260 おわびの品
ウィンドシーカーズがいるなら都合が良い。
ということで俺たち3人は大阪組の不用意な言葉で怪我をさせてしまったことを詫びた。
大阪組もそれに続く。
「いえ、あれは自分たちの慢心が生んだ結果です」
とは芝浦の言葉だ。
橘は対人恐怖症が出ているようで満足に喋ることができないし、野川も大勢に頭を下げられたことで気押されたようになっていた。
「それでもそういう気持ちにさせてしもたんは間違いないはずや」
高山がそう言うと、芝浦も反論はしてこなかった。
「これで許してほしいというのは虫が良すぎると思うのだが」
そう言いながら高山が鞄から掌サイズのボトルを取り出す。
合計で3本をそれぞれウィンドシーカーズの3人に手渡していく。
高山がリーダーを務める大阪組とは合同で何度かダンジョンに潜ったおかげか橘も過敏に反応することなく受け取っていた。
慣れると大丈夫になるあたりは真利と同じだな。
「これは何ですか?」
手にしたボトルを不思議そうに見ながら芝浦が聞いてくる。
「怪我を治すポーションて聞いてるわ」
高山がそう答えると3人そろって慌て始めた。
「そんな高価なもの受け取れないです」
と言ったのは野川だった。
気押された状態からなかなか抜け出せなかったが、ポーションのインパクトは大きかったようだ。
「これ、もしかして張井さんたちから提供されたものじゃないですか」
沢井が会話に横入りしてきた。
「そうですけど、ようわかりましたなぁ」
「以前、三智子ちゃんに使われたものと同じ色をしていましたので。あの時は霧吹きのように吹き付けていましたが」
沢井がチラリと俺の方を見てくる。
「別に飲んでも患部にかけても好きに使えばいいさ。結果は変わらない」
そう説明すると、ウィンドシーカーズの3人はさらに泡を食ったようになってしまった。
「こんな高価なもの使えません」
「それは怪我に特化してるから最下級の安物だよ」
そう言ったにもかかわらず信じ難いものを見る目でポーションの入ったボトルを見る3人だ。
「それは詫びの品やさかい。代金払えとかケチくさいことは言わへん」
高山が言っても半信半疑な様子を崩さないウィンドシーカーズ。
「うだうだ言うてても意味ないで。さっさと飲み下してしもときゃええんや」
痺れを切らしたように岩田が言った。
「さすがに乱暴じゃないか? 人の作ったものを信用できないというのはあると思うが」
英花がすかさず釘を刺し岩田もすぐに謝った。
向こうはさほど気にしていないように見えたけど、こういうのはやっぱり親しき仲にも礼儀ありだと思う。
親しくなったとはいえ距離感を間違えて他人の領域に土足で踏み込むようなまねをするのは感心しない。
「これ、ダンジョンで出たものじゃないんですか?」
大きく目を見開きながら野川が聞いてきた。
「うちの職人が作ったものだ。材料さえあれば容易く作れる」
英花の回答に、ウィンドシーカーズの3人はまじまじと手にしたボトルを見る。
その隙を突くように三智子ちゃんが手を伸ばして野川のボトルを奪った。
「え?」
奪われた野川はまともに反応できずにいる。
その間に三智子ちゃんはキャップを開封して野川の脚の上でボトルを傾けた。
ポタポタと滴が垂れたかと思うと、ようやく野川が復帰してくる。
「ちょっ、三智子ちゃん!?」
松葉杖を脇に置いている野川はとっさに立つこともできなかったが。
名前を呼ばれた三智子ちゃんはどこ吹く風でこちらを見る。
「もっと?」
そう聞いてきたが、これは野川の怪我を治すにはもっと垂らす必要があるのかと問うているのだろう。
「残りは飲んだ方がいいな。骨折はその方が治りが早い」
「ん、わかった」
そう返事をしたかと思うと、ボトルを野川に向けてグイと差し出した。
「えっと……」
