266 レベルアップはしても……
舎人公園ダンジョンの守護者たるブルボアを前にしてもウィンドシーカーズは泡を食うことはなかった。
前回はボコボコにされたと言っていたからトラウマでもできているんじゃないかと思ったが、そういうことにはなっていないようで何よりである。
「どう?」
野川が隣に立つ芝浦に問いかけているが、言葉が短すぎてどういう意図によるものかがわからない。
「まだ目の前に立っただけ」
芝浦は理解できるようだ。
さすがは幼馴染みというところか。
「ねえ、何の話をしてるの?」
橘には意味不明だったようで本当に幼馴染みなのかと言いたくなった。
矛盾しているんだが、ちょっと面白い。
「気にしている暇はないわよ」
ブルボアが完全に起動状態になってこちらに殺気のこもった視線を向けてくる。
同時にウィンドシーカーズが戦闘態勢に入った。
直後にブルボアが突進してくる。
そのスピードから今のウィンドシーカーズなら倒せなくはない相手だと感じた。
少なくとも手も足も出ないなんてことはない。
最初の突撃は野川が盾を使って去なした。
突進の勢いはさほど落とさずに進路を少し変えられて駆け抜けていく。
壁面に激突する寸前で止まり、おもむろに方向を変える。
今度はウィンドシーカーズの背後にいた俺たちを狙ってくるようだ。
しかしながら、俺たちは戦うつもりがない。
あくまでウィンドシーカーズが自分たちの力だけで、この守護者を倒してこそ意味がある。
今日はパワーレベリングで来ているから気にする必要はないという考え方もできるだろう。
だが、過保護になればなるほど実戦経験が得られないものだ。
それが続けばウィンドシーカーズの3人は対応力など本当の強さは身につかぬままレベルだけが上がってしまいかねない。
そんな訳で突っ込んできたブルボアは相手にせず軽く飛び越えた。
ついでに俺たちのことがわからなくなるよう気配を周囲に馴染ませる。
わざわざ魔法を使うまでもなく奴は俺たちを見失った。
当然、ウィンドシーカーズが再びターゲットとして認識されるわけで。
そこからベアボア対ウィンドシーカーズとして本格的に戦闘が始まった。
突進は受け止めずに野川が去なす。
駆け抜ける際に横に出した槍がベアボアの脚部を傷つけていく。
立ち止まって振り返った瞬間を狙って橘が重りを投げつける。
狙うのは、やはり脚だった。
これを繰り返し続けたことでベアボアの突進スピードが落ちていく。
途中で何度か際どい瞬間があった。
野川がシールドで去なしきれずに吹っ飛ばされそうになったり。
ベアボアを深く傷つけたはいいものの、そのせいで芝浦が槍を持っていかれそうになったり。
その度に橘を含め互いにフォローし合って事なきを得ていた。
ウィンドシーカーズの3人が集中力を切らさずに乗り切った証拠だ。
そうしてベアボアの脚を何度も痛めつけることで突進スピードは最初からすると半減していた。
ここまで来ると勝負ありの状態だ。
後はベアボアの体力が尽きるまで接近戦で仕留めにかかれば終わるだろう。
数分後、それは現実のものとなった。
ベアボアがドロップアイテムと成り果てたにもかかわらずウィンドシーカーズの3人は呆然と立ち尽くしている。
「今日のところはこれで終了だ。戦利品は拾っておけ」
英花が声をかけて、ようやく我に返る有様である。
「もう、終わり?」
「この間、ボコボコにされたのは一体なんなのよっ」
「今回はそんなに強いと思えなかった」
三者三様の感想ではあったがベアボアに対する印象はガラッと変わったことだけは一致している。
野川がキレ気味なのは、ご愛嬌ってところか。
「何のために修行を受けさせていると思っているんだ」
呆れたように英花が言った。
「そうだな。あれだけ格上との模擬戦を繰り返しておきながら手も足も出ないんじゃ話にならんぞ」
俺の言葉にウィンドシーカーズが驚きをあらわにして見てくる。
「言っただろ。今日はひと味違うはずだってな」
さらに大きく目を見開く3人。
そんなに衝撃的だっただろうかと苦笑が漏れてしまう。
もしかすると予言のように感じているのかもしれないな。
俺たちからすると、短時間だったとはいえ濃密な戦闘経験を経てわずかながらもレベルアップした状態なんだから当然のことなんだが。
「だからといって油断すると、また入院することになる」
「うっ」
短くうなってたじろいだのは野川だ。
守護者に勝利したことを実感して気が大きくなりかけたところに水を差されたって感じかな。
「明日からもボス狩りだから肝に銘じておくように」
英花がそう言うとウィンドシーカーズは神妙な面持ちでうなずいていた。
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
当然、次の日以降もベアボアを狩りにいく。
油断しそうになれば釘を刺し、ベアボアだけでは物足りないと感じるようになればソードマンティスを狩るノルマを出した。
もちろん単独でだ。
これがパワーレベリングの初日であればノルマ達成は難しかっただろう。
しかしながら、連日ベアボアを狩り続けたことで今では前よりも確実にレベルアップしている。
そんな彼女らが本気になればソードマンティスも単独で狩ることが可能だ。
「ちょっと、無茶言わないでよ!」
なのにノルマを出すと野川が真っ先に抗議してきた。
「アレを見せられてから1週間と経ってないってわかってる!?」
アレとは真利の魔勁のことだろうか。
それも含めた動きのような気もするな。
魔勁はともかくウィンドシーカーズに合わせた動きに加減していたんだから無茶ではない。
「何も素手で仕留めろとは言ってない。条件は単独の近接戦闘だけだ」
「それが無茶だって言ってるのよっ!」
「本当にそう思っているのか?」
呆れた目を向けてしまうのも無理からぬことではないだろうか。
自信過剰になられるよりはマシかもしれないが、自信が無さすぎるのも考え物である。
自分の実力を正しく把握できなければ相手の力量を正確に推し量ることなど到底できっこない。
こういうのも修行の中で身につけてもらわないとなぁ。
で、俺の視線を受けた野川は気押されたのかひるんでいる。
殺気を込めたつもりはないんだけどね。
メンタルが脆い部分があるのかもしれないな。
だから強がってすぐに噛みついてくる。
これはなかなか難しそうだ。
自信をつければ多少は改善すると思うんだけど。
「文句を言う前にやってみろ。それでダメそうならフォローはする。何のために俺たちがついていると思っているんだ?」
これだけ言っても尻込みするようなら相当重症だと思うが、そこまでではなかったようだ。
渋々ながらもやる気になったからね。
ごねるようなら苦労させられることは想像に難くなかったし助かったよ。
最初の挑戦者は芝浦だった。
野川が前に出ようとしたところを押し退けて強引に交代したんだけど。
もしかすると何か危ういものを感じていたのかもしれない。
ネガティブな感情のまま戦えばミスを誘発しやすいし、そういうのを幼馴染みとして敏感に察知したのだろう。
結果は呆気ないものだった。
一気に間合いを詰めて槍をソードマンティスの心臓に突き刺し、引き抜く動作に合わせて飛び退る。
その直後、剣腕を振り上げていたソードマンティスは倒れ込んでドロップアイテムと成り果てた。
読んでくれてありがとう。
ブックマークと評価よろしくお願いします。




