279 小学生か?
「お前らが、よそから来た冒険者か?」
5人組の日焼けした男たちが目の前にいる。
その中で先頭に立つ一番ガタイのいい角刈りの男が睨み付ける視線とともに聞いてきた。
が、俺は答えない。
英花も無視だ。
そのまま荷物を持ってスタスタとインストラクターが待つ車の方へと向かう。
真利などは連中が接近してくる前にインストラクターを手伝うふりをして車の方へ行ってしまったので、この場にはいない。
「おい、待てよ!」
無視されたのがカチンときたらしく声を荒げる角刈り男。
それも無視。
肩でもつかんで止めてくるかなと思ったんだけど、そういうことはなくて肩透かしを食らった。
それでも諦める訳ではなくダダダッと駆け足で俺たちの前に回り込んで来たので迷惑な客であることに違いはない。
俺としては客とも思いたくはないのだけど。
挨拶もなく無礼な物言いをされてるし。
「答えろよっ」
そんな義理は何処にもない。
もちろん義務などあろうはずがない。
故に何も答えることはなく連中の間をすり抜けるように通過した。
体はもちろん荷物も当てないようにしたので文句を言われる筋合いもない。
まあ、向こうは通り抜けただけでケチをつけてきそうだけど。
「このっ!」
連中の背後に抜けても反応できていなかった角刈り男たちだったが、俺たちが何歩か進んだところで、またしても回り込んできた。
今ので実力差を推し量らず自分の目的を遂行するために行動することを優先するとはね。
すり抜ける際に推し量った連中の実力を下方修正する必要があるようだ。
おそらくは角刈り男たちも冒険者なんだろうが、中級免許すら得られていないだろう。
ゴブリンとその亜種ばかりを狩り続けている地元冒険者というところか。
よそのダンジョンには赴いたことなどあるまい。
それどころか地元のダンジョンですら毎日は潜っていないかもね。
昨日も見かけなかったし。
本業持ちの兼業冒険者ってところか。
それが悪いとは言わないが、自分たちの実力を過大に評価しているとおぼしき時点で残念な連中だと言わざるを得ない。
どうせ、俺たちが隠し階段を発見したことを聞きつけて因縁をつけるなどの目的でからみに来たのだろう。
端からそんなところじゃないかと直感していたのでスルーし続けていたのだけど正解だったな。
ただ、今度は両手を広げて通せんぼをしてきたので面倒極まりない。
これも無視して向こう側に抜けることは難しくないのだが、それをしたところで連中はさらに行動をエスカレートさせるだけだろう。
次は拘束でもしようとしてくるかもしれない。
何にせよ人の迷惑を顧みず己の我を押し通そうとするとはね。
お前らは小学生かとツッコミを入れたくなったさ。
行動が子供っぽい分だけチンピラのような雰囲気はないのだけど。
だとしても、まともに相手をしたいとは思えないという点においては同類である。
どんぐりの背比べといったところか。
「俺たちはダイビングの体験ツアーで来た観光客だ。それ以上でもそれ以下でもない」
こう言っておけば地元民であれば下手な真似はできないだろうと考えた。
観光客の不評を買って地元の評判が落ちれば観光客が激減してもおかしくないからね。
ただし、これは常識のある相手にしか通用しない手だ。
小学生みたいな真似をする連中に俺の言葉が何処まで通じるかは今のところ未知数である。
角刈り男の仲間たちはたじろいだ。
一応は常識を持っているか。
一方で角刈り男は動じた様子を見せない。
内心の動揺を隠すためにポーカーフェイスで誤魔化しているのであればいいのだが、そうでない場合は厄介なことになりかねない。
「ただの観光客がたった1日で隠し階段なんて見つけられるものか」
どうやら角刈り男に常識はなかったようだ。
口ぶりからすると言いがかりをつけるつもりなんだろう。
少なくとも取り入ろうとしたりするような好意的な反応は期待できまい。
「俺たちはよそで何度も隠された階段や通路を発見してきた実績がある。自分たちが見つけられなかったから無理だと決めつける方がどうかしていると思うがな」
この言葉で角刈り男の形相が一変した。
「黙れっ、よそ者が!! 俺たちの狩り場を荒らしやがって!」
「お前たちの狩り場だって? それは冒険者事務所が認めていることなのか? 少なくとも昨日はそんな注意を受けなかったぞ」
「うるせえっ! ここは俺たちの島だ。よそ者が好き勝手していい場所じゃねえんだよ」
これはダメだな。
話の通じる相手じゃない。
「悪いが俺たちは法に触れた覚えはないんでな。お前の常識外れな主張など知ったことではない」
普通ならここであおるのは逆効果だが、キレてくれた方が都合が良いので第三者からそうと思われない程度に挑発した。
「黙れっ、法律なんぞクソ食らえだ! ここでそんなものが通用すると思うなよ!」
逆上して顔を真っ赤にしている角刈り男。
体は大人、頭脳は子供だと怒りの沸点も低いのは予想通り。
ここから暴力沙汰に持ち込んでくるなら奴がクソ食らえと言った法律で対応させてもらうつもりだ。
証拠は真利が連中の背後から撮影しているし英花もスマホを使って録音しているので問題ない。
応対している俺に気を取られて、その事実に気付けない奴が悪いと言っておこうか。
ただ、頭に血が上っている割に角刈り男が飛びかかってくるような気配が感じられない。
何処かでわずかながらも理性が働いているのか。
それとも内心では事が大きくなりそうでビビっているのか。
暴力に訴えないなら、それはそれで構わない。
脅迫的な物言いをされただけで充分にカウンターを仕掛けられるというものだ。
現状でそこまでするつもりはないけど、あまりにしつこいようなら切り札として音声データは使わせてもらおう。
「それってアナタの感想ですよね」
この台詞を自分が言われると腹立たしいが、こういう状況下で使うと強いと感じる。
なるべくなら使いたくないんだけどね。
常識のない相手に真っ向勝負なんてする方がどうかしているので言わせてもらいましたよ。
目論見通り角刈り男は苛立たしげにしながらも言葉に詰まっていた。
周囲の賛同が得られないという自覚だけはあるようだ。
どうせすぐに立ち直って無茶苦茶なことを言ってくるんだろうけど。
それに付き合う義理はない。
奴がひるんでいる間におさらばだ。
「じゃあな」
そう言い置いて連中の頭上を軽く飛び越えた。
英花もそれに続く。
「「「「「なっ!?」」」」」
連中が驚いていたけれど、人を飛び越えるくらいは上級冒険者なら可能だ。
それすら知らないということは初心者も同然。
この島のダンジョンしか知らないのは確定的である。
普通は冒険者事務所に行けば誰かしら冒険者がいるものだ。
そこで情報交換なんかも行われる訳で、新人などは冒険者のあれこれを教わったりする。
この連中にはそれがない。
必然的に井の中の蛙大海を知らず状態になってしまう。
その結果として小学生的俺様冒険者が爆誕してしまったのだろう。
これ以上、この連中を相手にするのは時間の無駄だ。
撤退するに限るだろう。
以後もからんでくる恐れはあるけどね。
その時はその時だ。
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