256 ウィンドシーカーズ、大阪組と交渉する
「なんや、アンタら」
思い詰めた表情で近寄ってきた3人の女性冒険者を見て岩田が牽制するように声をかけた。
「ウィンドシーカーズの野川です。こっちは橘と芝浦」
野川がそう自己紹介してぺこりと頭を下げた。
橘が慌ててそれに続く。
芝浦はワンテンポ遅れて会釈する。
「ワイはなにわ堂の岩田や。他の面子は戦利品の査定とかトイレとか行っとるけど、ワイらに用があるんか? 人違いとちゃうか」
「いえ、なにわ堂さんにお願いがあって来ました」
「は? ワイらにかいな。ここは最近通い詰めてるけど、それでもワイらは大阪から来たよそ者やで」
「知っています。でも、貴方たちがここでのトップチームですから」
そう言われると困った表情を浮かべる岩田。
「おっ、なんやなんや? 岩田がナンパされとるで」
「ハハハ、ないない。アイツに限って逆はあっても女子から声なんてかけてもらえるはずが……、あったがな。どういうこっちゃ」
岩田の背後から声が聞こえてきた。
なにわ堂の他のメンバーであるのは間違いないようだ。
「やかましわ」
振り返りながら岩田が文句を言う。
「ワイに用があるんやのうてチームにあるみたいや」
「なんや、おもんない」
「そこはまずボケとくとこやろ」
「うっさいわ。用件もまだ聞いてないのにボケてられるか」
「初対面の相手にボケるつもりなんか」
「なかなかレベル高いことしようとしてるやないか」
「なんでやねん! そういうことやないわ。言葉の綾っちゅうもんがあるやろ」
何故か漫才のような会話を始めてしまうなにわ堂の面々にウィンドシーカーズの3人は呆気にとられていた。
同時に置いてけ堀にされたような気持ちになり声をかけようにもタイミングを逸してしまう。
対人恐怖症の気がある橘だけでなく野川や芝浦も戸惑い立ち尽くすしかできなかった。
話ができないなら帰るという選択も考えねばならないだろう。
ただ、それは今のウィンドシーカーズにはできない相談である。
どうにか交渉して見学させてもらえるようにしなければならない。
もちろん断られてしまうことも考えられるが、今はまだその話をする前の段階だ。
ここで門前払いされたかのように帰っては明日以降も同じことになりかねない。
けれども、関西人の独特なノリでポンポンと言葉が飛び出してくる会話に割り込むことができずにいた。
橘は論外としても、残りの2人も喉まで声が出掛けてなにわ堂の会話に遮られてしまう。
ウィンドシーカーズにとっては悪循環のような時間が延々と続く。
なにわ堂が身内だけで話し始めて軽く数分は経過した。
それでも割り込むことができずにいる。
故に短いはずの時間が信じられないほど長く感じてしまう。
「お前ら、何してるねん」
不意にウィンドシーカーズの背後から声がした。
別に怒っているような声音でなかったにもかかわらず3人でビクッと反応してしまう。
そろって振り返ってみると冒険者事務所の受付から戻ってきたなにわ堂のメンバーだった。
「おっと、お姉ちゃんたち、ビックリさせてもうたか。スマンな」
戻ってきたうちの1人がニカッと笑って詫びてくる。
「いえ、大丈夫です」
野川がどうにか応じた。
「高山か。何してるて話してただけや」
「アホか。こっちのお姉ちゃんらが話しかけてきてる言うたやないか。お前ら人の話無視して次から次へと勝手なことばっかり言いおってからに」
応じた1人に対して岩田がツッコミを入れる。
「そういや、そうやったかも?」
「やったかな?」
「お前らぁ」
目尻をキリキリとつり上げる岩田だったが。
「この人ら無視してる時点でお前も同罪や」
高山にツッコミを入れられて、あえなく撃沈。
「いや、ホンマすんませんな」
素直に頭を下げて謝罪した。
「いえ、大丈夫です」
またも野川が応じた。
