に思うことはない。
インストラクターが口出ししていれば騒ぎが大きくなっていただろうし、結果として面倒事になっていただろう。
むしろ、傍観してくれて助かったと思っているくらいだ。
「揉み消すとは穏やかじゃないね」
「駐在は大迫の親戚でしてね」
「うわぁ」
思わず顔をしかめてしまった。
警察関係者の身内が問題行動を揉み消しているなんて典型的な不祥事じゃないか。
外部に漏れないのも当たり前である。
ただ、疑問点もある。
「この島の規模なら警察官は何人もいるんじゃ? まさか全員が親戚なんてことはないでしょうに」
「人手不足ですからねえ」
インストラクターが苦り切った表情を見せた。
「閉鎖されている交番もあるくらいです」
「それは酷い」
開いている所も機能していなかったりするのかもしれない。
天変地異後の離島の現実がこれなのだろう。
「人手は自衛軍から応援で出してもらってるのが現状です」
管轄が違うだろうにと思ったが、この状況でインストラクターがウソを言うとも思えない。
逼迫して形振り構っていられなくなった結果なんだと思うことにした。
この話から推測するに八丈島で勤務する警察官は数名程度だろうか。
さすがに1人ということはないと思いたい。
いずれにせよ少ない人数で業務を回さなければならないのは事実だ。
応援の人手がいるとはいえ各種手続きなどは部外者に任せられるはずもない。
その中で事件があった場合、対応するのも並大抵のことではないだろう。
警察官の1人がその案件を抱え込んで適当に処理したとしても確認しようがないくらいには。
これは俺の憶測にすぎないが、当たらずとも遠からずではないかと思う。
「それでも島外の人には手を出さなかったんですがねえ」
「自尊心を傷つけられたとでも思っているんでしょう」
どう考えても中身のともなわないハリボテのプライドだけどね。
「あー、だったら気をつけてください。取り巻きはともかく大迫はしつこいですよ」
インストラクターは嫌そうな顔で言ったのだが、それはつまり身に染みているということだ。
先程から話を聞いていてずっと違和感を感じていたのだけど今の忠告で確信した。
俺が抱いている角刈り男の印象とインストラクターが話す内容との差が際立っているのだ。
離島のガキ大将みたいなイメージで考えていたけれど、実態は離島の閉鎖性を利用した本物の悪党といったところか。
この差を生んでいるのは何か。
ヒントは先程インストラクターが言った言葉の中にある。
島外の人には手を出さない。
つまり、俺たちに言いがかりをつけてきた時はまだ遠慮があったということだ。
相手にせず無視し続けていれば暴力沙汰にはならないと考えていたけど、どうやらそれは甘かったようだ。
きっと何処かでキレて騒ぎを大きくするに違いない。
考えるだけでゲンナリしてくるんですがね?
「島から出ても追ってきたりしますか?」
「どうでしょう」
インストラクターは首をかしげている。
そこまではしないと断言しないあたりで、やりかねないとは思っているようだ。
「今までは島民とのトラブルしか起こしていませんから」
角刈り男をよく知るはずの地元民でもどうなるかは読めないってことか。
確実に言えるのは揉め事に発展するのが確定しているということだ。
つくづく思うが、どうして俺たちってこうトラブルに巻き込まれやすいのかね。
読んでくれてありがとう。
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