263 こうなると身内なんだよね
『彼女たち、なかなかの逸材ですね』
大川曹長がそこまで言うとは思っていなかった。
「お台場ダンジョンをメインの仕事場にしているみたいですから」
『最近は舎人公園ダンジョンに集中していると聞きましたよ』
面接では冒険者の活動についても詳しく聞いていたようだ。
もしくはウィンドシーカーズの活動内容を冒険者事務所から取り寄せたか。
「ステップアップを狙っているんじゃないですか。弟子入りしたいとか言われましたから」
『そうだったんですか。道理で──』
なにやら勘違いしている風に感じたので。
「断りましたけどね。その時点では見ず知らずの相手だったので」
『それで、なにわ堂と合同でソードマンティスを狩りつくす勢いで素材を集めていたなら、なおのこと逸材じゃないですか』
大阪組とカマキリ狩りをしているとは聞いていたけど、大川曹長までその情報を把握しているとはね。
「だからって自衛軍にスカウトするのはやめてくださいよ」
一瞬だが妙な間があった。
『大丈夫ですよ。新設校の貴重な人材なんですからスカウトなんてする訳ないじゃないですか』
喋ったと思ったら早口になっていたし、これはかなり真剣にスカウトを考えていたと見るべきだろう。
「本当にやめてくださいね」
『はい』
釘を刺すと神妙な声音で返事があった。
「それで教師としての実務経験がないと聞きましたが、そのあたりはどうなんですか?」
『そこは研修と実務に入った際のフォローで何とかなると思います』
「はあ」
つい生返事になってしまったが、バイト経験しかない俺に具体性のない話をされても大丈夫かどうか判断できる訳もない。
『御心配なく。新人は何処とも教育して育てながら実務経験を積ませるものですから』
この様子なら失敗しても続けてもらえそうだな。
たまにドラマとかで失敗すると何処までも追い詰めるような会社とかあったりするからね。
脚色されてるとは思うけど、事実は小説よりも奇なりなんて言葉もある。
実際にブラック企業なんてものがある訳だから心配にもなるさ。
まあ、大川曹長たちに任せて酷いことになるとは考えにくいんだけど。
それでも何かあった場合は動けるように心構えだけはしておこう。
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ウィンドシーカーズの採用が決まったなら死なれるわけにはいかないということで鍛えることになった。
教員採用試験に文句なく合格して採用が決定したのだから彼女らも身内ということになる。
という訳で虎の穴ならぬ天狗の隠れ里に放り込むことが決定。
それを提案した英花に言わせると──
「青雲入道に任せるのがもっとも安全で効率が良い」
だそうだ。
言われてみれば確かに魔物と違って加減はしてくれるし、烏天狗たちの修行で育成のノウハウも持っている。
大阪組に言わせると、かなりハードらしいけどね。
それだけに短期間で伸びたのは間違いない訳で。
俺も真利も反対のはの字も思い浮かべることなく即座に英花の提案を了承した。
という訳で日程を調整して高尾山にウィンドシーカーズを呼び出しましたよ。
登山口で待ち合わせてたんだけど集合時間の30分前に到着したときには、すでに彼女らが待っていた。
できれば俺たちより後に来てほしかった。
青雲入道に連絡を入れたかったし。
もちろん今日の予定は連絡済みなんだけど、到着の挨拶とかしておきたいからね。
いわゆる先触れってやつだ。
まあ、こうなってしまったからには仕方がない。
念話で事足りるだろうしと思っていたら英花が任せろと目線で合図を送ってきた。
ちょっと距離を取ったので連絡役の方を担当するつもりなのだろう。
必然的に俺がウィンドシーカーズと応対することになる。
英花のことを不審に思われないためにも3人の意識を自分の方へ向けないといけない。
「はやいね」
ありきたりな言葉しか出てこなかったが、それしか思いつかなかった。
「呼び出されたのに遅刻するわけにはいかないじゃない」
「それにしたってやり過ぎ。適当な場所で時間を潰しても良かった」
野川が不服そうに言ってきたものの芝浦にツッコミを入れられている。
そうしてくれるとありがたかったが、そうそう時間を潰せるような場所が登山口の近辺にあったかどうかよく知らない。
地元民じゃないからね。
「とにかく修行場所に向かおうか」
「「「は?」」」
俺の言葉を受けてウィンドシーカーズが呆気にとられていた。
「今日は高尾山のお寺で祈祷をするために来たんじゃないの?」
唖然とした表情のまま野川が聞いてくる。
「何を訳のわからないことを言ってるんだ?」
「え? だって、こんなところにダンジョンがあるって聞いたことないし」
戸惑いながらも俺の質問に答えようとする野川。
「何故か高尾山の近辺には出来損ないのような小さなフィールドダンジョンすらできない」
野川の言葉にコクコクとうなずきながら芝浦が続いた。
そりゃそうだ。
青雲入道たちの結界で覆われているんだから。
「確かにダンジョンはないが修験者が利用するような修行場所はある」
断言するとウィンドシーカーズは驚愕をあらわにした。
そんなに驚くことかね?
「修行することになるなんて思わなかったから装備なんて持ってきてないわよ」
野川の言葉に橘と芝浦が自分たちもそうだとうなずいた。
「必要ない。ダンジョンではないから魔物は出ない」
そう言い聞かせてもウィンドシーカーズの反応は鈍い。
それどころか本当に高尾山に修行場所があるのかと懐疑的な目で見られている気がする。
「行けばわかるさ」
訝しがるウィンドシーカーズを尻目にいつもの約束の場所へと向かう。
こうなると、付いて来ざるを得ないわけで。
橘はあたふたしながら。
野川は渋々といった表情を隠すことなく。
芝浦は諦めた様子で。
三者三様の態度ではあるが俺の後を追う格好で登山をすることとなった。
まあ、途中までなんだけど。
しかも人気のない登山道の方へ進んでいくから、すごく怪しく思われているはずだ。
英花や真利が同行していなかったら途中で帰られていたかもしれない。
数少ない登山者が道連れにならないようペースを調整しつつ歩き続けることしばし。
目的の地点に到着した。
立ち止まって休憩するふりをしつつ周囲の気配を探る。
登山客はいないことを確認してから手を挙げて合図した。
「何を?」
困惑の声を上げる野川だったが、次の瞬間にはギョッとした表情で固まってしまう。
周囲の景色や気配がガラッと変わったからだ。
「なななななっ何がっ!?」
泡を食って噛みまくっている野川。
橘は唖然呆然といった感じで固まっている。
芝浦だけは腰を落とし気味にして周囲を警戒していた。
「言ったろう。修行する場所があると」
「それは聞いたけどっ、こんな場所だとは聞いてない!」
野川が苛立たしげに噛みついてきた。
「言っても信じなかっただろうからな。普通の手段じゃここには入れないし」
「瞬間移動でもしたってのっ?」
「いいや。亜空間に切り替わっただけだ」
「「「はあっ!?」」」
3人ともがギョッとした表情でこちらを見てきた。
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