26 気付かれていた?
あれから根っこ転倒作戦の繰り返しで自衛軍の面々をどうにか脱出させることに成功した。
ゾンビって思った以上に鈍くさいというかバカだったおかげだな。
人間が転んだら普通は立ち上がろうとするのに奴らはそういった行動を取らずに獲物と見定めた相手に詰め寄ろうとするのだ。
最初はドミノ倒しのようになったせいで満足に動けないのかとも思ったけどね。
痛覚もない上にタフなアイツらが例外なく立てなくなるなど考えられるものではない。
這いずるように前進し始めたときは呆れてしまったさ。
なんにせよ犠牲になるつもりでいた少尉も含め脱出させられたのだ。
それで良しとしよう。
念のため自衛軍の面々の様子をもう少し探っておこうということでミケを送り込んでいる。
霊体になれるミケは見通しのいい場所でも相手に見つかる可能性が極めて低いから助かるよ。
霊感体質の人間がいれば発見される恐れはあるかもしれないが様子をうかがっているとは思われないだろう。
俺たちは彼らから見とがめられないダンジョン内で待機している。
ちなみに自衛軍の部隊に群がっていたゾンビどもは彼らの脱出と同時に魔法で殲滅した。
俺が緑精の指揮者の魔法で木の根を操り転倒させてドミノ倒しになったところを英花が闇属性の魔法、影の茨を範囲展開。
影の茨は影の中から影でできた鋭利な槍を無数に出す凶悪な魔法だ。
夜の密林ともなれば範囲は自由自在だし突出量を絞れば魔力も節約できる。
おかげで時間も節約って訳だ。
まあ、自衛軍の面々から見えないところで間引いていたというのもあるんだけどね。
「死ぬかと思ったっす」
つい先ほどまで息を切らせていた部隊員の1人が安堵したせいか大きなアクビをした。
夜通し走り続けた上に今はもう夜も明けようとしているから無理もない。
「奴ら、目が悪いって噂は本当だったんだな」
「それな」
「足下が見えないせいで何度も転んでたし」
「運が良かったすよ」
「おまけにドミノ倒しになって身動き取れなくなってたな」
「おお、あれがなかったら危なかった」
生き残ったという実感を感じているせいか口々に喋る顔に笑みも見られる。
誰も彼もが疲弊しきっていたので、だらけけきった姿勢をさらしていたけどね。
そんなことができるのも生きていればこそだ。
「本気でそんな風に思っているのか。平和ボケしすぎだぞ、お前ら」
信じられないとばかりにヘンドリック少尉が会話に割って入る。
「え? どういうことです」
「最初は俺もゾンビどもが鈍くさいんだと思ったさ」
「違うというのですか」
「当然だろう。同じことが何度も俺たちに都合のいいタイミングで起きる訳がない」
「言われてみれば……」
「もうダメだって思った時に限ってゾンビがドミノ倒しになってたよな」
「いや、どうやってタイミング良く転倒させるんすか」
「そうですよ。そこいら中にトラップを仕掛けた誰かがいるとでも?」
「あんな場所で誰がそんな真似をできると言うんです? 民間の冒険者にだって不可能ですよ」
新しい情報だ。
冒険者というのはダンジョンにかかわる職業だと思われる。
俺たちが外に出るならそういう職業で稼げるようになった方がいいな。
今のところ肩書きは無職だし。
異世界で勇者と魔王でしたなんて言っても就活で有利になる訳がない。
むしろ、残念な人あつかいされて逆効果になるのがオチだ。
「相手がどこの誰かなんて知らねえって。どういうカラクリを使ったのかもわからん」
そのタイミングで少尉が無造作にヘルメットを脱ぐとクルーカットにした金髪があらわになった。
他の面子も釣られるようにヘルメットを脱いでいくが黒髪ばかりだ。
ヘンドリック少尉は例外的な存在なのだろう。
日本で生まれ育ったのかと思うほど日本語が流暢だしなぁ。
「だがよ、あんな都合の良すぎる展開はアニメでも見たことないぞ」
「なんで映画じゃなくてアニメなんすか。少尉はロサンゼルス出身なんでしょ」
「馬鹿たれ。実家がハリウッドに近いからって映画ばっか見てる訳じゃねえよ。俺はアニメで育ったようなもんだ」
「そうなんすか?」
「知らないのか。少尉のアニメ好きは筋金入りなんだぞ。俺たちが知らない作品まで網羅しているからな」
「そうそう。日本語もアニメで覚えたって豪語しているくらいだ」
「ふえー、知らなかったっすよ」
「そんなのはどうだっていいんだよ。今は今回のことをどう報告するかが大事だ」
「たった1日で撤退っすからね」
「正体不明の誰かさんに助けられて命からがら逃げ帰りましたなんて報告できるか」
「助けられたかどうかは報告しなきゃいいじゃないですか。客観的な証拠なんてないっすよね」
「その場合、どうやって逃げおおせたかの報告が不正確になるぞ」
「そうっすか?」
「ゾンビどもが夜に転倒しやすくなるかどうかは怪しいところだからな」
怪しいどころか全然そう思っていないと言いたげなヘンドリック少尉である。
「倒れやすかったのは事実です。報告しない訳にはいかんでしょう」
それまで口を閉ざしていた副官、確か大沢曹長だったかが話しに加わってきた。
「もしそれが誤認情報だったらどうする。別チームがその情報を鵜呑みにして命を落とすようなことになったら責任を持てるのか」
「そう言われましても……、偶然が重なったとは報告できないでしょう」
「ぼかすくらいはできるだろう。囲まれそうになった時にゾンビが転倒してドミノ倒しになった。その隙を突いて何とか脱出できた」
「それならウソにはならないっすね」
「正確とも言い難い報告になりますよ、少尉」
言外にマズいのではないかという確認を込めるように問う曹長だ。
生真面目な副官である。
杓子定規に行動していると失敗することもあるんだけどねえ。
それが今だったりする。
どういう失敗に繋がるかは何とも言えないが、ゾンビは夜間に転びやすくなったりはしないのだけは確かだ。
変なことにならないといいんだけど。
「あの森の中に俺たち以外の誰かがいたと報告できない以上は仕方ないだろう」
「本当にいたんですか?」
そう確認している大沢曹長以外の面子も疑わしげな面持ちをしている。
「いたよ。間違いない」
「どうして断言できるんですか」
「さあな。いると感じたからとしか言えんよ」
「勘ですか? 現実を見てものを言ってください」
「だから、それは報告できないと言ってるだろう」
「だったら──」
「なんと言われようと、あの場には俺たち以外の何者かがいたんだ」
有無を言わせぬとばかりに曹長の言葉の上に己の主張を被せるヘンドリック少尉である。
(どうやら、あの少尉は気配感知のスキルを持っているみたいだな)
英花が声を潜めて自分の見解を伝えてきた。
ダンジョンの境界で遮断されているから普通に喋っても大丈夫なんだけどね。
(使いこなせてはいないみたいだけど)
俺も何故かヒソヒソで返してしまう。
(だな。でなければ居場所まで感知されていた恐れもある)
そんな話をしている間も向こうは揉めていた。
「無茶苦茶ですよ」
「無茶だろうが何だろうが、俺は自分の感覚を信じてきたから生き残ってこられたんだ」
そういう信念は確かに生存がかかった状況下では大事だ。
今の俺たちには些か迷惑ではあるのだけど。
読んでくれてありがとう。
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