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278 報告と体験と

「えっ、このダンジョンにボスがいたんですか!?」


 受付の職員が驚きの声を上げたことで他の職員からも注目を集めてしまった。

 冒険者の視線はない。

 ダンジョンに入る前から閑古鳥が鳴いている状態で冒険者はいなかったからね。


「4層へ至る隠し階段を見つけたんですよ」


「では、ボスは4層にいたと」


「いいえ。4層ではなく5層にいました」


「はあっ!? 5層への隠し階段も発見したんですかっ?」


 驚愕に大きく目を見開いている職員。

 まあ、普通はそう思うよな。


「そちらは普通の階段でしたね。さすがに連続でなんて見つけられないですよ。4層への階段を発見したのも運が良かったくらいですし」


「そ、そうですか」


 普通の階段であることを耳にして受付の職員は少しの動揺を残しながらもどうにか落ち着いたようだ。


「あ、これは4層と5層の探索した範囲の地図です」


 上層と比較すると探索していない方が多いのだけど。

 その旨を伝えたが──


「いえ、助かります」


 受付の職員は礼を告げると同時に頭を下げた。


「明日からも探索などはされるんですか?」


「難しいですね。この島に来た本当の目的はダイビングの体験ツアーですから」


 島内の観光もフリープランで組まれているけど、すべてをダンジョン探索に割り当てるつもりはない。

 せっかく来たのにダイビング以外はダンジョンだけなんて寂しすぎる。

 滝や郷土富士をトレッキングで巡ったり町営の露天風呂を楽しんだりもしたい。

 グルメ関係だと牧場でソフトクリームを食べてみたいし、なにやら独自の寿司も名物としてあるそうだし。

 後は朝市も開かれるそうだけど、これは月に1日だけだそうだ。

 今回はタイミングが合わなかったので行くことができないのが残念でならない。


「そうですか」


 受付の職員は見るからに残念そうにしている。

 おそらく4層と5層の地図が不完全なのが気がかりなんだろう。


「でも、隠し階段が見つかったら調査員が派遣されるんですよね」


 残りのマッピングはそちらがしてくれるはずですよという意味を言外に込めつつ話を振ってみた。


「そうですね」


 とは返事をしたものの自信が無いのか振り返って他の職員の方を見ている。

 不慣れな新人だと業務に必要な情報も覚えきれていなかったり失念していたりすることもあるのだろう。

 上官もしくは先輩に確認を求めるのも普通にあり得る話だ。

 ただ、視線を向けられた職員はヘルプを求められたと思ったようで離席して受付に来た。


「すみませんね。新人なもので知識がハンパなんですよ」


 そう言いながらにこやかに応対してくれた。


「確かに隠し階段が発見されると規則により調査されることになります」


 受付の職員がそうだったと言わんばかりにうなずいている。


「ただ、ここはあまり重要視されていませんので派遣されるのは少し先になるかと」


 普通だと翌日には派遣されているはずなんだけど、離島でしかも初級冒険者の訓練で使われるようなダンジョンだからそういうこともあるのかもしれない。

 ということは──


「魔物を間引く部隊が派遣されるのに合わせて調査が行われる訳ですか」


「そのあたりは機密情報になりますので」


 などと言葉を濁してはいるけれど否定しない時点で肯定しているようなものだ。

 おそらく予算の都合などもあるのだろう。

 世知辛いものである。


「ああ、でも報告を上げたらすぐに人が来ると思いますよ」


「え?」


 ヘルプ職員が怪訝な表情を見せた。

 自衛軍の兵士でもない一般冒険者の俺がどうして迷いもなくそんなことが言えるのかと顔に書いている。


「遠藤大尉のチームとは何度か連係したことがありましてね」


 そう言うと、さすがに納得してくれたようだ。


「なるほど。さすがは特級冒険者ですね」


「特級になる前から色々と縁があってお世話になっているんですよ」


「そうでしたか。それで彼らが派遣されてくると考えられたのですね」


「いえ、派遣と言うよりは自主的に首を突っ込みに来る感じです」


「え?」


 ヘルプ職員が再び怪訝な表情を見せた。


「俺たちに何かあるたびに飛んで来るんですよ」


 英花と真利がうんうんとうなずいている。

 呼んで来てもらうこともあるけどね。


「完全に面白がられていますからねえ」


 そう言うと唖然とされてしまったが、遠藤大尉と面識がなければその反応も無理からぬことだ。

 遠藤ジョーという男を常識の物差しで測っていては振り回されるのがオチである。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 ダンジョンに潜った翌日は予定通りダイビングである。

 元の世界では経験のある英花も体験ツアーということで初心者のふりをして参加している。

 体験ツアーと銘打っているだけあって最初はハンドシグナルの習得や装具の扱いなどで講義が行われた。

 インストラクターの指示に従って実際に装具の確認を行ってから装着。

 命に関わるから当然のことなんだが、インストラクターが驚いていた。


「いやあ、助かります」


 意味がわからない。


「何がだ?」


 英花が疑問を口にした。


「ここまでスムーズに進んだのは久しぶりでしたので」


 インストラクターが苦笑しながら言った。


「すべてのお客さんがそうだとは言いませんが基礎をおろそかにする人がいるんです」


「なるほど」


「講義の際に身が入ってなくてハンドシグナルをなかなか覚えてくれなかったりすると大変ですよ」


 楽しみにしていたダイビングが待ちきれなくて集中力が欠けてしまうのだろう。

 ただ、これはまだマシな方らしい。

 命に関わるのだという説明をすると反省してくれて態度を改めるそうなので。


「早く潜らせろと文句を言ってくる人もいますが、こちらは大変ですね。人の話なんて聞いてくれませんよ」


 インストラクターが苦々しい表情を浮かべている。

 講義も装具の点検もすっ飛ばして早く潜らせろと言ってくるそうだ。

 常識がない輩の相手は大変である。


「その点、お客さんたちは真剣に講義を聴いてくれましたし」


 それが普通だと思うのだが。


「ここまでスムーズに進んだのは久しぶりですよ。事前に予習とかされたんじゃないですか」


「ええ、まあ。結構楽しみにしていたので」


 実は英花が前の世界でのクセが出るといけないからと色々と調べていたんだよね。

 ハンドシグナルの仕草が異なっていると大変だからと真剣だった。

 俺たちもそれに影響されて一緒に覚えてきたという訳だ。


「ありがとうございます。それでは体験ダイビングを始めますね」


 いよいよダイビングが始まった。

 といっても水深はさほどでもない場所なので、何かあってもすぐに海面に出てこられる。

 たぶん数メートルくらいだろう。


 そういう環境下でも初めてだとワクワク感も手伝って楽しめた。

 たぶん慣れてくると物足りなく感じるようになってしまうのだろうけどね。

 それでも南国気分を味わえたので、きっとずっと残る思い出になったと思う。


 いい気分でダイビングを終え諸々の片付けを済ませて宿に戻ろうというところで地元民らしき男たちが数名近づいてくるのが見えた。

 向こうからは好意的な雰囲気など一切感じない。

 真利は人見知りモードを発動してササッと俺と英花の後ろへと回り込んでいる。


 面倒なことになりそうだ。

 勘弁してほしいよ。


読んでくれてありがとう。

ブックマークと評価よろしくお願いします。


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