困惑の表情で三智子ちゃんを見る野川だったが。
「桜、女は度胸」
芝浦がぶっきらぼうな物言いで野川をうながす。
「ちょっ、えっ?」
まともに反応できない野川に痺れを切らしたのか芝浦が自分のボトルを開封。
ただし、自分では飲まずに野川の口に突っ込んだ。
「むぐっ!?」
野川が目を白黒させている間にポーションがどんどんと口の中に流れ込んでいく。
口の中からあふれそうになったところで野川はもったいないという意識が働いたのか慌てて飲み込んだ。
「どう?」
「ちょっと、祐子。アンタ、無茶苦茶しないでよっ!」
「ここは病院。静かにする」
「ぐっ、誰のせいだと思ってるのよ」
「大きな声を出しても痛みを感じていない。こんなにすぐ効果が出る?」
抗議してくる野川をスルーして芝浦は首をひねっていた。
どうやら野川は肋骨も骨折していたようだ。
「最初に垂らした数滴が先に効果を発揮していたからだろう」
完治までは至らなくても痛みを感じない程度にまで回復するくらいはしていても不思議ではない。
「三智子ちゃん、それ頂戴」
「ん」
開封済みのボトルを受け取った芝浦は躊躇うことなく残りの中身を飲み干した。
直後から目を閉じているが、どういう風に治っていくのかを感じ取ろうとしているようだ。
待つことしばし。
芝浦はふんふんとうなずき始めた。
「どうしたの、祐子?」
心配そうに橘が尋ねる。
「これはスゴい。痛みがあっという間になくなった。でも、骨折が何処まで治ったかはわからない」
とか言いながらベンチに腰掛けたままギプスを持ち上げてから踵を落としゴツゴツと地面を叩く。
「ちょっと、祐子!」
泡を食う橘に問題ないと頭を振る芝浦だ。
「何の痛みもない。ミチルもそれを飲むといい」
芝浦が勧めたことで橘も多少の戸惑いを見せながらポーションを飲んだ。
当然、効果を実感することになる。
何か言葉を発することはなかったが驚きに包まれた表情をあからさまに見せられれば、それは誰の目にも明らかだった。
その後は水飲み鳥のように何度も頭を下げられた。
野川や芝浦にも礼を言われたけど、橘が止まらないので止まる側に回っていたほどだ。
「ぜひとも恩返しさせてください」
対人恐怖症の気があると思っていた橘から強い視線が向けられた。
「いや、あのポーションはおわびの品であって見返りを求めるためのものじゃないんだが」
そう反論したものの向こうから折れてくれる気配は微塵もなかった。
橘はこちらがイエスと返事をするまで、てこでも動かないと顔に書いていたし。
芝浦からもそれに匹敵するような強い意志を感じた。
どちらも生半可な説得では納得してくれなさそうで頭が痛い。
野川はそこまでではないように感じたが、だからといって仲間を説得する側に回ってくれるとは到底思えなかった。
「どうすりゃいいんだよ」
「これは想定外だったな」
どうしようもないと嘆くと英花も嘆息しながら同意した。
ハッキリ言って解決策などまるで思い浮かばない。
アイコンタクトで英花に問い合わせるが、ある訳ないだろと視線を返されてしまったさ。
大阪組の方も見てみたが苦笑を返されるばかりである。
途方に暮れているとクイクイと袖を引っ張られたので、そちらに視線を向けた。
「三智子ちゃん?」
ジーッと俺を見上げる視線は何かを言いたげだ。
ただ、言って良いものかという迷いもあるように見受けられる。
三智子ちゃんは今までの育成環境が悪すぎたために大人に良い印象がないはずだから、面識の薄い俺だと話しづらいのかもしれない。
そんな訳で三智子ちゃんと目線を合わせれば少しは話しやすくなるかもしれないと、俺はゆっくりとしゃがんだ。
読んでくれてありがとう。
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