同じ言葉しか出てこない時点で大丈夫ではないように思えていた橘だったが、人のことは言えないので黙っている。
元より、この人数を相手に喋るのも無理難題なのだ。
芝浦も黙っているが野川に任せるつもりなのだろう。
「それで俺らに用事て何ですの?」
聞いてきたのは高山と呼ばれた男だ。
「ウィンドシーカーズの野川です」
そこから互いに自己紹介タイムとなった。
橘もどうにか名乗ることだけはできたものの、すぐに野川の後ろに回る。
向こうのリーダーだと自己紹介した高山は堂々としているのにうちのリーダーときたらと内心で嘆きまじりにボヤいてしまう。
だが、この人数相手に橘を矢面に立たせるのは確かに厳しいものがあるかと思い直して野川は話を続けることにした。
「実はお願いがありまして」
「お願いですか? なんでっしゃろ」
応じた高山がちょっと眉根を寄せている。
おそらく情報交換などを提案されるものと思っていたのだろう。
予想が外れて困惑しているようだ。
「ソードマンティスと戦うところを見学させてほしいんです」
「「「「「は?」」」」」
高山だけでなく、なにわ堂の一同が呆気にとられていた。
そんなに意外な話だっただろうかと不安になった野川が芝浦と顔を見合わせる。
なにわ堂の思いもよらぬ反応に芝浦も戸惑いを隠せないらしく困ったように野川を見返してくる。
橘は背後にいるので様子がわからないが何も言ってこないところからすると似たようなものだろうと野川は思うことにした。
「お願いて言うさかい、もっとスゴいこと頼んでくるんか思たわ」
高山が笑いながら言った。
他の面々も安堵したような感じの笑顔になっている。
「えっ? でも、魔王様たちに弟子入りしようとしたら断られたので……」
今回も色好い返事はもらえないだろうと思っていた。
相手の反応しだいで粘り強く交渉する必要があると野川は考えていたほどだ。
「あー、それな。無理ないねん」
苦笑しながら言ったのは岩田だった。
「魔王様たちはなぁ身内が多いさかい知らん相手には構ってられへんのや。素っ気なかったやろ?」
「知ってる相手でも冷たかったりするで。自衛軍の遠藤大尉とか魔王様に嫌われてるやん」
「たまに協力してダンジョンに潜ったりもするのになぁ」
「この間、同行したときは笑ぉてもたがな。遠藤大尉にだけ辛辣やったやろ」
「それな。よほど嫌われることしたんやで」
岩田が説明すると口々に追加情報を喋り始めるなにわ堂の面々。
正直、誰が誰やら状態で話の内容以外は混乱させられている。
しかしながら、その内容は聞き逃せなかった。
遠藤大尉と言えば統合自衛軍でもトップに君臨する冒険者だ。
そんな大尉と組んでダンジョン探索をするほどの人たちだったのかという驚きがあった。
それだけではない。
魔王様がその遠藤大尉に冷たい態度を取るというのはどういうことだろうかという混乱もあった。
情報が無茶苦茶すぎて整理しきれない。
もっと詳しく知りたいという好奇心もないではなかったが、それた話を戻すのにどれほどかかるか不安になった野川は本来の目的に話を戻すことにした。
「それで、見学しても大丈夫なんでしょうか?」
「かまへんよ。なんぼでも見ていったらええがな」
あっさりと高山からOKをもらった。
仲間内で相談とかするんじゃないかと思っていたので唖然呆然である。
「あれやろ。囲碁とか将棋で言うとこの研究会とか勉強会みたいなもんや」
「それはちょっとちゃうんとちゃうか?」
「せやで。俺らは棋士と違ぉうてウィンドシーカーズやったっけ? のお姉ちゃんらと勝負することあらへんからな」
「ものの例えや。上手なかったんは認めるけどな」
なんにせよ許可がもらえたのは事実のようだ。
ウィンドシーカーズの3人はホッと安堵した。
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