264 初っ端から
「亜空間ってどういうことよ!?」
野川がスゴい剣幕で迫ってくる。
「別の言い方をすると隠れ里だな」
「戻しなさいよっ!!」
「修行もせずに帰るのか? それはここに招いてくれた主に失礼だと思うぞ。俺たちが頼み込んで特別に修行してくれるんだし」
「何よ、それ!? 頼んでないわよ!」
「弟子にしてくれといってきたのはそっちじゃないか。うちの学校に採用されたから、俺たちより教えるのが上手なここの主に弟子入りをお願いしたんだけど不服か?」
「当たり前じゃないっ」
野川は完全に頭に血が上ってしまっているな。
どうしたものかと思ったところで野川の顔面が芝浦によってガシッとつかまれた。
「ギャ──────────────────────────────────ッ!」
野川の絶叫が周囲に木霊する。
隠れ里に入った後で良かったよ。
登山道のままだったら人が駆けつけていたかもしれない。
人が来る前にどうにかできたとしても妙な噂が広まっていた恐れがあるし。
「イダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダッ!」
頭はなるたけ動かさずに野川は手足をバタバタさせている。
悲鳴からもわかることだが、芝浦のアイアンクローはよほど痛いのだろう。
「何やってんだか」
「誰のせいだとぉ────、ギャ──────────ッ!」
呆れた俺の言葉に反応した野川だったが、怒りをあらわにしたことで芝浦の握力が増したのか抗議は自らの悲鳴によって潰されていた。
ひとしきり痛覚地獄を味わった野川が解放されるとグッタリ状態で座り込む。
「アンタの感情にまかせた行動で修行が不意になるのは許されない」
芝浦がトドメとばかりに言葉で追撃している。
「修行が終われば帰れる」
野川に対して断言した芝浦が問いかけるような目でこちらを見た。
「ああ、監禁なんてする訳がない。そんなことをしても採用予定の教師を失うだけで俺たちにメリットなど何ひとつないからな」
「威勢がいいのを連れてきたではないか、涼成よ」
不意に頭上から声をかけられた。
「へ?」
真っ先に上を見上げたのは野川だった。
間抜けな声で反応し、そしてしゃがんだ状態から後ろにコロンと転がった。
腰でも抜かしたのだろうか?
「うわぁ、天狗様だ!」
橘が大きな声を上げて驚きをあらわにしている。
呆然とした感じの野川に対してワクワクを抑えきれない感じになっているのが対照的で面白い。
芝浦は冷静に受け止めているのか表情に大きな変化がなかった。
「すまない、青雲入道。今日は世話になる」
俺たちが頭を下げるとウィンドシーカーズの3人も慌てて続いてきた。
「それにしても自らお出迎えとは張り切っているな」
「いや、そうではない」
青雲入道は俺の言葉を否定する。
その視線は真利が手にした紙袋にロックオンされていた。
中身は前日のうちに購入しておいた亀一のどら焼きである。
「旨そうな匂いに釣られてきたのだ。あと、酒もあるだろう」
それは俺が持っている。
酒類販売も行っているドラッグストアで購入したありふれた日本酒だ。
大吟醸のような高級品ではなく気軽に飲めることを優先したものだけどね。
「目がないねえ」
承知の上で持ってきたとはいえ思わず苦笑させられてしまう。
「当然であろう。甘味と酒の組み合わせに勝る土産などない。気を遣わせてしまったようだな」
「世話になった上に頼み事までするんだ。手ぶらじゃ格好がつかないだろ」
「気にするでない。我とお主らとの仲ではないか」
青雲入道はそう言うと何がそんなに面白いのかと思うほど大きな声で笑った。
ウィンドシーカーズは何事かと呆気にとられるばかりだ。
「とにかく、この3人を頼む」
「任せるがよい。少々のことでは死なぬよう鍛え上げてやろう」
不敵な笑みを浮かべる青雲入道に何をするつもりなのかと戦々恐々とするウィンドシーカーズ。
もちろん修行をするのだということは心得ているはずだ。
が、その過程において何をされるのか想像が及ばぬことに恐怖を感じるのだろう。
「まずは実力を量らせてもらおうか」
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
開けた場所に移動した。
ウィンドシーカーズは程度の差はあれ3人ともビクビクしている。
「まずは烏天狗と試合をしてもらおうか。体術のみで飛ぶのは無しだ」
青雲入道の指示で烏天狗たちがテキパキと準備を始める。
何人かで術で盛り土をして膝ほどの高さの舞台を作る。
特設リングといったところか。
コーナーポストやロープはないので土俵と言った方が良いのかもしれないが、いずれにせよ何倍も広い。
前衛後衛に別れて魔法ありだったとしても戦えるくらいには。
武器は持ってきてないから徒手空拳で戦うことになりそうだと思っていたら、いつの間にか木剣や木の槍などが用意されている。
さすがに盾はなかったけどね。
「へえ、3対3で模擬戦をさせようってことか?」
「その方が見えてくるものも多かろう」
俺の問いに青雲入道がしたり顔で答えた。
「何か注文はあるか? 今のうちだぞ」
「そこは任せるよ」
下手に口を出すとロクなことにならないのは目に見えている。
船頭多くして船山に上るとも言うし。
何はともあれ、ウィンドシーカーズの3人がオロオロしている間に準備は整った。
土俵の上には4人の烏天狗がすでに待ち受けている。
1人は審判役だろう。
それに対してウィンドシーカーズは土俵の下で戸惑いの表情を浮かべるばかりだ。
「おーい、何やってる。土俵に上がらないと始まらないぞ」
俺が声をかけると、あたふたしながら土俵に上がろうとする。
しかし……
「おいおい、素手でやり合うつもりか? 模擬戦用の武器があるだろ」
指摘されてようやく気付くくらいだから始まる前から結果は推して知るべしである。
けれども、これ以上の口は出さない。
こういうメンタルの弱さも含めて青雲入道は見ているはずだからだ。
そして模擬戦が行われたが、コテンパンにやられたのは言うまでもない。
ただ、1本勝負ではなく勝敗がつくたびにやり直しが命じられていた。
勝敗だけで見ればウィンドシーカーズの連戦連敗。
勝ちを拾うことはできずにいた。
技量に差がありすぎるし、それを補うための体力面でも完全に負けている。
ここまで来ると大人と子供の勝負だ。
それでも最初のうちは何がなんだかわからないうちに敗北していたのが、何度か模擬戦を繰り返すうちに多少は粘ることもできるようになっていった。
雰囲気や烏天狗たちの気配に飲まれていたのが戦いの中で集中が高まるにつれ圧倒されていた意識が希薄になっていったのだろう。
とはいえ、余力のない状態で戦っていると疲労がどんどんたまっていき様々なものを奪っていく。
気力体力は言うに及ばず集中力もそのうちのひとつである。
しばらくは勝敗がつくまで粘れていたものの、どんどん決着までの時間が短くなっていく。
そして、ついには勝負の最中に3人ともぶっ倒れてしまった。
「今日のところは、これくらいにしておこう」
青雲入道の厳しさはハンパないね。
怪我をした部分は合間に術を使って治していたけど、ウィンドシーカーズはここまで厳しいとは思ってなかっただろうな。
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