269 モヒカンはパワーアップするのか?
「いよぉ、久しぶりだな、野川」
3人組の真ん中にいた小太りなモヒカンが野川に声をかけた。
「馴れ馴れしく呼ばないでくれる。アンタみたいな下品なのと知り合いだと思われるだけで恥ずかしいんだけど」
「へっ、いつまでもデカい口が叩けると思うなよ」
舌なめずりしながら挑発する小太りモヒカン。
「そうだぜ。俺たちは前よりずっとパワーアップしたんだ」
「調子に乗ってると潰すからな」
痩せぎすなモヒカンと、ドクロ顔のモヒカンが小太りに追従するようにウィンドシーカーズを威嚇した。
だが、実力差を理解できていないチンピラの言葉は軽い。
対人恐怖症の気がある橘でさえ涼しい顔で流している。
その視線は憐れみすら浮かんでいたが、モヒカンどもはまるで気付いていない。
「どうせジムに行って筋トレしてましたってオチでしょ。ショボい話をするためにわざわざ来たの? 酔狂にもほどがあるわね」
挑発には挑発で返す野川である。
売られたケンカは買うと言わんばかりだ。
このところの修行やパワーレベリングで自信がついたからというよりは苛立っているから応対が雑になっているだけのように見受けられる。
さっさと話を終わらせろという空気をこれでもかと発しているのは俺たちだけでなく周囲の冒険者たちにも伝わっているようで、スマホで撮影しつつも苦笑している者が多い。
残念なことに当事者のはずのモヒカンどもは気付いていない。
知らぬは本人ばかりなりってね。
これでパワーアップしたとか豪語するんだから恥ずかしいものだ。
「テメエ……」
小太りがブルドッグのように歯をむき出しにしてうなる。
安い挑発で返されたくらいで向きになるとは見た目通りで考えが足りないな。
自分の思い通りにならなければ対処法の修正とか考えずに頭に血が上るタイプか。
そう思っていたのだが。
「余裕ぶっていられるのも今のうちだぞ」
すぐに余裕の態度を取り戻した。
カッとなって殴りかかってくるのかと思いきや、すぐに余裕の態度を取り戻すとは予想外である。
見かけによらずと言ってしまうと失礼かもしれないが。
「そうだぜ。言ったろ? 俺たちはパワーアップしたってな」
「スゲえんだぜ。見て驚くなよ」
痩せぎすとドクロ顔も目は笑っていないが怒気は引っ込めることができたようだ。
「涼成」
不意に英花が呼びかけてきた。
「介入するのか?」
「いや、いま行っても事態をややこしくするだけだろう」
俺もそう思う。
何か気付いたことでもあるのだろうか。
「何か嫌な予感がする」
明確な根拠はないようだが英花の言いたいことはなんとなくわかる。
モヒカンどもの態度に余裕がありすぎるのだ。
ウィンドシーカーズに何かしらの恨みがありそうなのに、それを出し切っていないのが腑に落ちない。
薄気味悪さすら感じるくらいだ。
言っちゃなんだが、あの手のチンピラ冒険者どもが怒りに身を任せた状態で理性的に振る舞えていたところを見た覚えがないからね。
「連中の自信を下支えする何かがあるのかもしれないな」
「ああ、楽観視はしない方が良さそうだ」
そんなやり取りをしている間に向こうでも動きがあった。
今は小太りが小瓶に入った何かを小刻みに振って自慢しているようだ。
「これが何だかわからないようだな」
フフンと鼻を鳴らしてドヤ顔をするモヒカンども。
コイツら息はピッタリなんだな。
「赤くて光る砂が珍しいから自慢したいの? バカじゃない?」
フンと鼻で笑い返す野川。
俺と英花は同時に振り向いて顔を見合わせた。
アレに気付く奴がいるとは想定外だ。
一歩間違えば危険物だという周知はされていると思っていたのだが、バカには何の意味もなかったらしい。
「子供じゃないんだから他人に見せびらかしている暇があるなら売り飛ばせばいいじゃないのよ」
何も気付いていない野川が挑発で返す。
「へっ、そんなもったいない真似ができるかよ」
「そうだぜ。コイツは使ってこそのお宝だからな」
「金にするなんてもったいない」
奴らの口ぶりから察するに何度か使ったことがあるようだ。
「これはもうダメだな」
「ああ。止めたところで聞きゃしないだろう」
最初は取り上げてでも使うのをやめさせようかと考えていたが、常用していることがうかがえた時点で無意味だと察した。
「涼ちゃん、どういうこと?」
事情がわからない真利が不思議そうに聞いてきた。
実際に見たことがないと気付かないものなんだな。
「アレは人間を破壊する薬物みたいなものさ」
「ドーピングってこと?」
「それの極端な奴だ。人間の身体能力を一瞬で跳ね上げる」
「質が良ければ3倍はいく。あの連中はそこまでのものを用意している訳ではないと思うが、粗悪品でも5割増しは確実だろう」
英花が補足してくれた。
「そんなものがあるの!?」
真利が目を丸くするのも無理はないか。
ここまで劇的な効果を出すのは薬品じゃ不可能だからね。
「と、止めた方がいいんじゃないの」
「いま止めたら、どうしてそれを知ってるのかってなる」
「そんなこと言ってる場合じゃないよね」
「俺たちも使ってると思われる方がリスキーなんだよ」
「どうして?」
「他にも真似をするバカが出てくる恐れがある」
「そんなにマズいの?」
「興味本位で使ったが最後だぞ。普通の人間じゃ引き返せないだろうな」
「まさか、常習性があるとか」
「厳密に言えば薬物じゃないからそんなことにはならない」
「じゃあ、どうして引き返せないの?」
「格段に強くなるとわかっていてやめられると思うか?」
「だったら、尚更あの人たちに飲ませちゃダメだよね」
「持続時間が短いから、ここでは飲まないだろう」
稼げるところで飲まないともったいないと思っているだろうからね。
だが、俺は見誤っていた。
このモヒカン3人組がどれほどウィンドシーカーズに強い恨みを抱いていたかを。
後で話を聞いてわかったことだが、ナンパしてきたモヒカンたちをキッパリ断ったことで逆上し殴りかかってきたのを返り討ちにしたのが切っ掛けらしい。
完全な逆恨みである。
にもかかわらず、自分たちがコテンパンにされたのが納得いかないらしく被害者面して何度もからんできたという。
最終的には警察沙汰になったことで大人しくなったそうだ。
それだけの背景事情がある連中がそう簡単に恨みを忘れる訳がない。
しばらく大人しかったのは、ほとぼりを冷ますためなのと何か逆転のための手立てを探していただけのことだろう。
いま、逆転の手は奴らの手の中にあった。
少なくとも連中はそう思っているはず。
それを使わない訳がないのだ。
モヒカンどもが小瓶の蓋を開けたかと思うと躊躇うことなく中身を一気にあおった。
さらさらと口腔内へと流れ込んでいき喉が動く。
「ちっ、ここで飲むかよ。馬鹿野郎どもが」
思わず悪態をついてしまう。
「アレが何であるか気付いている者はいないから影響はないと思うぞ」
英花はそう言うが、それは今だけのことだ。
「いずれ気付く奴が出てくるさ」
動画を撮られているから拡散するのは間違いない。
中には解析する者まで出てくるだろう。
気付かれるのは時間の問題だ。
「アレって何なの?」
真利が聞いてきた。
「魔石を砕いて粉にしたものだ」
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