265 修行は終わらない
ウィンドシーカーズが烏天狗たちの治療を受けている間に模擬戦について青雲入道と話す。
「どうだった?」
「技術も体力も足りておらぬ。これでは術を操る力は見るまでもない」
青雲入道は呆れ気味に口を開いた。
「手厳しいな。これでもこの地域では比較的強い部類に入るはずなんだけど」
「人としては、であろう」
「そうだな」
一応はウィンドシーカーズも魔法が使えるらしいけど切り札として放つなら連発はできないと聞いている。
魔法を主体に戦う修行などは望むべくもない。
魔力操作など鍛えようはあるけど、そんなのは自主トレでも可能だし。
「せめて、あの口から生まれてきたような男どもと比肩するところまで達してもらわねば術の使い方などは教えられぬ」
口からって……
大阪組のことなのは疑いようもないけど酷い言われようだ。
青雲入道にそう思われるくらい喋り倒したのは想像に難くないので自業自得とは言えそうだけど。
とにかくレベル20は欲しいということはわかった。
「当面は体術の修行が続くかぁ」
「そうなる。だが、あれでよく今まで生き残ってこられたのう。危なっかしくていかん」
やや呆れ気味に青雲入道が言った。
そこまで言われるほどじゃないと思うけどなぁ。
相手の力量も見極めずに脳筋丸出しで突っ込んでいくようなこともないみたいだし。
「生き残るだけなら難しくはないさ。自分より強い奴とは勝負しなければいいんだから」
現に彼女らはお台場ダンジョンの3層へ至る隠し階段を発見はしたが挑もうとはしていない。
その先にいるブラッドブルを見てきたからだ。
かなり危険な魔物と判断して隠し階段の報告もしていない。
していれば今頃はお台場ダンジョンで常駐する冒険者パーティが軒並み全滅するような惨事になっていてもおかしくないはずだ。
「ふむ、引き際を見極める目が優れておるということか。確かに格上とやり合ったことはあまりなさそうに見えたわ」
「今日だけでもいい経験になったと思うけどな」
おそらくレベルも上がっているはずだ。
それでもレベル20には足りていないのは明白だが仕方あるまい。
一朝一夕で急激にレベルアップできるなら、今頃は多くの冒険者がレベル20を越えているはずだからね。
「人間にしては気の長い話をするのう」
「あまりせっかちにやろうとすると命がいくつあっても足りないからね」
それでは本末転倒だ。
死なないために修行するのに、手段を優先するあまり命を落としては意味がない。
「そうであったな。では、明日も鍛えてやるとしよう」
何だかんだ言って楽しみにしているのか、にんまりと笑う青雲入道。
「水を差すようで悪いんだが、連日通わせるのはマズいと思うんだ」
「どういうことだ?」
怪訝な表情になって俺を見てくる青雲入道。
「高尾山に毎日通うと目立つと思うんだが気にならないか」
「むう」
俺の指摘に何が問題なのかすぐに察したであろう青雲入道がうなる。
「山道の途中で姿をくらましていると知られると面倒なことになりそうだな」
「そういうことだ」
「ならば次はいつにする」
「1週間後かな。彼女たちの休みの日に気晴らしで高尾山に来ている風を装う感じにすれば特別怪しくはないと思う」
「それでも続けば気付く者はおるだろうて」
「だよな。そこは適当な言い訳を考えておくさ」
フィールドダンジョンに挑むために道のない場所に分け入って特訓していることにすれば、山道の途中で消えている説明にはなりそうだ。
騒ぎになれば警察などから厳重注意くらいは受けそうだけど。
ベテラン冒険者だから納得はしてもらえると思う。
そんな訳でウィンドシーカーズを週1で青雲入道の元に通わせることが決まった。
通う回数が減るよう最初のうちはパワーレベリングもしておくのが良さそうだ。
それを英花や真利に相談してみたが、特に反対されることもなくすんなりと了承された。
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翌日は舎人公園ダンジョンに集合だ。
目的はソードマンティスではなく守護者であるブルボアである。
もちろん途中で遭遇する魔物はスルーしない。
「ソードマンティスくらいは小細工なしで勝てるようになってもらわないとな」
「無茶言わないでよっ」
さっそく野川が抗議してくるが。
「真利」
「うん」
脇道からこちらに向かってくるソードマンティスにそこそこの速さで肉薄し掌底を叩き込んで即座に離脱した。
「「「速い!」」」
ウィンドシーカーズの3人は驚いているが、彼女らが全力を出せば出せるスピードにとどめている。
手本というか目標になるようにやってもらった結果だ。
「まだ終わってないわよっ!」
野川が血相を変えて叫ぶ。
真利がソードマンティスに背を向け歩いて戻ってくるからだ。
「終わっている。真利がトドメも刺さず魔物に背を向けたりするものか」
英花がそう言うと同時にソードマンティスがバランスを崩して倒れ込んだ。
ビクビクと痙攣し口から体液が吐き出される。
ハッキリ言ってグロい。
昆虫相手に魔勁は使わないでほしかった。
やがて事切れたソードマンティスがドロップアイテムになるが今日の目的ではないので拾わず先に進む。
結局、ボス部屋に到達するまでにソードマンティスとは数回ほど戦闘になった。
これはウィンドシーカーズのパワーレベリングなので俺たちは手を出さない。
最初のは野川の抗議に対する返答のようなものだったので例外だ。
アレのおかげで野川だけでなく橘や芝浦も目の色を変えてソードマンティスに挑むようになったので、ああして正解だったと思う。
さすがに5体を同時に相手にするのは骨だったようだけど。
それでも剣腕を上手くさばきながら確実に倒していた。
前日に倒れるまで烏天狗たちと模擬戦をしていなければ、ここまではできなかっただろう。
普通は疲労を残していそうなものだけど、そこは烏天狗たちが術を用いて残さないようにしてくれていたので問題ない。
「さて、準備はいいか?」
ボス部屋を前にして休憩をしていたが、頃合いだろうとウィンドシーカーズに声をかけた。
「本当にやるんですか?」
いかにも自信なさげに聞いてくる橘。
ソードマンティス5体との戦闘で多少は消耗したから長めに休憩を取っていたんだけどな。
「アタシらはここのイノシシに手を出してボコボコにされたんですけど?」
ジト目を向けてきながら嫌みっぽく聞いてくるのは野川である。
「ここのボスを舐めていた」
とは芝浦の言だ。
「ブラッドブルよりは小さいだろ」
「そのぶん速いわよっ」
野川が即座に噛みついてくる。
「直進的な攻撃しかしてこなかったから何とか逃げ出せたけど、アレに再チャレンジしろって死ねと言ってるようなもんでしょうが!」
「本当にそう思うか確かめてみな。今日はひと味違うはずだ」
「簡単に言ってくれるじゃない」
ギリギリという音が聞こえてきそうなほど強く歯噛みする野川。
「俺たちがついているのに死ぬわけないだろ」
「手は出さないんじゃなかったっけ」
「ヘマして死にそうにならない限りはな。授業参観で保護者が先生の問いに答えるか?」
授業参観では生徒が死にそうになったりはしないけどね。
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